二四話③
迷宮門で外に出てみれば見慣れた百々代の姿。ほんのり疲労色が見え隠れする表情に、迷宮内での活動は本体へ影響があることを悟る。
「曖昧な記憶だけど戦ってたぽいし、ちょっぴり疲れたかも」
「雷纏鎧と蜉蝣翅、恐らくは肉体強化も使ってたな」
「へぇ、意外とできるものなんだねっ」
「どれだけ自分で動かしていた自覚がある?」
「ほぼ本能って感じ。生まれ変わる前の、人に興味を持つ前のような感じ」
「なるほど、動物的ということだな。ならば一帆くんの静止が効かなかったのは、本能的に双牙を敵として認識し、排除の対象となったわけだ」
「ぽいね」
「あちこち逃げ回るような行動でないことを安心したいが、敵に向かっていくのも不安ではある。人の姿よりは弱体化している風であったからな」
「そうなの?」
「体格差があるから仕方あるまい」
「それもそっか。疲労の溜まりも早いから短期間での探索でお願いねっ」
「わかった」
その後、防衛官に協力してもらった所。迷宮に入った面々は、全員揃っていなくては出れず、再び入る際は同じ顔を揃えていないと迷宮門を使えないとのこと。
調査が進んでいなかったのは、早い段階で篠ノ井夫妻まで連絡が届いた影響であろう。
―――
夕餉と湯浴みを終えれば夜の時間。普段は一帆と颯のどちらかが百々代と過ごすのだが、今日は三人で過ごすとのこと。颯に膝枕をしてもらっている百々代は、原始魔法の本に目を通している。
「静雹透と雹透族の毛皮は上手くいきそうか?」
「今のところは一通り試してみたけど目ぼしい反応はないね。ハズレだったのかな」
「そもそもどういう仕組みでアレらが視覚からの認識を阻害していたのかが不明で、そこからも考えているところだ」
(透明化の外套がこちらでも作れれば、面倒な大陸人の相手も楽になると思ったが、この二人をして厳しいのなら製作は諦めるべきか。父上に頼めばプレギエラ人の使っていた物も手に入らなくはないだろうが)
政の道を譲って巡回官になった身、下手に干渉していいものかと考えている。
「全く違う角度から切り込んでみたらどうだ?」
長椅子に横になっていた百々代が起き上がり、隣を空けたので一帆は腰を掛けつつ、視点を変える選択肢を提示する。
「違う角度かぁ」
「毛皮そのものではなく加工してみるとか」
「毛皮や外套の形に囚われすぎているのかもしれんな、吾々は」
「別に他所のやり方をなぞる必要も真似する必要もないもんねっ」
よくよく考えれば独自の魔法式で魔法を作った二人だ。一度頭を切り替えては、今日は休むかと寝台に移動していく。
百々代が中心で左右に二人が横になり、雑談をしていれば百々代が一足先に眠りについて。
「…、難儀な迷宮に足を踏み入れてしまったな」
「断る選択肢はないだろう、黒姫家から直々の依頼だ。それに橿原街にある鉱山迷宮は天糸瓜島でも重要な資源拠点、何かあってからでは遅くなり…、他所も目敏く突いてくる口実になりかねん」
「件の外つ国か」
「そうだ。軍事なんぞには詳しくないのだが、透明化の魔法が生まれれば手札の一つになり得るだろうと思っていたんだが、…難しそうだな」
「相手も使っているのだろう、有効打になり得るのか?」
「それを考えるのは港防だ。然し手札は有ったほうがいいだろう」
「それもそうか」
少し前であれば同じ寝台で、百々代抜きに話すことなどあり得なかったであろう二人は、なんだかんだ慣れ親しみ始めていた。百々代の夫、百々代の側妻として。
本人同士が恋仲になることなど微塵もないが、家族の一人としては受け入れられている証左であろう。
「こういう話は胸が詰まる。…今は魔獣魔物相手だが、何れは人殺しの道具を作っていることに他ならなくなるのだ」
「意外だな。…百港の民を守ってる、と考える他ないだろうな」
「昔に…黒姫の家族にも言われた言葉だ。黒姫はそういう家系だから仕方ない、と割り切っているが」
「ふっ、明日にでも百々代可愛がってもらえ。俺は寝る」
「おやすみ」
二人も眠りについて、部屋は夜の静けさに包まれていく。
―――
目が覚めて一度伸びをすれば窓からは心地の良い朝日が差し込んでおり、左右に視線を向ければ気持ちよさそうに寝ている夫と側妻。
(両手に花、だねぇ)
愛する二人に挟まれて眠っていた事を誇らしく思いながら、二人の頬へ口付けをして一人着替えては部屋を後にする。
向かう先は隣の部屋で蘢佳が夜中暇をつぶしている場所。成形体には生き物らしい機能はなく眠ることもないので、読み物をしたり迷惑にならない程度の魔法の練習などを行っていたりする。ちなみに、一帆が百々代との夜を覗き見されているのが嫌だというのが切っ掛けだが、百々代を通してのみ回りを観測できるだけの状態が暇でしょうがないらしく、進んで隣部屋で過ごしているのだとか。
「おはよう、蘢佳」
「おはー」
「ちょっと身体を動かしに外へでない?カンフーだよカンフー」
「別に喜んでついていくけど、手前が鍛える意味ってある?」
「うーん、成形体の動きはもう問題ないし…意味はないかもね」
「だよねー」
「気晴らしがてらにさ」
「バレ」
こうして成形獣を連れて走り込みをする魔法師の姿が橿原街でも見かけられるようになったわけだが。
「百々代ってさ、一帆と颯のこと好きだよね」
「うん。大事な二人だよ」
「ふぅん、本当に人って感じだ」
「蘢佳は二人や虎丞さんのこと、ただの人としか思わないの?」
「どちらかといえば仲の良い…友だちくらいに思ってはいるけれど、種族的にそういう目ではみれないよ」
「わたしたちってそういう風に見た相手、前世にいないよね?」
「いないねぇ、ずっと孤独だったし。…言いたいことはわかるよ、これからかもしれないって。でもやっぱ、手前の根本はローカローカなんだと思う」
「ふふっ、それじゃあ次に生れ変ったときの楽しみに取っておきなよ。成形体じゃ、わたしたちの技術じゃ厳しいことしか無いから」
食事、睡眠はおろか触覚や嗅覚なども存在しない成形体。百々代としても楽しみを増やしてあげた気ではいるのだが、そういった技術の開拓には大きな時間を要する。…厳しいのだ。
「生まれ変わりねー、出来るのかな」
「アレックスさんの口ぶりならあるんじゃない?わたしは人に生れ変っちゃったけど、蘢佳は未だなんだから」
「勇者かー。期待半分ってことで」
「そうだね、今生を楽しもうか。二人、いや皆でさあ」
「へへ、ならさ天糸瓜港に戻ったら忘れないでよ、迷宮遺物と魔法莢!」
「勿論。最近は蘢佳が頼もしくなってきたし、良い物を持たないとねっ」
コツンと拳をぶつけ合い、二人は走り込みを続けていく。
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