二四話②
「わふっ」
一帆、蘢佳、颯の目の前には、垂れた耳に黒茶白の長い毛並みをした愛嬌のある中型から大型寄りの犬がお座りをしながら、ハッハッハッと尻尾を振っていた。
さて、篠ノ井一行がやって来たのは黒姫家が管轄する橿原街。ここは笹野街みたく二つの迷宮を治める街であり、片方は鉱山迷宮という導銀の採掘が可能な重要資源迷宮である。
のんびりと地図と再胎周期を記した紙を広げて次の行き先を決めていた一行へ、黒姫家から早馬が到着し、もう片方の迷宮である芝原迷宮での活性化及び異質化が確認され直々に調査の依頼が飛んできたわけである。
いい機会と足を運んでいたみれば、どうにも困り顔の防衛官が一同が頭を抱えており話を聞いてみれば。
迷宮に潜行すると五人に一人ほどの割合で獣に変わってしまうとのこと。獣になってしまうとどうにも獣性が高くなり、人であることを忘れて獣らしい行動をしてしまうから困っていると。
外に出れば元に戻るのだが、迷宮内の記憶が朧気で人であることを忘れてしまうのだという。
最低でも戦力の二分は削がれる状況に、魔物魔獣への対処が遅れ始めて黒姫家を経由して篠ノ井夫妻へと連絡が行ったのだ。
そして一帆らの前に座している大型の犬は百々代であり、一行の最大戦力が欠けたことになる。
「なんで颯ではないんだ…」「なんで吾じゃないんだ」
篠ノ井夫妻は同じことを口にしては、愛嬌たっぷりな百々代へと視線が釘付けになってもいた。
「百々代くん、お手」
「わふっ」
ぽんと手を乗せて、舌を出しながらハッハッハッと息を吐きだしている。
「くっ、可愛いっ!」
「百々代伏せ」
「わふっ」
「ぐっ」
「…。この迷宮って脅威度は高いの?」
「並み程度にはある。俺と蘢佳で戦えないことはないだろうが、前衛が欠けていることを留意しながら戦わねばならんぞ」
「了解」
「颯は一足先に戻ってろ」
「わかった。名残惜しいが気をつけるのだぞ、百々代くん。…………、大変だ一帆くん」
「どうした?」
「出れないのだ」
「はぁ?」
「迷宮門が作用しない。大変だ」
困り顔の颯は一帆を呼んで試させてみるも、うんともすんとも言わない状況。蘢佳も試すが同じで、百々代が寄ってきた途端に迷宮門は作用して一同は迷宮の外へ出れたのである。
「…ん?アレ?わたしたちって迷宮に入らなかったっけ?」
寝ぼけたような百々代は疑問を口にしては、一同が説明を行う。
「言われてみればそんな気がする…、そっかーわたし抜きか、前衛欠けは大変そうだね」
「それで颯を帰そうとしたのだが、戻れなくてな百々代が寄ってきた瞬間に作用したのだ」
「…、てことは帰るのには全員必要ってことだね。わたしが素直な犬になっているなら、他の人が入る前に内部の制圧と首魁の処理を終わらせた方がいいかも」
「人としての自覚がなくなってどっかに逃げていく前に、か。そうだな、さっさと行くとしようか」
「吾は残って莢研の仕事をしてるとしようかな」
「うん、内部の見学やなんかは制圧が終わってからでねっ」
ひらひらと手を振り三人が迷宮門を使うも変化はなく、四人は察した。
百々代が欠けた状態で、颯を護衛しながら探索をする必要があるのだと。
「四半分に賭けるべきではなかったか…」
「だな…」
篠ノ井一行は迷宮へと再び潜る。
改めて迷宮に入っても百々代は大型の犬になっており、芝原迷宮の探索はこの面々で固定になるのだろう。
一度視線を周囲に向けてみれば芝が一面に敷き詰められただけの迷宮で、こちらから敵を見つけることが容易であり、逆もまた然り。
二頭二尾の大犬、双牙が一行を見つけては駆け出してくる。
「双牙は元より魔物だ、肉体強化を用いて鋭敏に動き回り翻弄し狩りを行う。周囲への注意を怠らず攻撃をしろ、いいな?」
「バレ!」「わふっ」
蘢佳にだけ伝えたはずなのだが百々代も返事をして、気がつけば既に駆け出している。
「おい、待、――は?」
「わふっ、わふわふ」
百々代(犬)は駆け出すと同時に纏鎧と蜉蝣翅を展開し、迫り来ていた双牙の一頭を両断。左右から飛びかかってくる相手を視界に捉えては、零距離擲槍らしき魔法を放ち、移動と共に雷撃で相手を蹴散らしていた。
「「「わぁ…」」」
犬の状態でも戦えることに驚きながら、二人は魔法射撃にて双牙を処理していく。
「百々代、意思疎通できたりするか?」
コテンと首を傾げた百々代は芝に寝転んで身体を擦り付けたりと、どっからどう見ても犬である。お手や伏せなど芸は出来るものの、会話を試みても首を傾げる程度で反応はなく、根本は獣に寄ってしまっているのだろう。
「動けたのは百々代の前世が関係あるんじゃない?手前もだけど。元々が人じゃないから、人以外にも適応できてる的な」
「蘢佳くんも武狼でなければすんなりと動かせたり、百々代くんは自身に無い部位を動かしているからな」
「別の生き物なんかに化ける瞳も有ったから、そういうのの延長だと思うんだよね」
「「なるほど」」
三人の視線が向けば姿勢を正しては舌を出して呼吸をする。
「あまり長期間滞在するのは得策ではない。一階層の掃除も終わったことだ。外に出るとしようか」
「賛成だ」「さんせー」
「行くぞ百々代、外にな」
「わふっ」
指示には従うが質問は出来ない、不便なものだと一帆は肩を落として迷宮門へ向かっていく。
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