二四話①
「こんにちは、勝永くん」
「うっす、お久しぶりです叢林さん!」
夏の短期休暇に顔を合わせるのは叢林と勝永の二人。
「聞いたよ、僕と百々代さんとの試合で百々代さんに賭けていたって。人を見る目があると思うべきなんだろうけど、同じ天糸瓜貴族としては悲しいなぁ」
「え、あー…申し訳ないです」
「はははっ、冗談冗談。三点先取だったら勝てたんだろうけど、一回限りじゃ手札を暴ききれなかったよ、トホホ。さて、今日は稽古をつけてほしいってことらしいけど、態々港防の僕に頼むっていうのはどういう風の吹き回しだい?」
「実は学舎長のご機嫌取りなんかもあるのですが、魔法師としての戦い方を学ぶのであれば叢林さんかと思いまして」
「祖父様ね、最近不機嫌らしいから助かるよ。僕も怒られちゃってさぁ、別にいいじゃないかね、金木犀の巡回官に引率されたってさ」
「はは…学舎でも雷雲を振りまいてまして」
「大変だね。まあいいよ、稽古というか鍛錬に付き合ってあげるよ」
「ありがとうございます!」
「…でもまあ地味だよ、僕の鍛錬は。徹底的に基礎を詰め込むだけだからね。とりあえず港防式の鍛錬をしようか」
「うっす、了解です!」
それから港防軍人式の鍛錬を炎天下の中で行っていくのだが、軽い汗を流す程度の叢林と滝のように汗を流して形で息をする勝永が出来上がり、学生と軍人の大きな差を見せつけられていく。
「はぁ…はぁっ…きっつぅ」
「付いてこれるなんて意外だね、それじゃあ同じのもう一周やろうか」
「は、はいっ!」
「まあ遅れてもいいから、とりあえず熟そうか。水分取りながらさ」
休憩や食事などを挟みつつ、夕刻まで続ければ足腰立たなくなった勝永が出来上がり、まだいくらか余裕のありそうな叢林も腰を下ろして水を飲んでいく。
「どうだい、短期休暇の間くらいは続けられそう?」
「…はぁ…はぁ、やれるだけ、やってみます」
「頑張ってくれたまえ、君の休暇中に…後二回くらいは顔を見せられるから、成果を見に来るとするよ」
「助かり、ます…はぁ…はぁ」
「根性あるし港防に誘えないのは惜しいなぁ。姨捨家だし仕方ないんだけどさ」
「恐縮です」
「それじゃ、また。鍛錬頑張ってねー」
へらへらと笑顔を振りまいて叢林は港防省へ向かうべく去っていった。
(なんで叢林さんは涼しい顔をしてこんな鍛錬を熟せるんだ…)
大の字に倒れ込んだ勝永は、暫くそのままで過ごしたのだとか。
―――
(金木犀の篠ノ井家、西条家、今井家。蝋梅の戸倉家、坂城家。月梅の辰野家、下島商会。天糸瓜領外の、それも天糸瓜島東部から南東部にかけて篠ノ井夫妻を中心とした家々と強固な関係を築けつつある。工房の様子を見るに試作に試作を重ねている段階に過ぎないが、莢動力関連の魔法もそのうちに開花することになるはず。大きく展開するにはこれ以上ない関係に他ならない)
次期橿原子爵たる藤華は、莢動力魔法に関する舵取りをどうするべきか考えながら椅子へ凭れ掛かる。華風から多くのことを任され始め、出資と協力を申し出ている家々との連合の構築などは彼に一任されている状態。思うことはたくさんあるのだろう、眉間に皺が寄っていく。
(颯の成婚はこれ以上なく上手くいった。事実上、篠ノ井百々代を莢研傘下へと無事に収められた以上、周辺の家々からも反対は出来るはずもない。…六角式の汎用魔法莢の工房は天糸瓜港以外、金木犀辺りに新設するのも悪くない。いくつもの工房を仕切っている今井達吾朗氏に相談をしてみるべきだ。ははっ、どんどんとやることが多くなってきて困ってしまうな)
書斎で一人、ニタニタと笑みを浮かべながら文を認め、黒姫第一工房がより動きやすく、研究を行える環境を整える計画を進めていき、脳内で数字を弾いて利益の分配などを考え纏めていった。
扉が叩かれ、入室の許可を出せば黒姫家の侍従の一人が顔を見せ、手紙の一通を藤華へと差し出す。
「今井商会連盟と安茂里工房からの書簡となります」
「ああ、ありがとう。安茂里工房というのは…確か」
「篠ノ井百々代様のご実家にございますね。一度西条家に養子となって子爵家を経由することで、他所からの異論なく伯爵家に嫁いでございます」
「そういえばそうだった。最近は覚えることが多くてどうにも零れ落ちる記憶が多くて。…然し、東の大船主の西条家を経由して篠ノ井家に嫁ぐとは」
「実績を思えば当然かと」
「それもそうなんだけど。…ふむ、六角式魔法莢の生産を安茂里工房を中心に今井の周辺で担いたい、と。随分と都合よく届いたものだ」
「篠ノ井ご夫妻辺りのご助言でも有ったのでしょうかね?お二人共切れ者だとお聞きしたこともありますし」
「どうだろうな。どちらかといえば今井達吾朗の方がそういった風のある男だったよ。最近は六角式の汎用魔法が伸び始めているから、魔法省傘下以外に、一般に卸そうなんて話しも出てきたところだから願ったりかなったりなんだけど。…父上に伺ってみるとするか」
「それが宜しいかと。藤華様もご立派になられて、もうお坊ちゃまと呼べな言う事を寂しく思いますよ」
「男児が産まれたら坊ちゃまとでも呼んで可愛がってくれ。それらしい兆しがあるみたいだから」
「おや、そうなのですか?」
「そうだといいな、という話しだ。未だ黙っていて欲しい」
「委細承知しました」
嬉しそうな侍従を横目に文を認めた藤華は、忙しくなる、と楽しげに笑う。
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