二三話②
静々と小雨降り頻る七変化迷宮。活性化が発生してたとはいえ、どこぞの多雨迷宮より湿々としている。
纏鎧を起動した一行は迷宮門を使い迷宮へと潜行し、色取り取りの紫陽花を見ては感嘆の息を漏らす。時と共に色の移ろう七変化の様子は、観光にもできるのではないかと思えるほどだ。
そんな中でひょこひょこと頭を見せるのは蛙党の一団。二足歩行で全高は五尺前後、手には武器を携えており、数は一五匹。ゲゲコゲゲコと喉を鳴らして襲いかかってくる。
「へへん、手前の実力みせてやらぁ!」
蘢佳は石火砲の銃先を蛙党らに向け、狙いを定めることもなく引き金を引き拡散鏃石を乱射し始めた。相手が集団戦を基本とする、と百々代から知らされていたので、威力が高く制圧力もある拡散を装填しておいたのだ。
跳ね回るような独特の動きは本来対処しづらかったりするのだが、高威力の面攻撃の前には為す術もなく一匹また一匹と蜂の巣へ変えられていく。
(右方向に一匹逃げたけど、気づいているかな?)
様子見をしていた百々代は、一応のこと対処できるように擲槍の魔法莢に手を添えて待機していたのだが。
時を同じくして腰の擲槍へ手を添えて、逃げた一匹へと確実な一撃を蘢佳がお見舞いしては、正面に意識を戻していく。
(気付けたみたいだねっ)
紫陽花の影響で視界の優れない迷宮内、敵の動向をしっかりと追っている蘢佳に百々代は微笑み、傍観と用心に徹する。
最初に出会った一団が第一波とし、第二第三とあちこちから蛙党がやって来れば、蘢佳だけでは処理が追いつかなくなってきて、後方は百々代が担当するべく動き始める。
とはいえ彼女からすれば蛙党なんてのは御茶子さいさい。蜉蝣翅のみで一団を制圧し切っていた。
矢が飛来するも防御に関しては一帆という頼れる相手もいる為、攻撃に専念して半時も経てば死骸の山が積み上がり、疲れた風の蘢佳が達成感の籠もった呼吸を吐き出す。
「、どーよ!」
「樹氷林迷宮を経験したこともあって確実に実力が伸びてるねっ、いい感じだと思うよ」
「及第点としておくか」
「よしっ!」
「へへっ」
実に嬉しそうな声色である。
「階層も少くって、今のところ活性化も構造変化もなし。蘢佳主体でいこっか」
「おお!いいのか?」
「いいよ。ね?」
「ああ」
「わたしと一帆で援護をするから、探索と制圧は蘢佳のお仕事。颯も一緒に巡る感じで」
「一通り熟す経験を積む、と。そういうのは大事だな」
「そうそう。そんな感じ。これから颯も色々な迷宮に行くんだし、非戦闘員がいることも意識して動いてね」
「了解だ!」
一応のこと探啼を用いて周囲の索敵、そして魔物魔獣がいれば対処しながら階層を制圧していく。
基本的に平時の迷宮では門に近い、浅い階層は防衛官が処理をしているので進むごとに敵が多くのなるのだが、七変化迷宮ではしっかりと深い階層まで手を入れているようで、蘢佳でも快適な様子。
一日で七階層まで足をす進められ、残りは首魁階層と回廊階層を除いて四階層と過半数を進むことができた。
「一旦外に戻ろっか。一階層毎の面積も狭いし、二日に一回くらい一一階層まで潜って対処していけば良さそうだね」
「首魁の再発生…再、再胎まではどれくらいの日数があるの?」
「一五日くらい、少ししたら調査をしてみるよ」
「なら此処が終わったら別のことに行って、秋になったら学舎の二人共合流するんだ」
「うんうん、そうだよ。秋までに実力をつけておこうねっ」
「昨日にも言ったが脅威度の高いところへ向かう予定だからな」
わかった、と力強く頷いて、蘢佳は覚悟新たに石火砲を握りしめる。
―――
「よし、これで一一階層までは終わりだ!対処も上手くなってると思うけど、どう?」
「足を引っ張ることはないだろう。もう一挺迷宮遺物を買ってやろう」
「いいのか!?」
「戦力が増えるのに越したことはないからな。俺も氷矢や擲槍で氷花の間詰め行えはするが手数が多いとは言い難いうえ、謀環の溜めへの集中も欠くことは確かだ。中距離の魔法射撃、任せられるくらいまで実力を上げろ」
「バレ!」
「あはは、これより先は回廊階層だからなにもないよっ」
大手を振って歩いていく蘢佳を引き止めて、四人は迷宮の外へと戻っていく。
―――
毎日潜る必要もなく、どうせなら合歓里街を見て回ろうと出掛けの篠ノ井一行。荷物持ちの人型成形獣という名目で蘢佳もご一緒。
今回向かうのは養蜂場で行われる蜜蝋製作体験会だ。春に採取した蜜と巣枠から拡張され、削ぎ落とされり蜂蜜の搾り滓の巣碑などを溶かして蝋へと変え、冬流祭で使う蜜蝋蝋燭を作っていくのだ。
意外にも人気の催しで、天糸瓜港あたりから足を伸ばしてやって来ている人が雑談をしながら、体験会の開始を待っている。
「本日は体験会へのお越しありがとうございます。事前にお伝えしてありますが、臭いや汚れが衣服に付いてしまうことが多々ありますので、汚れてもいい服装でない方は着替えの貸出をいたしますので、お声掛けください。纏鎧でも代用が効きますが、汚れを落としてから解除を行うようお願いします」
事前通告があったので各々、汚れてもいい服装か纏鎧を起動し、蜜蝋の製作へ移っていく。
先ずは巣碑を細かくしながら煮溶かしていく。この際にやや不快な臭いや汚れが飛ぶので、一同は納得しながら作業を進めていく。
「おぉー結構いっぱい溶かすんだね」
「中が空洞だから思ったよりも小さく収まるのだな!」
「蜂蜜だけならともかく、…快い臭いではないな」
汚れや臭いなんてのは魔法莢弄りをしている百々代と颯からすれば許容の範囲内らしく、険しい顔をしながら作業をする一帆とは対照的。そして嗅覚が備わっておらず、汚れがついたところで気にならない蘢佳は楽し気に鍋を掻き回している。
成形獣まで使って作業している篠ノ井一行は若干浮いているが、その程度を気にするような面々でもないので手の進みは早い。
煮溶かした蜜蝋を濾して不純物を取り除いては、水と分離させるために一度冷やし固める。その際に時間を要するため、養蜂場の蜂蜜や林檎を使った菓子や茶を楽しむ休憩時間があり、各々ゆったりとした時間を過ごしていく。
「毎年流すだけだったが、…蜜蝋作りとは大変だ」
「最初から蜜蝋の形で巣から取れるのだと思っていたから、驚きが多かったな」
「普段の作業はもっと大きな器材を使うんだろうけど、それでも大変そうだよね。この焼き菓子美味し〜、結衣姉へのお土産で蜂蜜買ってこうかな」
ご機嫌な百々代にちょっと羨ましそうな蘢佳の仕草。
「今更だけど食事って楽しいの?」
「あー、そういえば蘢佳ってローカローカから蘢佳になったから、味がわからないんだね」
「うん」
「味覚を認知した時の驚きはすごかったよ。赤ちゃんの時の記憶はちょっとあやふやだけど、今井の小父様が持ってきてくれたお菓子とか本当に驚いたよ。…でも味覚かぁ、流石に成形魔法で再現するのが難しそうだね」
「先ず、舌とはどうやって味を認識しているかを理解しないといけないな!」
パクリと口に焼き菓子を放り込み、舌で転がしては味覚について考える。舌に存在する味蕾が味を伝えているのだが、人体に関する学問に明るい者はここには居らず、頭を悩ませるばかり。
「そういうことなら、医務局ではないのか?」
「あー、そうかも。今度結衣姉に聞いてみよっと」
休憩時間も終わり水と蜜蝋が分離し固まって、水をすべて捨ててから蜜蝋を湯煎しながら再び濾しながら、魚の形をした型に流し込みながら芯を挿せば半ら完成。一日置いてみれば綺麗な黄色の蜜蝋蝋燭の完成である。
そんなこんなで蜜蝋蝋燭を作り終えた一行は、家鞄に保管して冬流祭で流すのだろう。
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