二二話⑪
(叢林め、負けよってからに…。少しは真面目に出来んのか!)
激闘に拍手を贈りつつも、学舎長の心は穏やかではない。とはいえこれ以上できることもないので、へらへらと笑いながら百々代の手を取り起き上がる叢林を睨めつけては、気持ちを切り替えていく。
(祖父様怒ってんの、怖ぁ。まっさか不識に対抗する為の手札を巡回官が持ってるとは思わないって)
「対戦ありがとうございましたっ!実は魔法莢の最終調整がてら、なんて気軽に来ていたのですが、叢林さんの強さに本気を出さざるをえませんでした」
「こっちもそんなところです。はは、楽しい試合でしたよ、篠ノ井百々代さん。いやまさか、迷宮遺物を四つも使わされるとは思いませんでしたよ」
「四つも使ってたんですね。不識と速い駆刃と」
「ははは、残念ながら僕は軍人なので、答え合わせはできませんので」
「それもそうですねっ!今日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございます」
握手を交わせば再度拍手が送られて、天糸瓜学舎の催物は一旦幕を下ろす。
「ところで、秘密にした側が尋ねるのも不躾だとは思うのですが、どうやって不識を目で追っていたのですか?」
「目が良くって、効かないんですよ。不識」
「わぁ」
本当かどうか判別のできない言葉に、叢林は暫く悩まされたとか。
―――
「…。」「…。」
歓声が上がる中、あまりの高揚に言葉を忘れていたのは陽茉梨と勝永。
強いことは知っていた。
迷宮関連で自然と耳にできる大型新人夫婦片方で、少し前には樹董龍と対峙して勝利、焦雷龍の攻撃を受けきって生き延び、認められたような形で鱗を受け取った相手。
そして対戦相手の叢林も、公式非公式構わず無敗の卒業生で現行の港防軍人。天糸瓜学舎に在学するものであれば、入れ違いに入った一年生ですら知っている彼。
二人の戦いを見て心に揺らめく炎は最高潮に燃え上り、ちらりと視線を交わして口角を上げる。
「私、あそこを目指しますわ」
「自分もですよ。…待ち遠しい、ですね」
「そうですわね」
二人は足を引っ張らんと努力するため、篠ノ井夫妻に合流するまでの間、研鑽を積むべく両陣営で競い合うのだとか。
―――
公開試合も一段落、ともなれば次に来るのは颯の成婚式。
黒姫家では盛大な催しが成されて、関係者やなんかが多く顔見せを行う。一帆からすれば二度目であり、にこやかに挨拶をしたりと軽々熟していく。
本妻である百々代は、出番なんてなさそうだなぁ、なんて高を括っていたのだが、公開試合やら放散式纏鎧の一次発表や颯との共同で木操関連の発表も行っていたので、彼女も彼女で大忙しの成婚式となっていた。
これで晴れて颯は篠ノ井颯となり、面倒な建前無しに百々代に同行が可能になったというわけだ。特に莢研の特別局員であり、新規魔法に明るい百々代の傍に颯を置けるのは大きな利益を産めるだろうと、黒姫家及び莢研局関連の者からすれば大手を振って喜べる事象だった。
一帆は「おまけ感が強くなった」とボヤいていたりするのだが。
「一帆くん、少しいいか?」
「なんだ?」
「初夜のことなんだが、吾と百々代くんで過ごさせてくれないだろうか」
「別にいいぞ。元々その予定だったしな」
「そう、なのか?」
「俺は百々代に操を立てているから、お前を抱くつもりは微塵もない。というか無理だろう、お互いに」
「まあ友人家族になれても、恋を語らう間柄は絶対に無理だが」
「子供ができないのは相性が悪かったとでも言うしかあるまいな。…百々代との夜を過ごすにあたって条件がある」
「条件?」
「想いくらい伝えろ。それじゃあ俺は寝る」
ひらひらと動物を追い払うように手を振った一帆は寝台に横たわり。
(颯ならいいか、嫌いではないしな)
嫌な気持ちの一つもなく、一人眠りについた。
「百々代くん、起きているか?」
控えめに扉を叩き声をかければ、「ちょっと待っててっ」と慌ただしい声が聞こえてきては、気楽な格好をした百々代が扉を開けて首を傾げる。
「颯さんどうしたの?一帆と上手くいかなかった?」
「ちょっと事情があってな、中に入ってもいいか?」
「うん、いいよ。ちょっと散らかっているけど」
部屋の中には身体を鍛えるための道具と、報紙や書類、書籍の数々。鍛錬を積みながら、新しい知識の取り込みや魔法陣の試し書きをしていたのだろう。
「実はな、その…吾は百々代くんの事が好きなのだ。恋愛的な意味で。それで一帆くんに相談をして、初めての夜を百々代くんと過ごせるようにお願いして、ここにきた」
「え、わたしを?そうなんだ、全然気づいてあげれなくてごめんね」
「吾もあまり表に出してはいなかったから。……同性相手にこういう気持ちを抱くのは、変わっているし気持ち悪いかもしれない。嫌だったら嫌だと言ってほしい。今まで通り過ごせるようににするから」
「全然いいよ、気持ち悪くもないし。そっか〜、えへへ両手に花だなぁ。一帆はいいって?」
「百々代くんに想いを伝えるのならいいと」
「そっかそっか。一帆は優しいし気遣ってくれたんですね。ふふん、じゃあ忘れられない夜にしよっか、颯」
「お、お手柔らかに頼む」
青と金の瞳を晒し、呼び捨てにする百々代に、顔を真赤にした颯は優しく寝かされる。
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