二二話⑩
四年生の模擬戦闘も終わりを告げて、残すは公開試合のみとなり、百々代は会場へと赴く。
観客として観たいた場所と、実際に衆目環視に晒される立場とでは感じ方も異なるもので、薄っすらと目蓋を持ち上げては眇めて周囲へ視線を回す。
(あっ、陽茉梨さんと勝永さんも観に来てくれてる。頑張るねー)
立つ場所が逆転しようとも呑気な百々代は二人とその学友に手を振って、反対からやって来た同い年の男へ向き直る。
(彼女が金木犀学舎の第一座。二度と大きな顔を出来ないよう打ちのめしてくれ、なんて祖父様は言っていたけれど、僕的には女の子を痛めつけるのなんて面白くないんだよね。適度に戦って、勝ちを拾って帰るかな)
気楽な男、叢林は巡回官と軍人では対人戦闘に於いて自身に分がありすぎるし、彼女は一季と半分ほど前まで昏睡していた相手と楽観視しながら、百々代へ笑顔を向けつつ歩み寄ってきた。
「はじめまして。僕は茄子原子爵家の千曲叢林と申します」
「はじめまして。金木犀伯爵家の篠ノ井百々代です。本日は昨年の天糸瓜学舎第一座の叢林様とこうして手合わせできる僥倖に、持てる力を全てぶつけ挑みたいと思いますっ」
「これはこれは、金木犀学舎で歴代最強とも名高い『龍討ち』殿と手合わせできることは、こちらとしても栄えあること。栄誉を胸に挑ませていただきます」
(おぉ、僕より背高いのか。伯爵家の奥方じゃなかったら口説いてたなぁ~。ッ!)
「どうかなされましたか?」
「いえ、何でも有りませんよ。それでは良い試合にしましょう」
何処からともなく刺さった殺気に驚きながら、叢林は一度距離をおいてから開始の合図を待つ。
「双方、準備を」
「はいっ!」「はっ!」
各々戦闘の開始前に常時発動型の魔法を起動し展開する。
「起動。強化。雷纏鎧。数打『蜉蝣翅』」
二重の纏鎧に肉体強化と蜉蝣翅。少しばかり見た目こそ一風変わっているのだが、前衛を張る魔法師としては基本的な姿。
対して叢林も同じで纏鎧と肉体強化、そして成形武装である。
((いきなり本気で終わらせるわけにもいかないし))
二人共様子見がてらに構えていれば、信号弾が打ち上げられて戦闘の開始となる。
たったった、お互いに詰め寄って小手調べの剣戟。
(おっと、一撃で刃が欠けた?半端な防御じゃあこっちの成形剣じゃ受けれないのか、魔法省最新鋭とかそんなのかな。――だけど、剣術の腕は大した事ないね)
(なるほど、巧い剣捌きッ、だね)
相当な業物を使っている百々代だが剣術の腕は並程度、刃を合わせるごとに一歩、また一歩と退かされていき実力の差を思い知らされる。
「起動。試作成形尾装」
「おっとっと、面妖な。ほう」
聞き慣れない魔法に叢林が一度引いてみれば、百々代の腰部から伸びる一〇尺にもなる長い成形魔法の尾っぽ。出方を伺ってみれば、攻撃の隙を埋めるように、そして僅かな相手の隙を押し広げるように翻弄せんと動き回るではないか。
(なるほどね。だけどこの程度なら)
やや大振りな前動作をする百々代に隙を突かんとすれば尾が来るわけで、待ってましたと叢林は尾を切り落としてから彼女の懐へ潜り込み柄頭で一撃を入れた。戦闘が開始されてから初めての直撃だが、流石に有効打になるはずもなく膝蹴りの飛来を感知して大きく退く。
「すぅ…」
(へぇ、不識まで。良いもの持ってるね、だけども)
叢林の両耳に飾られる耳飾り、その右耳に付いた一つが彼にしか聞こえない音でチリンと鳴っては、視線の一切を動かすこともなく右手に剣を振るい百々代の攻撃を相殺した。
(不識の対策、港防なら有っても可怪しくないか)
(驚きもなしか。釣れないなぁ。…次は左ね)
(瞳が動いてないし、痕跡を追っているわけではない。何かしら感知の魔法があると考えるべきかな)
「起動。成形兵装武狼」
現れたのは百々代が黒の瞳で記憶を追った際に見た鎧姿の武王…ではなく武狼。胸部には大口魚井の国章が刻まれており、大口魚井國を護った英雄へ敬意を込めた姿へと変わっている。大きさは使いやすくするために六尺弱に収められており、巨人族の再現はなされてないのだが。
(手を変え品を変え、面白い女性だな)
(行くよ、武狼ッ!)
呼吸を断続的に潜めては不識の連続使用で確実に相手の視界から消え去って、左手側からは武狼、そして正面からは百々代の二面攻撃を行った。
――のだが。
「起動。成形武装」
もう一振りの成形剣を手に取り、百々代と武狼の攻撃は寸分の狂いもなく受け止められてしまったのである。
「上手いですし、強いですよ、篠ノ井百々代さん。ですが相手が悪い」
「ッ!雷放!」
チリチリと左肩の火傷痕が燻って、危機感を全身に覚えた百々代は雷纏鎧の制限を取払い防御に専念。
音もなく振られる成形剣からは、文字通り目にも留まらぬ駆刃が飛び出して、武狼を両断、そして百々代の雷纏鎧を切断し弾性纏鎧にまで至った。とはいえ至近距離での、いきなりの放電は叢林の纏鎧も無数の雷で焼き中程度の損傷へと持ち込んだ。
(とんでもない隠し玉、だ。纏鎧だけでなく肉の一寸は持って行く心算だったのだけども、手痛い反撃を貰ったね、こりゃ)
(限々見えてはいたけれど、身体は間に合わない神速の駆刃…。あはっ、本当に強い人だ、この人は。手加減なんて無粋かも)
追撃の心配のない状況で蜉蝣翅を投擲し、武狼を解除しがてら尾装を再展開。零距離擲槍でけたたましい放電と共に百々代は駆け抜け様に擲槍での牽制を行いつつ、機動力と身の熟しを以て自身の舞台へと相手を引き込む。
神速の駆刃は腕と脚の硬性装甲で受け止め流し、複数の擲槍で異なる面から攻め立てていく。最初は両手に剣を構える双剣で対応していた叢林だが、その戦い方は彼の本来の姿ではなく百々代の調子が上向くと同時に一振りを解除して対応を行っていく。
擲槍移動と尾装の方向転換引き戻し、緩急を用いて纏鎧を削るべく立ち回っていくも、剣と駆刃のみで擲槍は対処されて反撃を行う余裕さえあるのが天糸瓜第一座の天才。笑みを浮かべる余裕すらあるように見受けられる。
(これは…人相手じゃなくて魔物相手だね。百港の戦闘手法だけじゃなくて、大陸国の戦闘手法も理解しているけれど、…こりゃ厳しい。さっきの反撃が痛かったかな。……だけども、楽しいね)
余裕の笑みではなく、高揚の笑み。普段の飄々とした態度と、汗の一つも流さず戦闘中に笑ってみせる姿から、相手を見下し嘲っている風に捉えられることが多々あり、とある青年が試験の事を気にしていたりするのだが。それはそれ。
「はぁ…はぁ…」
「あれだけ動いて不識も使う、それでまだ動けそうだなんて凄い、流石ですよ。手が空いていれば拍手でも贈っていました」
「…どうも。ですが、未だ終わってませんよ」
「へぇ」
(動き方と駆刃の速度には慣れてきた、)
足を止めた百々代は徒手空拳の構えを取り、深呼吸をしてから尾装を自切し不識と同時に擲槍移動へと移っていく。狙うは右側面。
(あれは尻尾で、本体は消えた。雷を追えなくもないけれど、確実に対処したいし…、右側からの攻撃か)
耳飾りからの音で場所と攻撃を認識し、視線を動かしつつ刃を振るえば接近する百々代の姿。駆刃を用いれば終わらせることが出来る距離内にいることから、親指で柄を擦り魔力の刃を目にも留まらぬ神速で放つ。
(来たッ!躱せるよ、わたし!!)
自身の側面に魔力を集中していた彼女は零距離擲槍を起動。大きな隙を作りつつも駆刃の回避に成功。――そして本来百々代がいたであろう場所には三本の擲槍が置かれており、叢林目掛けて動き始める。
一本は駆刃に切り落とされ、残り二本は振り返された刃で落とされて到達することはなかったのだが、本体は未だ健在。ドン、と勁く踏み込む音と共に拳が走った。
(切り札ってのは、最後まで取っておくものなんだよね。不識を持っているのは百々代さん貴女だけじゃないんだ。――ッ、!?)
咄嗟の回避に不識を用いた叢林であったのだが、視線を切っている筈の青い瞳が自身に追従し動いていくる。偶然と切り捨てるにはあまりにも精緻なその動きに、心の底から冷気が襲い来て戸惑った瞬間に首根っこを掴まれて地面に叩きつけられたのである。
地面への衝突は衝撃という形で百々代の雷纏鎧に到達、雷を放っては叢林の纏鎧を砕くに至り勝敗が決した。
「―――よしッ!勝った!!!」
在学の生徒とは圧倒的な力量差を見せつけた二人へは盛大な拍手と歓声が送られるたのだ。
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