二二話⑨
天糸瓜学舎では、年度末の模擬戦闘を行う実技試験に外部から多くの人を集めて衆目環視の下で試験を行う、それなりの催物と化している。
学舎を舞台とした大きな社交の場として用いるのは、質実剛健よりな金木犀と比べると大分毛色の異なる雰囲気だ。
百々代が公開模擬試合に指名されたには盛春季の初旬のことで、雷纏鎧が完成し武王の魔法陣を描きながら一休みしていた頃。賢多朗から断ってもいい、と伝言も届いたのだが、最終調整がてら参加する、とのことで今日に至ったのである。
莢動車という物珍しい乗り物で周囲の関心を集めつつ、篠ノ井夫妻と颯は案内の許で演習場へと向かっていく。
春の穏やかな日差しの中で、三対三の戦闘を行っていく二年生や一対一の四年生を眺めては、天糸瓜貴族らと交流を行っていく。
午後となり昼餉を挟んでから一時後、二年生はもう最終試合らしく思った以上に早い進みに驚いていれば。
「観客を呼ぶのはある程度の戦績が良い、見栄えのある者だけなのだ。きっとここ数日で終わらせているのだろうな」
「そうなんだ。金木犀では全部の試合に港防省とか魔法省の人たちが来てたんだ」
「こっちもそうだぞ。注目株は衆目環視に当てられるだけでな」
「なるほどー」
と眺めていれば入場してくるのは陽茉梨の隊と勝永の隊。実技に於ける最上位二組の戦いとなるそう。
成績では勝永が第一座で、陽茉梨が第四座だが実技の実力では彼女のほうが優秀とのこと。…座学が足を引っ張って三席を譲っているらしい。
観客席からひらひらと手を振って見せれば、二人は気がつき目を丸くしては一層の気合をいれたのが見て取れる。
「勝永、あの方は?」
「来年から世話になる巡回官で、この後の公開試合に指名されている一人だったはずだ」
「へぇー、そりゃ災難な」
「公開試合の相手って学舎長の孫で、天才と名高い千曲叢林さんだろ?」
「ははは、どうなるかはわからないが自分は百々代さんが勝つのに賭ける」
「じゃあ俺は叢林さんかな。買った方が今度食事を奢りで」
「悩むなぁ、港防軍人と迷管巡回官なら港防かな」
(こりゃ美味い食事を楽しめそうだ)
しめしめと笑みを零しながら、装備構成に間違いがない事を確認し、対面する女生徒三人へ視線を向ける。
「さあさ、天糸瓜の戦姫とご対面だ。開幕から本気で行くぞ」
「「応!」」
「ほら!あそこよあそこ!こっちに手を振ってくれている糸目で、男装っぽい方!あの方が篠ノ井百々代さんよ!」
「あの方ですの?!」
「まあまあ、男装が様になっていますわね!」
黄色い声を上げているのは陽茉梨一行。
「『龍殺し』なんて陳腐な通り名では物足りない、当代最高峰の魔法師の百々代さんが私に手を振ってくださってるわ!」
「陽茉梨姫の推しですものね!良いところ、見せなくては!」
「ええ、ええ、そうですわね!私もやる気になりましたわ!陽茉梨姫、頑張りましょう!」
「相手は姨捨勝永、総合成績最高座、相手にとって不足はありませんわ。最ッ高の舞台で踊ってあげますわあ!」
やる気十二分、これ以上なく燃え上がる陽茉梨たちも装備を確かめて、対面の勝永らへと視線を向けた。
静まり返った会場の中、戦いの火蓋が切られた瞬間に動き出したのは勝永。
後ろに構えていた実剣を振り上げて駆刃を繰り出せば、目にも留まらぬ速さで陽茉梨らへと向かっていく。
(お得意の、旋颪を用いた駆刃ですわね)
初手からコレが飛んでくるのは折り込み済み、仲間の二人が障壁を多重に張って対処へ移る。駆刃は着弾とともに無数に分裂をしては、障壁を食い散らかしが如く勢いで破壊し尽くしていくのだが、破壊されると同時に障壁が生み出されていき、完全に防ぎきってみせた。
「起動。擲槍」
カツン、と長杖で地面を付いた陽茉梨は、自身の後方から夥しい数の擲槍を展開し、上空へ撃ち上げては雨霰の大豪雨が如く勢いで射出し続ける。進行を妨害しつつ致命打を与えられる面攻撃に、三人は集まって防御を固めながら足を進めていく。
「この範囲なら、三、二、一。今だ!」
降り注ぐ擲槍の雨が止む瞬間、勝永の合図で三人は飛び出し、武器を手に切り込んでいく。
「任せますわよ、二人共」
「「おまかせを!起動。成形武装、斧槍!」」
自身の背丈よりも長い斧槍を手にし、肉体強化増々の走力で三人に突っ込んでいく。
この二組、陽茉梨以外は前衛寄りの魔法師たちで構成されている。前一後二が三人構成で有り触れた形になるのだが、ここ最近の風潮として多くの前衛で相手の陣形を荒らしそのまま討つ、という戦法が流行っているらしく、現に結果を残している。
あまりに偏った構成に港防軍人は眉を顰めていたりするのだが、生徒同士が流行りの有利不利を上手く回す様子には好感も浮かべていた。
両組の一人ずつが纏鎧の損傷で落ち、一対二となれば厳しくもなるもので勝負が付いたかと思っていれば、金環食で杖を交換していた陽茉梨は起動句を口にする。
「起動。擲槍」
「へへ、時間稼ぎは成功ですわ。お疲れ様でした」
「未だ負けたつもりは無いのですがね!」
瞬く間に会場から飛び出して一足先に棄権退場となった女生徒を横目に、人数有利を覆せなかった自身の不甲斐なさに勝永は溜め息を吐き出す。
日の眩杖。これを用いて展開された魔法は炎の属性を得て、着弾時に爆発を引き起こす。
直線軌道、退路と進路を潰す軌道線、そして誘導の三種が織り交ぜられた無数の爆発性擲槍には為す術もなく、勝永は敗北となった。
(陽茉梨嬢と戦うために前衛三人に振り切ったが、及ばず仕舞い。しっかりと鍛えた心算なんだけど、前衛の二人が思った以上に強かった)
(一人も落とされず、発射時には防御へ回ってもらう予定でしたが、思った以上にやりましたわね。まあ、私たちの勝ちですが!百々代さんに私の勇姿も見せれた事ですし、大満足ですわ!)
土埃が吹き流されて、ドヤッとした表情で一人佇む陽茉梨へは大きな歓声と拍手が送られることとなった。
「すごかったねっ、二人共。いやぁ、わたしたちに同行で本当にいいのかな?」
「いいんじゃないか?あの二人と俺たちであれば行くところには困らんだろうし」
「それもそうだねっ」
大きく手を振っている陽茉梨に、百々代は手を振り返して二年生の模擬戦闘は終わりを告げた。
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