二二話⑤
莢動車を虎丞が運転し向かうは黒姫第一工房。
昨年天糸瓜港を旅立って一年ほど経ち、颯の居ない比較的落ち着ける状況で工房を改に建設し、第一は新規の魔法開発を中心に、第二は汎用魔法莢の量産へと分化を行ったとのこと。
「やあ皆、元気していたか?」
「お、颯工房長じゃないですか、お久しぶりです。こちらは無茶振りのない伸び伸びとした一年を過ごさせてもらっていましたよ、はっはっは」
「皮肉を言うとは偉くなったものだな、代理」
「さあ、隣のお方を紹介して下さいな」
「予想はついていると思うが金木犀子爵家の篠ノ井!百々代くんと、夫の一帆くんだ。百々代くんは魔法の開発や触媒調査の協力に、一帆くんは試験運用者として報告書に名をのせていたから知っているだろう」
おおお、と沸き立つ工房の面々、何かと話題に欠かない巡回官なのだから仕方あるまい。
「どうも、はじめまして。前回とは立ち位置がやや変わり、こうして黒姫工房に顔を出すことが出来るようになりました。天糸瓜港には暫く滞在しますし、少しばかり魔法莢のあれこれで場所をお借りしたりしますんで、その際はよろしくお願いします」
「どうもどうも、うちの工房長がお世話になっております。新しい魔法を共同開発したり、触媒調査なんかのご助力を頂いたみたいで」
「いえいえ、颯さんとの魔法莢や触媒弄りはとても楽しいのでっ」
楽しげで嘘偽りなさそうな百々代の言葉に、颯と同類かと工房の面々は考えて、とんでもないもの好きもいるのだと一帆へ視線を向けていく。
(嫌な視線だな…)
「さていきなりだが、蘇鉄族の素材を用いた莢動力化の構想と試験の記録は全て読ませてもらった。結論として書かれてもいたが、船舶の動力として運用は素材強度不足が表面化してしまうようだな」
「目の速いことで…。ま、そうですね。動かせる対象が木材なので木材を起点に金属部品を合わせたり、造船総理局と色々試していたんですが、船舶の動力としては力不足を否めない状況なのです。現行五隻の先行型と比べてしまえば、安定性も低く速度も出ない見通しになってしまってます」
「木材そのものを強化する方向なんかも考えてみるか。幸い、蘇鉄族の素材で植物に関する魔法は明るくなりそうだからな」
「船の話が主になっているが、莢動車への運用はどうなんだ?」
「そちらはぼちぼちってところです。人員多くが莢動力船に割り振られているので、進みがやや遅めでしてね」
「船のほうが優勢になるのは当然か」
「当然だな。近年、領間道の整備が進みつつあるがやはり船の方が何かと便利に違いないうえ、外へ向けた牽制と戦力に繋がるのだから」
「俺は莢動車に興味がある、見てきても構わないか?」
「どうぞどうぞ、案内は――」
と職人見習いの若者が呼び出されて、伯爵家の偉い人だから迷惑のないように、と言いつけられて一帆は案内をされていく。
「篠ノ井一帆様は船よりも車に興味があるんですか?」
「ああ。便利そうだし面白そうだ」
「便利なのはわかりますが、面白そう、とは?」
「新しい魔法技術はなんでも面白いだろう。ここ最近は専門職が小難しい話しをしてついて行けないことも多々あるが、やはり新しい魔法は心躍る」
「あー、わかります。自分もそんな感じで職人見習いになったので」
「新しい物好きには宝物庫だろうな、ここは」
「それはもう」
なんて話しをしながら歩いていけば、工房の一角では三つの車輪を備えた馬車の客車とは全く形状の異なる莢動車を弄る数名の職人がいた。
「これも莢動車なのか?」
「なんだ見ねえ顔だな」
「この方は偉い伯爵家の人で颯工房長の婚約者様で、莢動車に甚く興味があるみたいなんですよ」
「これは失礼しました。なにかと人の動きの多い工房でして」
平身低頭に詫びながら職人は三輪莢動車がよく見えるように移動していく。
「気にするな。面白い形状だが、ふむ…鞍や鐙が付いている所を見るに魔法莢で動く馬か?」
「おっ、わかりますか!さっすが工房長の婚約者様だ」
(そう言われるのは癪だな…)
一帆の心内などお構いなし、職人は楽しそうに説明を続けていく。
先程も颯らが話していたように、今のところの木操起点の莢動力では出力と耐久に難がある。これは複数人を乗せて客車形状に収める必要のある莢動車でも壁に当たった点であり、御者…ではなく運転手と乗員、そして車体の重量に対して出力が不足気味となってしまったのである。
様々頭を悩ませて、「馬車馬を莢動車に置き換えて客車を引く」なんて迷走に走った頃、一人乗りにすれば重量を抑えられ、客車ではなく馬に近い形状へと変えれば箱の大きさも小さく出来ると今の形状に至ったらしい。
「ならこれは莢動車と同等の速度で走れるのか?」
「ええ、勿論。試走している最中ではありますが、今まで数度の試験ではある程度納得のいく結果を得られています。とはいえ一人乗りで荷物も然程積めず、需要があるかどうかと尋ねられてしまえば。難しい、の一言でしょうが」
「俺が試しに乗ることは可能か?」
「可能ですよ。お怪我をされても良くないので速度に制限を課しますが」
「なら、頼む。興味が湧いているのだ、非常にな」
革張りに綿を詰めたやや硬めの鞍へ跨って、一帆は操縦根へと手を伸ばす。
「『起動。莢動車』が起動句となり、方向転換は両手で掴んでいる操縦根、前進は右足の乗っている鐙を踏み、左足側を踏むと減速から停車となります。踏む強さで加減速の勢いが変わりますので、先ずはゆっくりと優しくお願いしますね」
「承知した。起動。莢動車」
内部から部品の動く音が聞こえ、静になれば準備は完了。ゆっくりと右鐙を踏み込めば、ゆっくりと前進し始めて、徐々に速度を上げていく。
野外での試走ということもあり、やや凹凸のある地面なのだが、発条の緩衝装置が機能しているらしく乗り心地は悪くないの一言。
(馬と違って動きに合わせる必要もなく、安定もしている。悪くない、悪くないな)
少しずつ慎重に速度を上げていき、設けられた速度上限の駈歩程度に達し風を感じる。
操縦根を傾けて大回りに反転、職人等の許へと戻っていき左鐙を踏み込んで減速からの停車となった。
「悪くない乗り心地だ。一人用の移動なら馬よりも便利ではないか?」
「そうでしょうとも、乗り心地には多大な心血を注いでおります故。馬車部品の工房とも一部提携し、部品を卸してもらったり開発に協力してもらいましたから」
「ほう。…速度に制限をしていると言っていたが、どれほどの速度を最大で出せるのだ?」
「今の七分八分増しといった所です。馬の襲歩には及びませんが、馬とは異なり休憩を必要としませんので持久性にはこちらが軍配が上がります」
「糞の心配もないな。今のところの三輪莢動車は、一台いくらくらいになるのだ?馬車型は一〇〇万賈だとか、そんな話だったが」
「三輪莢動車だと一〇万賈になりますね。核となる莢動車の部分が蘇鉄族という、とある迷宮で珍しくない魔獣相手なので数を入手でき、一人用の小型故に材料費も少なく済ます。量産まで漕ぎ着ければもっと安くなるのですが」
「一〇万となるとおいそれ出せる金額ではないな。量産化は出来そうか?」
「こちらの利益提示と工房長やお偉方の反応次第ですかね。馬でいい、と一蹴されてしまいかねませんが。はははー」
「そうか、なら俺からも一言伝えておこう。魔法の開発、頑張ってくれ」
「は、はい!ありがとうございます!」
「ところで」
「なんでしょう」
「もう一回乗ってもいいか?」
「どうぞどうぞ!」
速度制限を外した三輪莢動車を乗り回し、一帆は楽しそうな笑顔を見せていたとか。
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