二二話④
とある甘味処で結衣は一人、茶を楽しみながら小説を片手に人を待つ。学舎を卒業して直ぐに天糸瓜港の医務局へと入った彼女は、義妹である百々代との再会は篠ノ井夫妻一行がぐるりと天糸瓜島を一周してきてから、とばかりに思っていたので早めの再会に心躍らせていた。
早く来すぎてしまい、自身が思っている以上に再会を楽しみにしていたのだと内心で笑いながら、ふと外へ視線を向ければ背の高い女が一人甘味処へと入ってくる。
「待ち合わせをしてて。…はい、そうです。ありがとうございますっ」
結衣が事前に連れが来ると伝えていたことですんなりと席へと案内された百々代は、義姉との再会に笑顔の花を咲かせて喜ぶ。
「結衣姉久しぶりっ。元気してた?」
「久しぶりね、百々代。私は元気だけれど、貴女はだいぶ痩せたわね。何かあったの?」
「実は――」
二季弱の昏睡を伝えれば、「またこの子は…」と呟きながら頭を抱えている様子である。
「脇腹の大きな傷跡に飽き足らず、今度は肩に火傷痕。…はぁ、もっと生まれ持った身体を大切にしなさいな」
「その時の記憶はないけど、大切にしたほうだと思うよ。生き残れているんだし」
「…一体何と戦ったのよ…」
「えへー、希少龍」
「すぅー………」
迷宮管理局の者でなくとも希少龍なんてのは聞き覚えのある存在で、馗石龍なんかは舞台劇の題材としても有名だ。
「目が回りそうよ、まったく…。失われた筋肉はどうしようもないけれど、火傷痕と古傷くらいは消せるかもしれないわね」
「そうなの?」
「医務局で勉強を始めて暫く経つけれど、治癒魔法の実力も高まり知識も蓄えた。それに多くの伝手も出来たから、協力を得られれば一帆さんの喜ぶ身体になれるかもって」
「無理のない程度で出来るなら、お願いしちゃおっかな」
「百々代に、無理のない、なんて言われたくはないのだけどね。古傷には思うところもあったから尽力するわよ、それに義妹なのだし」
「頼りになるお義姉ちゃんだ」
笑みを交わしながら百々代が菓子を頼んで、雑談に移っていく。
「へぇ、医院への配属は再来年からなんだ」
「医務局で二年弱、結構長いわよね」
「専門職だし仕方ないよ。赴任する医院は選べたりするの?」
「天糸瓜の医務局で学んでいれば、好きな領地を選べるみたいよ。金木犀にするか、こっちで好い人を見つけられれば天糸瓜に残るのも有りね」
「選り取り見取りってことだねっ」
「話しを聞くに迷宮も大変そうだし、大手の管理区画務めも有りね」
「何処も大歓迎だよっ。防衛官さんも実力はあるけれど、それでも怪我をしないのは難しいし、医務官は必要なんだ。わたしの事を除いても樹氷林迷宮は大変そうだったし、新規で発生した迷路迷宮なんて人が治療を受けてない時はないくらいだったし」
「そんなに。迷宮から遠い場所で暮らしていると、活性化やなんかっていう事象から程遠く感じてしまうわね…。秋桜街でも大変な目にあったのに」
「大変なことを防げるのが一番なんだけど、どうにも人手不足で。活性化が収束してくれれば大助かりなんだけどさ」
「そうよね。何時終わるか、なんてのはわからないの?」
「公表はされてないね。大陸から伝播したなんて説を言う人もいるけど、本当かどうかわからないしさ」
やれやれね、なんて呟きながら二人は菓子を突き、茶を飲む。
「これ美味しいねっ。苺が甘酸っぱくていくらでも食べられちゃいそう」
「ふふ、私イチオシの店なのよ?当然じゃない。天糸瓜港なんて大都市に来たのだから、あちらこちらで美味しい甘味を楽しまずにいられないわ」
「他にも良いところ知ってる感じ?」
「当然!百々代がこっちにいる間は、色々と巡っていくわよ」
「やったね。そうだ、一帆とか颯さんも加えて賑やかに行こうよ」
「いいけれど、颯さんって確か…」
「わたしたちに同行している莢研局員さん。一帆の側妻になる予定なんだよ」
「へぇー側妻ねぇ。一帆さんも意外と女好きだったの…ね?…?側妻?」
「うん。篠ノ井家と黒姫家の結びつきを強化する為とか、旅に同行する理由付けとかで」
「ちょっと、ちょっと待って。百々代はいいの?一帆さんに側妻ができるのよ?」
「いいよ。颯さんならね。…他の人ならちょっと考えるけれど」
(一帆さんが百々代から誰かに乗り換えるとは考え難い、だけども男に変わりはない。案外に下半身で物を考えているかもしれないわ…、次に会ったら問いたださないといけないわね)
どちらかといえば百々代に悪い虫がついている状況なのだが、そんなことは露知らず。結衣はどう一帆を料理してやるか、なんてことを考え始める。
「今更だけど何時まで天糸瓜港にいられるの?」
「ちょっと曖昧なんだけど、天糸瓜領内には散秋季の始まりくらいまでいる予定」
「結構長くいるのね」
「予後治療、というか身体の鍛え直しもあるし魔法莢の再構築も必要だからねっ。それに加えて学舎外活動者を二人抱えることになったから、早期試験の終わり待ちになるんだ」
「もう生徒を抱えるの?凄い早さよね…」
「局長さんとか副局長さん、二人の生徒さんからも熱望されちゃって。それに莢研的にも問題ないってことだから」
(百々代の許で魔法や戦闘を学ぶ、…恐れ知らずもいたものね。何処の誰かは知らないけれど、どれくらいで音を上げたか、いつか聞いてみようかしら)
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