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二二話②

 はやて虎丞こすけと共に天糸瓜へちま港を進み、実家たる三才さんさい家へと向かっていく。盛春季せいしゅんきに成婚することの報告と家族への顔見せが主である。

 懐かしいとは思うも、見慣れたというには物足りない風景を進み、生家に到着すれば、家庭菜園で土いじりをしている母親を見つけ。

「ごきげんよう。元気にしていたか?」

「あら、ごきげんよう、颯ちゃん。夫共々元気よ、そちらは?」

「頗る元気だ」

「ただいま戻りました、母さん」

「おかえり虎丞」

 そう、颯。三才五十鈴(いすず)という女は既にこの世にはいない。黒姫家の遠縁に当たる彼女は、病弱で日の目が当たることなく没した少女の替え玉として引き取られた瞬間から、黒姫颯なのである。

「実は嫁ぐことになってな。披露の場に知人として足を運んで欲しく、招待状を持ってきたのだ」

「あら、そうなの?これは目出度いわね、何処の方と結ばれるの?」

金木犀きんもくせい領の篠ノ井(しののい)一帆かずほという男の側妻だ」

「側妻さん?大丈夫なの?」

 と虎丞へ視線を向けて、母親は心配そうな表情を見せる。政の道具なんかとして扱われ、望まぬ、自分を殺して挑むものでないかと勘繰っているようだ。

「颯様がご自身で、勝手に決めた事でして…。嫁ぎ先の一帆様はあくまでおまけで、本妻の百々代様という奥方のご執心なんです」

「そうなの?」

百々代(ももよ)くんはわれと肩を並べて魔法莢の研究や調査、開発ができて、すんなりと友人となれた相手でな。心から一緒にいたいと思える相手なのだ」

「初めて出来た同好の士に、性別なんてお構いなしに惚れ込んでしまったのですよ、颯様は」

「茨の道を進んでいくのね…」

「そうでもないぞ。一帆くんのことも嫌いではないし、何より楽しいのだ!クックックッ」

「なら良かったわ。幸せになるのよ、颯ちゃん」

「勿論だとも!」

「さあ、お茶を淹れるわ。乾し葡萄の焼き菓子でも食べながら、色んなお話を聞かせて頂戴」

「ああ!」

 満面の笑みで颯は三才家に帰っていく。


―――


「どうも、巡回官の篠ノ井百々代と篠ノ井一帆なのですが」

「お話し届いております。今担当の者がやって来ますので、あちらでお待ちください」

 篠ノ井夫妻が足を運んだのは迷宮管理局の天糸瓜本所。先の樹氷林迷宮での希少龍との衝突が発生した事の報告に、後日向かうと連絡を行ったところ、翌日である今日に来るようにと御達しが届いたのである。

 ちょっとばかし待っていれば、案内の局員に連れられて局長室に到着し、迷宮管理局の局長である姨捨おばすて將煕まさよしと副局長の乙女おとめ賢多朗けんたろうと顔を合わせた。

「巡回官、篠ノ井一帆及び篠ノ井百々代、只今見参いたしました」

「御足労掛けたね、座ってくれ給え」

 慇懃いんぎんに一礼をし、長椅子に揃って腰掛ければ、対面に將煕、向かって右側の椅子に賢多朗が腰掛けて、茶と菓子が配膳され次第に人払いが行われる。

「ふぅ…。いやぁ、君たちは話題の尽きない新人だね、本当に」

「本当に。希少龍、それも目撃例の極めて少なく厄介な、焦雷龍しょうらいりゅうを相手取って五体満足だとは思いもしなかった」

「運が良かったようで、命拾いしました」

「そう呑気に居れるは君の美徳か、悪癖か」

「悪癖ですよ」

 攻撃を喰らった瞬間の記憶がないのが幸いしてか、百々代の心に精神的外傷は見られず、今までと変わりない生活を送れている。…そのせいであいも変わらず呑気なのだが。

「それでは焦雷龍に関しての始終の報告を頼めるかな」

「はいっ。――」

 長くはない二人の記憶を総合した報告を聞いて、「よくもまあ一人の被害だけで済んだものだ」と感心しつつ、もし仮に防衛官などが潜っていた場合の被害を考えて、將煕と賢多朗の二人は肝を冷やしていく。

「昨日、君たちが報告に来ると聞いて、こちらでも前回の情報を引っ張り出していたのだが。…当時の、数世代前の纏鎧で纏鎧で攻撃を受けた場合に、被害者は黒焦げで炭化していたと言われている。そんな攻撃を受けれたとは思えないのだけど…」

 現にピンピンして、ほっそりとしていた身体は少しずつ筋肉を蓄え始めさえいる。

「どうだったか、という記憶は有りませんが、わたしなら硬性纏鎧を全身に展開させつつ、障壁を張れるだけ用意しますね」

(追い詰められていたなら金の瞳も使うかな?)

「私が振り返った際にそれなりの距離がありましたので、威力の減衰が生じたと見てもいいかもしれませんね。当時は生きているとは思いませんでしたが…」

「だろうね」

「まあなんだ、将来有望な若者が無事に生還出来たことを喜ぼう。それで焦雷龍は、一帆くんからの攻撃を半ら無視し、百々代さんに鱗を与えて去っていったと」

「はい、そうです。我ながら頭に血が上っていたとはいえ、愚かなことをしました」

「同じようなことをする者は多いだろうがね。…渾身の攻撃を受けきった百々代さんへの餞別と取るべきか」

「龍種には高い知性があるという論説もあるからね、否定はできないよ。特に希少龍の生態なんかは謎が多すぎる」

 冱氷龍ですら一〇年間二〇年に一回現れるかどうか、他も同じかそれ以下。泛炎龍ほうえんりゅう傷水龍しょうすいりゅう馗石龍きせきりゅう風嶺龍ふうれいりゅう、そして冱氷龍と焦雷龍の六種が希少龍として記録されている。

 一応のこと、多雨迷宮の樹董龍じゅとうりゅうも周期ごとに現れるのでなければ希少龍に名を連ねことになるのだが、それが判明するのはまだ先の事。

「判明できるほどの試行回数を重ねたくないので、個人的には謎のままでいてもらいたいのですがね。遭遇時は大災害と相違ないので」

「そうだけれども。浪漫がないね、副局長は」

「実害がありますので。それでは焦雷龍の鱗を拝見しても?」

「はいっ」

 手提げを開いた百々代は、中から箱を取り出して机に置き、蓋を取る。すると表面に樹形模様が浮かぶ、人の顔程もありそうな大きさの鱗が露となった。

「触ると電気が流れますんで、お気をつけくださいね」

 先ずは賢多朗が箱ごと持ち上げて、見る角度を変えるために動かしていけば、角度ごとに違った樹形模様が現れて、その美しさに感嘆の息を漏らす。

「これが幻とされる焦雷龍の鱗。歴史上初の採集、…素晴らしい」

「百々代さんが優先権を用いて買い取ったのだよね?」

「はい、そうです」

「なら魔法莢にするんでしょ。出来上がった品の報告は莢研と迷管にしてね」

「畏まりました」

「競売にでも掛ければ値段が跳ね上がり、得た者は末代まで家宝とするだろうに」

 結果を楽しみそうにしている將煕と、勿体ないと嘆く賢多朗。先もだが反応は様々だ。

「あはー、そういった目的のために与えられたわけではなさそうなんでー」

((珍しい素材で遊びたいだけなのだろう))

 一帆は呆れつつ、將煕は微笑ましく、笑顔を輝かせる百々代を見ている。

「どういう魔法にしたいという展望はあるのかな?」

「触媒調査をしてみないとなんとも。冱氷龍の副角は万能の氷触媒でしたし、樹董龍も似たような感じで、雷に万能であれば…と颯さんと構想の最中です」

「調査は未だなんだ?」

「報告をするのに欠けたものでは見栄えが悪いかと思っ――」

「待ってください、先程なんと?」

 言葉を遮る賢多朗は、眉間を揉みほぐしながら立ち上がり部屋を右往左往歩き始める。

「欠けたものでは見栄えが」

「そこではなく、別の希少龍もポンと出た気がしたのだが」

「冱氷龍ですか?実は知り合いからお礼に副角をいただきまして、一帆の魔法莢として使用しました。こちらは莢研の方へ既に製作の詳細を送っていますよ」

「お礼に冱氷龍の、副角とはいえ角を…?」

「はい、知り合いの――」

 と雑貨屋店長の名前を告げてみれば。

(その名前は確か…金木犀のタヌキか)

 どういった繋がりなのかは仔細不明だが、相手は金木犀の諜問官。深くに踏み込まないほうが賢明だと、覆成氷花を見物して気持ちを落ち着けていった。

誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。

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