二二話①
百々代たち一行が出航し数度港を経由して七日間、これといって問題も起こらずに天糸瓜港へと入港することが出来た。
天糸瓜島北東部海域にいた海賊らは少し程前に女一人大敗したことから自信を失って、何処かへと旅立ったのだとか。
馬車を拾って向かうのは黒姫家。一帆としては颯との婚約云々の詰め合わせなどが必要だろうと足を向ける。陸路であれば早馬でもだせるのだが、百々代たちは随一の安定航行性を持つ船にて移動しているため、連絡よりも先に本人たちが到着してしまう。
迎え入れる準備どころか、帰ってくると知らされていなかった黒姫家は大騒動である。到着の時間が夕刻手前なのも悪かったのだが。
一応のこと篠ノ井夫妻は宿を取る事を提案してはみたけれども、一々往復するのも面倒だろうと颯が棄却。使用人らは大急ぎで客室を用意したのである。
「急に押しかけてしまい申し訳ございません。準備の方、ありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらずに。篠ノ井ご夫妻は黒姫家にとって大事なお二人ですので」
にこやかな侍従からは困った様子など受け取れず、颯の無茶振りにも慣れているのだろう。
調度品の整った客室で寛ぎながら、身体を鍛えなおしていれば黒姫家の当主、華風や颯の兄が帰宅したと告げられ、二人は広間へと案内される。
「来たか、気楽に腰を掛けてくれ!」
気軽に腰を掛けてくれ、なんて言われて、はいそうですか、と座るわけにはいかないのが道理。
「お初にお目にかかります。金木犀伯爵家の篠ノ井一帆と妻の百々代、諸事情により休職をすることとなり、颯さんに同行する形で黒姫家へ参りました」
「ごきげんよう。華風様はお久しぶりですね」
「よくお越しになられた。私は橿原子爵の黒姫華風、そして息子の藤華。娘の紹介はいりませんな」
「はじめまして、藤華です」
表情を一切変えることなく淡々と挨拶をする華風と、人好きしそうな藤華。顔立ちは似ているが性格としては真反対に位置しそうな具合だ。
「虎丞から様々な報告、そして迷宮でのご活躍は耳に届いております。此度は休職との事ですが、何かご事情が?」
「妻が先の迷宮で重傷を負い、しばらくの間昏睡にありました。故に復帰治療を兼ねて一旦天糸瓜に、そして黒姫家への挨拶にと参った次第です」
「そうでしたか、なるほど。現在のお加減は?」
「日常生活には問題ないほどに回復いたしましたっ。以前と同じように動くことは叶いませんが、時間と鍛錬以外で解決する方法はありませんので、日々精進をこたらぬよう邁進していこうかと」
「それは良かった。百々代様といえば魔法莢開発でも迷宮探索でも名を馳せる、今を輝く時代の開拓者。無事であれば我事のように嬉しく思います。妹の颯とも仲睦まじく、魔法莢開発に携わっていただいていますし」
話し合いは次期当主である藤華が主体になって行い、華風はそれを監督する。そんなやり方で今回は進んでいくらしい。簡単な挨拶や世間話などを行っていき。
「此度、黒姫家に立ち寄っていただけたその理由の一つは颯との縁談にもございましょう。これに関しては、少しばかり前に篠ノ井慧悟様が天糸瓜港にお越しになられまして、話し合いの場を設け確固とした約定を取り付けてあります。ですので、いくらか予定は早まってしまいますが、滞在の期間中に縁を結んでしまおうと私は考えております。そうすれば遊学なんて建前も必要なくなりますし、我々も多方面で動きやすくなるというもの。如何でしょうか?」
「承知しました。父上と話がついて且つそちらに異論がないのであれば、こちらとしても歓迎の一言なので、…そう、盛る春の中頃でしょうか?」
「ええ、ええ、丁度よい頃合い。篠ノ井一帆様はよくお分かりで。ではでは側妻という立場もあり大きくはありませんが、妹の晴れ舞台はこちらで用意いたしますので、出立までの間は黒姫家でごゆるりとお過ごしください」
そうして侍従に言伝をし、口を休めれば黒姫家の奥方もやってきては晩餐と移っていく。
楽しげに百々代と言葉を交わす颯を見て、藤華は小さく首を傾げる。
(なるほど本命は篠ノ井百々代様でしたか。ほしい相手がいるからと、その夫に嫁ごうとするなんて。魔法莢以外にも興味を持ち始めた、と考えるべきか)
表情には出さないものの、血の繋がりの無い実妹を微笑ましく思いながら、「やはり変わり者だ」と呆れていく。
黒姫家と颯の関係は、替え玉という特殊な立ち位置にも関わらず良好の一言で、彼女自身が家族を敬っており家族として接している所が大きく出ているのだろう。今までのように好き勝手できるのも黒姫家の財と力があっての物種なのだから。
「うふふ。私、颯が側妻になるという話しを聞いた時、本妻の方に恨まれたり虐められたりしないか不安だったのです。ですがこうして仲良くしている所をみるに、旅中も楽しく過ごせているようで何より嬉しく思います」
「颯さんとは本当に気が合いまして、これからの生涯を夫と共に三人で歩めると思ったら、これ以上素晴らしいことはないと思っているんです」
「まあまあ、至らないところもある娘ですが、同じ女性として力を合わせてくださいね」
「はいっ!」
人懐っこい百々代の性分は黒姫でも馴染めているようで、颯の母からは中々に可愛がられはじめていた。
(我が家と篠ノ井の結びつきを強く出す予定でしたが、三人の仲の良さを強調したほうが今後の関係も順風満帆に進めそうですね)
次期黒姫家当主は脳内で様々な計画を練っては改訂し、最善を探っていく。
誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。




