二一話⑯
焦雷龍との戦闘にて重症を負った百々代は、一帆ら四人に担がれて迷宮を脱する。然し外に出た頃には怪我と極寒の気温により半死半生の状態、管理区画務めの医務官らは青褪めた顔で治療へと当たり、栂桜港の医院にも応援要請を行って日夜治療を行ったのである。医務官が入れ替わり入れ替わり治療を行って三日が過ぎて、なんとか一命を取り留めた報告は管理区画の者たちを大いに沸かせ、そして安堵する。
「何時意識が戻るかわかりませんが、体調は安定の兆しを見せ始め峠を超えることが出来ました。巡回官の皆さんも一度宿舎にて、しっかりとお休み下さい」
「…ああ、ありがとう。本当に」
「百々代さんには我々もお世話になっているようなものなので、命を繋げたこと喜ばしく思います。それでは」
「一帆さん、」
「そうだな。一旦出直すとしよう」
巡回官の四人が医務室を出れば、舞冬季の空には鼠色の雲が敷き詰められており、気温と相まって今にも雪が降り出しそうな天気模様である。南方領ということもあって未だ先の事なのだが。
「百々代が意識を取り戻したとして、病み上がりで迷宮に潜らせるわけにはいかない」
「そうですね。百々代さんの魔法莢は大半が破損してしまいましたし、どちらにせよ暫くの復帰は難しいでしょう」
「ともすれば俺たちで迷宮を進めることになるのだが、蘢佳も暫く使えないことを留意しておいてくれ」
「蘢佳さんの魔法莢は無事だったはずでは?」
「少し特殊なんだ。使用者は百々代に限られる」
「なるほど。承知しました」
「雹透族が現れないことを祈るしかありませんね~」
「その。焦雷龍は…?」
直睦の言葉に、全員が苦い顔を見せて。
「去ったと考える他無い。希少龍は一所に留まることはない、というのが通説だ。殆ど記録にもないアイツに適応されるかは不明だがな」
「まあ…どちらにせよ、時間の猶予も多くはありませんからね~」
「進むしかありませんか…」
「ああ。今での記録では二四階層、現在が一五だから一階層に数日を掛けられるだけの余裕はある」
「階層が多少増えていても待冬季の終わりまでには首魁討伐まで漕ぎ着けそうですね」
「主力が欠けた状態では有るが、俺とお前たち三人であれば十分な戦力だ。誰一人欠くことなく攻略をし、寝坊助に吉報を持ち帰ろるぞ」
「「「はい!」」」
百々代が一命を取り留めた事と、数日の疲労から何処か気分が斜め上に向かっている風な一帆たちは、宿舎で待っていた颯に百々代の状態を伝えて就寝するのであった。
―――
大口魚井國。そこは百港国から遠く離れた、いや異なる世界の国。
ぼんやりとした意識の中、百々代は浜辺に打ち上げられていた一人の大男を見つけた。
(大丈夫ですか?)
声をかけ身体を揺すったつもりだったのだが、触れることもできず声が届くこともない。
(この感覚って、宮木さんの記憶を見た時と同じっぽいけど、何の、誰の記憶なんだろう?)
移動をすることもできず、大男を心配しながら佇んでいれば、馬に跨った女が一人やってきて首を傾げては声をかけていく。
「おい、起きろデカブツ。海を泳ぐには未だ早いぞ。…、人を呼ぶか」
馬に改めて跨った女は海岸を走っていき、男衆を集めてきては大男を運ばせて城にまで運んでいった。
大口魚井城と呼ばれる城で、百々代からすれば城郭迷宮に近い見た目をしていることから、なんとなくの状況が掴めてきていた。
(大口魚井城。タライってラクエンが名乗っていた名前だよね確か)
落燕大口魚井護位。骸ノ武王が肉を付け、名乗った名前である。
目立った外傷のなかった彼は着物を引っ剥がされ、身体を拭かれて大きな布を着せられて、枕元には簡素ながら食事を置かれた状態で様子をみられることとなり。
半日程経過すると目を覚まし、キョロキョロと周囲を探っては枕元の食事に手を付けて、行儀なんてない勢いで食べ進める。
そんな光景を城の者が見つけては女に報告が飛び、男は彼女の許へと連れて行かれた。
「ほう、大きいと思ってはいたが、立っていると中々ではないか!北方の生まれか?」
「…はい。我は、北の、コーロンのロウシェン」
「意外と話せるものだな。オレは八鹿八景大口魚井御國主。知っているとは思うが八鹿が名で八景が家名だ」
大口魚井御國主というのは、国を治める主のこと。
「ミクニヌシ、…っ!」
どうやら外つ国人ながら言葉への理解は出来ているようで、急ぎ頭を垂れては両膝をつく。
「ほほう、名乗りだけで役職を理解するかロウシェン。よいよい、気軽にしろ」
コクリと首を縦に振り腰を下ろしては、目の前の快活な女御國主へと視線を向ける。開いているのか分からない糸目に、やや童顔な顔立ち、そして栗色の髪を後ろで結んだ、五尺くらいの背丈をした一〇代後半か二〇代前半くらいの女。
御國主としての風格があるかと問われれば首を傾げなければならないが、侍る臣下の様子を見るに確かな人望があるように伺える。
対してロウシェンは八鹿の倍ほどはあろう巨躯に、丸太のように太い手足。厳しい顔つきと、なかなか威圧感のある風貌。
「然し何故故にコーロンの民、それもこちらの言葉に理解のあるヌシが、海辺に流れ着いておったのだ?」
「我は、船衛の職だった。交易、何度か来て、船員から言葉教えてもらった」
「そういうことか。がっしりとした身体つきも、海賊と戦うためのものであったか」
「…。けれど我臆病、戦い、好きではない。…荷物運んでいる途中、鬼人の海賊に襲われ戦った、だけど海落ちた。船も燃やされ、帰る場所ない。船が唯一、居場所だった」
しゅん、と聞こえそうな様子のロウシェンを、八鹿は少しばかり不憫に思い僅かに考え込んでは、手を打った。
「なら城で働け。臆病で軍事は好かないとはいったものの、鍛えられた良い身体をしている。力仕事に従事してくれるのであれば、衣食住には困らんぞ」
「いいのか?」
「構わん構わん!巨人族の一人くらい増えたところで食い扶持に困る大口魚井ではないのでな。それに、巨人族を従えている、なんて箔が付く」
そんなこんなで気前のいい八鹿に拾われたロウシェンは、大口魚井城で働いていくことになったのだ。
「おーい、狼。こっちも手伝ってくれ!」
「承知した」
数年が経ち、狼紫鉛という名を貰った彼は、大口魚井の者たちに受け入れられて第二の人生を歩んでいた。
「兵具が多いが、…戦か?」
「らしいぜ。ほら一昨年に鬼が国を立ち上げたろ?なんだったか、…そうだそうだ朱百舌鳥国。あそこが四方八方へ戦を仕掛けているみたいで、大口魚井にもその火の粉がかかりそうなんだってよ」
「鬼の…」
「狼はどうすんだ?お前さんほどの身体なら大活躍間違いなしだろう」
「我は、…」
震える拳を握り、狼は大口魚井の民へ恩を返すため、そして二度と居場所を失わないために八鹿の許へと向かっていった。
(戦、かぁ…。)
飛び飛びな記憶を読み解く旅の中、百々代は百港国も安全では、そして他人事ではないと少し気落ちする。学舎や雑貨屋の襲撃事件、そのどちらもプレギエラが関わっており、国民感情が戦に傾いてしまえば島政省でも波を止めることは敵わない。
軍事へと自身も加わる決意を伝えた狼を見て、また時が飛ぶ。
半年が過ぎ、大方の予想通り朱百舌鳥国が大口魚井国へと宣戦布告を行って、そのままの勢いで鬼人の軍は瞬く間に国土を焼いての大進行を始めたのである。
とはえい多面戦争が祟ったのか、それとも大口魚井軍が戦に滅法強かったのか、序盤こそ優勢だった朱百舌鳥軍の勢いは日に日に弱くなっていき、戦線を押し戻し国土を奪い返すことに成功する
そしてその中で、狼という全身に大具足を纏った巨人族の男が、目覚ましい大活躍をしていたのだとか。
「すっげぇ大活躍だな、狼さん。きっと八鹿様もお喜びで、褒美でも下さるだろう!」
「当然のことをしたまでだ。我は悪鬼を討ち大口魚井を守ってみせる」
「はっはっは、こりゃ頼もしい」
戦友たちと勝利の美酒を楽しんでいれば、後方から早馬がやってきては。
「大変だ!海路を使った悪鬼共が城下に乗り上げて攻撃し始めた!急ぎ戻ってくれ!」
「…。」
わなわなと震えた狼は酒杯を叩きつけ、大口魚井の民を失う恐怖で自身を奮い立て、怒号を上げては大口魚井城下へと軍を向けていった。
大口魚井城にも兵は残っていた。だが、猛烈な勢いで攻め上げ街を焼く朱百舌鳥軍相手では、民を逃すことと抵抗することの両立は難しく、次第に押されて城にも手が回ってしまった。
「うぐっ!」
「あははっ、やっぱ人なんてどうってことないじゃない。城も落ちた、御國主もこのザマ、大口魚井は落ちたも同然ね!あっはっはっはっは」
「どうだか、夫もおっ死んでオレも長かない。だが我が子はもう逃がした、民もな。直きに最強の大口魚井軍が戻ってきて、お前ら糞喰らいの悪鬼は一網打尽だ。ざまあみろ、気色の悪い鬼の民」
「実力もないのに口ばかり達者な!」
「ぐぁっ…。…怒るってな、図星ってことだろ?へへ、…オレは楽園でお前たちがくたばるのを、楽しく眺」
言葉を最後まで言い終えることなく、八鹿の首は刎ねられて血を噴き出しながら床を転がる。
こうなってしまえば人質とすることも出来ないわけで、冷静になった悪鬼、燕女は再度怒り頭を踏み潰しては迫る大口魚井軍を睨めつけた。
相手を恐怖し錯乱させる魔眼を持った鬼人族の燕女だが、狼ら大口魚井軍の前には呆気ないもので。
いくら魔眼を使おうと怯むことすらなく怒り心頭で真っ直ぐに攻め上げる狼に為す術もなく追い詰められていき、最後には燕女の首が晒されて勝利となったのである。
御國主とその夫は死去したものの、後継ぎである幼子は健在で民も多くは命からがら逃げ延びた。大きな傷を負いながらも、一命を取り留めた大口魚井國は皆で次期御國主を支えながら、新たな道を歩んでいく。
そして戦功大きく上げた狼は御國主の護衛頭に迄上り詰め。没後には悪鬼燕女を討った英雄として護衛頭として、没後に『落燕大口魚井護位』という名前を与えられたのであった。
(なんか、城郭迷宮で戦った武王とは結構違いのある人だったなぁ。城の主でもなかったし。…そもそも骸骨だったけ、完全な形で再現されているわけではなく、歪まされてたのかな?資料館に並んでいるような大具足を着けれる人も狼さんしかいなかったし)
狼とその周辺の記憶が終わった百々代は、真っ暗な何処でもない空間に弾き出され、どうしたものかと首を傾げて。
(やっぱり宮木さんの記憶を見た時と同じだ。黒の瞳が悪いことしてるのかな?というか、どうしてこうなったんだっけ…?)
核心に気がついたその瞬間、百々代の意識はまたもやどこかへ引きずられていく。
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