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二一話⑮

 成形体が砕かれ蘢佳ろか百々代(ももよ)へ戻った時、彼女の眼の前には六本足で蜥蜴とかげかえるのような見た目をした龍種がいたのである。

 前脚が四本、後脚が二本の六肢龍。飛び出た目玉に、喉から腹にかけて膨らんだ胴体、全身を覆う丸みを帯びた大きな鱗の数々、折りたたまれた後脚、長く地面を擦っている尻尾。体長は一二間(22メートル)と大柄で、今の今まで何処に潜んでいたのだろうかと思うほど。

(…。)

「…。」

 一人と一匹は視線を外すことなく見つめ合い一歩も動くことはない。

(中型、いや大型龍種相手に一人は流石にまずいね…。っ!)

 闘争を試みる算段をたてていれば龍種は腹を膨らませてから大きく口を開けて、轟雷を口から吐き出したのである。

「うひゃっ?!」

 耳をつんざく轟音に驚きながら限々で回避しては駆け出す。とはいえ背を見せれば只では生きて帰れないであろう相手、細心の注意を払って戦闘を開始した。

 バリバリと雷を纏った龍は、百々代を圧し潰すべく後脚で跳び上がる。擲槍移動での急加速を用いて直撃こそは避けられたが、着地と同時に広がった雷が纏鎧を砕き、防寒具の一部が焦げており冷や汗を流す。掠っただけで弾性纏鎧は貫通、直撃した場合は…考えないほうが良いだろう。

 急ぎ硬性で鱗状の纏鎧を全身に回し、呼吸を整えては距離を置く。

(雷の希少龍。幻とされる焦雷龍しょうらいりゅう…だね、これは)

 人知の及ばないであろう相手を目の前に、心臓の鼓動が早まっていく。

 希少龍というのは樹董龍じゅとうりゅうのように特定の迷宮に現れる魔物ではなく、天災の如く現れては大概が何処かへ去っていく報告すら稀な龍種である。焦雷龍は百港の歴史でも二度しか確認されておらず、最後に現れたのは四〇年以上前の大蕪おおかぶ島の迷宮。巡回官が全滅し何処かへ去っていったとのこと。

 一帆の覆成氷花に用いる冱氷龍こひょうりゅうは目撃も多く、腕利きの巡回官らに討伐もされているが、焦雷龍こちらは傷をつけたなんていう話すら無い。

(倒そうなんて考えるのは愚策中の愚策。…こっちに向かってるはずの皆を巻き込まないようにするのが、最優先かな)

 最初から全力。百々代は金の瞳に力を込めて睨めつければ、焦雷龍の動きが僅かばかりぎこちなくなり纏う雷もやや弱まっていく。

「起動。成形兵装武王(ラクエン)あらたッ!」

(囮をお願い武王!)

 瞬く間もなく百々代が不識しれないと擲槍移動の連続使用で、一度たりとも振り返ること無く自己最高記録を叩き出さん勢いで逃げ去っていけば、後方から轟音が響き渡り、僅かな時間だけ自身の影に追い抜かれては消えていく。


「はぁっ、はぁっ、っみん、な!!すぁ…撤退撤退!!急いでッ!!!」

 数度で済まない不識の連続使用は呼吸を猛烈に乱れさせる。だがそんなことはお構いなし、限界まで不識を使用しながら絶叫に近い大声で危険を示し、撤退を促せば事態を悟ったようで急ぎ踵を返して一四階層へと移動していく。

「百々代、急――!!」

(あー。間に合わなかったかな)

 振り返った一帆かずほの強張る顔を見て自身の背後から迫る焦雷龍の存在を感じ取り。「逃げて早く」と口を動かせば、小梧朗に無理やり引っ張られて彼は一四階層へと上がっていった。

(間に合わないんだし、どうせなら)

 と振り返った百々代の瞳に映るのは、六肢と口を大きく広げ膨大な雷を纏った龍の姿。

 尾装を地面に突き刺し身体を縮めながら、纏鎧と障壁を限界まで展開しての防御態勢。妨害できる可能性など有るかはわからないが、怯え壊す金に全神経を集中させて射殺さん勢いで睨めつける。

 できるだけの事を全て行った瞬間。焦雷龍の口からは雷を帯びた光線とでもいうべき攻撃が放たれて、辺り一帯を雷撃にて焼き払い焦土へと変えてしまった。…樹氷の一本も無いほどに。

『――八鹿ようか様、…いや違うな、あるじよ。ここはにお任せを』

(この声、どこかで…?)

 全身を焼く閃光の中、聞き覚えのある声を耳にした百々代は、自身の前に何者かが現れたような気がするが、意識は途切れ失われていった。


―――


「離せ!!百々代が!俺は百々代の隣にいなくては!!」

「落ち着いて下さい!今戻ってどうなるんですか!」

「そうですよ…、百々代さんは私達を、一帆さんを逃がそうとしていたんです。…意図を汲んであげるべきじゃないですか?」

 じたばたと藻掻く一帆だが、前衛を主体とするよく鍛えられた小梧朗の拘束からは逃れられず、恨みの籠もった瞳で平原隊を睨めつける。

「俺の障壁で防げた可能性が有っただろう!防げた、可能性が…」

 百々代が撤退を指示していた、そして必死の形相で逃げていた事を加味すれば、その可能性がないことは一帆自身が一番理解できてしまう。口唇を噛み、暗い瞳で一五階層への道を見つめていれば、今まで漏れていた光が収まって焦雷龍の攻撃が終わったことを告げている、のだが相手はまだ残っているわけで。

 救援に向かおうと踏み出せるものは未だいない。

「「…。」」

 いくらかの沈黙の後、一帆が立ち上がり一五階層へと足を向けて一歩一歩と歩き始めた。

「…百々代に会いに行く。お前たちは動けるようになり次第、戻って報告をしろ」

「…はい」

 攻撃は終わっている。そして自身らで説得することは不可能だろうと、三人は失意の中で膝を抱える。一帆は戻ってくることを祈って。


―――


 助かってはいるまい。そんな諦念とせめて仇敵に一矢報いるくらいはしなくては腹の虫が治まらない一帆は、確かな足取りで一五階層へと潜行し。雪と樹氷が剥ぎ取られ水蒸気の立ち込める光景に、顔が引き攣り一瞬で喉が渇いていく。

 熱気と水蒸気を掻き分けて少しばかり歩いていけば、大きな影が視界に入り焦雷龍(仇敵)だと理解しては起動句を口にする。

「起動。――」

(早く溜まれ。来た)

「―――氷花ッ!!」

 軌道線と数の設定など無視し、最速で覆成氷花を展開した一帆は水蒸気の帳の先に見える多いな影に向かって、一切の躊躇なく放ち命中させた。

 そう、命中はした。そして氷の棘で構成された花も咲いた。だが水蒸気が吹き飛び姿を現した焦雷龍には傷の一つもなく。バチバチと雷を放ちながらその場に立ちすくんでいるのみ。

「―――ッ!」

 瞳が彼へ向いて、視線が混じり合えば指の一つも動かすことはできなくなり。樹董龍などとは別格であり、今の自身では及ばない相手だと理解してしまった。

(百々代はこんなのから逃げられていた、のか)

 じぃっと見つめられていた一帆だが、焦雷龍は彼に興味を示すことはなく一度足元へ視線を落としては、体躯から鱗を一枚毟り取って“足元の何か”へとそっと乗せて何処かへと去っていく。

「はぁはぁ…」

 呼吸すら止まっていたのか、それとも今まで忘れていたのか。急ぎ呼吸をし、焦雷龍が見ていたものを確認すれば、そこには全身が襤褸襤褸ぼろぼろになってはいるものの胸が上下している百々代の姿。

「百々代!百々代!!」

 手に持っている謀環むげんなど放り捨て、そばへの効力が失われたことなど気づきもせず駆け寄った一帆は、心の臓腑が動いていることを確認し大急ぎで一四階層へと応援を呼びに行く。

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