三話⑤
「ああ、君は、その顔!覚えているよ、安茂里百々代だろう!」
魔法実技の授業にと野外演習場へ足を運んでみれば、嬉嬉とした表情で走り寄ってくる男性。
「試験の時のっ。魔法実技の教師だったんですね」
「そうさ!いやあまさか実技首位になってしまうとは、おどろいたよ。僕は松本雲雀、よろしくね」
「よろしくお願いしますっ、松本先生」
(まーあ、僕がゴネて押し上げたんだけどさ。実技試験なんて簡単なもの、上から三分《30パーセント》は満点の団子状態だ。そんな中に埋もれた一人にしていいような実力じゃないし、なによりも!一部を除くと例年より低い水準対する着火剤にしたかった!…見た限り上手くはいったか)
点数化するのであれば一帆と百々代はおろか、二七位に位置していた大吉くらいまでは一〇〇点になる。
そうなると家格によって順位が決められていき、百々代は只の第六座で一帆が筆記実技共に首位。これを教師陣の会議で盛大にゴネて繰り上げてみせたのがこの雲雀で、例年に比べるとやや劣る実技の水準を「庶民、平民に首位を取られるような不甲斐ない貴族達」とすることで、薪を焚べることしたのだ。
(思った以上に彼女へ敵愾心が向いているが、まあいいだろう。実力を証明し続けてくれ、くくっ)
「さて、集まったかな。僕が実技教師の一人、松本雲雀だ。実技はいくつかの演習場ごと分かれて行うため、第三演習場へ来てくれれば僕から教わることになるだろう。最初の数回は各演習場へ足を運んで自分に合いそうな教師を選んでくれ」
「「「はい」」」
「魔法実技ではどんな事を習うのかといえば、点在している標的に『擲槍射撃』」
口頭起動で槍を作り出し、高速で射出しては視線の先にある標的へ命中させる。
「と、口頭起動の魔法をしようしたり。このように接触起動、条件起動、をといった三つの起動法から習い」
見せたほうが早い、と帯革に佩いた魔法莢に触れ杖を振り石片を飛ばし、標的に命中するや砂煙となって広がった。接触と条件だ。
「試験でも行った魔法の形状、規模やらの変化。如何に規定に沿った魔法を生成できるかの精密操作等々多くの事を学んでもらうことになる。一年生で学ぶことは今後の基本となる部分なので、不可能であれば学校を去ってもらう可能性が生まれることを念頭に置いてくれ」
入試の結果が芳しくなかった者は、真剣な面持ちとなり拳に力を込める。その中の一人は莉子であり、少しばかり背を丸めていく。
(大丈夫ですよ莉子さん、練習すれば何れできるようになります)
(は、はい。がんばります!)
(なんだかんだ数を熟すのが一番だからねー。必要ならわたしたちも手伝うよ)
(はいっ、お供します!)
両隣にいた杏と百々代は不安そうな莉子を励まして笑顔を見せ合う。
(わ、わたくしもっ)
(結衣ちゃんも一緒にねー)
そんなこんなで姦しくしていれば、雲雀視線が百々代に向き。
「どうだろう、ここは実技首位の安茂里百々代に一つ手本を見せてもらおうか」
「え、はい。お手本ですか?」
「そう、お手本だ。君は坂北よしみ女史に魔法を習っていたのだろう、直近ではどういう内容だった?」
「最後は、よしみ先生が成形獣を作り出しての模擬戦闘です。わたしが将来的に迷宮管理局に行きたいと伝えていたので、餞別にと」
(入学も前に模擬戦闘?厳しいとは聞いていたが、一歩間違えば虐待じゃないか。…だが面白い)
(うわぁ、坂北よしみ様って容赦ないんだねー)
(中々に先を進まれているな。百々代は実戦も経験しているが…)
反応は様々で、一部からは引かれている様子さえ窺える。これが首位か、と。
「よし、じゃあ僕とも模擬戦闘をしてみようか。安茂里百々代、君の実力には多分に興味がある」
「わかりました。お相手は成形獣でしょうか、人相手はあまり気が進まなくて」
「勿論成形獣だ。魔法莢はどうする?」
「自身の物がありますので、こちらでよろしければ」
上着を軽く持ち上げて帯革に佩く魔法莢を見せれば、雲雀は頷き準備を始める。
「百々代、一年と少しの成果を見せてくれ」
「はいっ!それじゃあ張り切って挑もうと思います!」
一帆からの期待に胸を高鳴らせ、百々代は準備運動をして雲雀を待つ。
「よし、こっちは準備できたは君はどうだい?」
「準備完了ですっ!」
格闘術の構えをしては開始の合図を待つ。
(あくまで魔法実技、纏鎧を使うとはいえ徒手空拳で全部解決するのは流石に拙そうだし。…全力でっ!)
徒手空拳、手に物を持たない姿を小馬鹿にする話し声もチラホラと、本人は余計な情報と削ぎ落とされ耳に入っていないのだが、腹を立てる者ももいるわけで。
「何よアレ、始まる前から馬鹿にして」
「まあまあ落ち着いてよ結衣ちゃん。杖の補助が必要じゃないんでしょ、面白いものが見れるかもしれないよ」
「―――では…開始だ。起動颯狼」
「起動。強化、纏鎧乙、纏鎧甲。」
雲雀が杖を振り腰ほどの大きさもある狼、颯狼を成形すると同時に百々代も口頭起動により魔法莢を起動する。
一つは肉体強化。その名の通り全身の筋力を底上げする魔法で市販品。
次いで纏鎧。葉錬鉱の合金を用いた自作品。工房で職人たちと相談し、いくつか試作した中で合金の割合が彼女が使用するに適した一品。全身を薄く覆う弾性のある魔法装甲は打撃斬撃魔法撃問わず軽減効果がある。
最後も纏鎧。こちらは星聖樹の一点触媒。試しで制作した品なのだが、装甲が軽くて高い硬度を維持出来ていた為、百々代イチオシだ。前者とは異なり肘先と膝下にのみ纏われた限定装甲。防御と攻撃を兼ねる手甲、鉄靴だ。
(もう調整は済んでいるっ!お披露目だよ、わたしの全財産!!)
左手を腰付近まで引き、固く握りしめては右足に体内を流れる魔力を集中させる。
(――行けるッ!零距離躑槍!)
バコン、と百々代は足の裏から躑槍射撃を行い、眼にも留まらぬ速さで駆け出…吹き飛んでいく。
「このまま――、一撃でッ!」
「ッ!」
勢いのまま直進し颯狼に殴り込むが、限限のところで状況の半分を読み込めた雲雀が魔力を操作し、彼女の射線上から逸らす。
(何だアレは。歪な纏鎧を使用したかと思えばッ)
「それは折込済みッ」
「なッ!」
装甲を纏う腕と脚で地面を掻き勢いを制御しながら角度を変え、全力疾走で颯狼を目指す。そう、考える隙すらを与えぬように。
(颯狼はすばしっこくて躑槍射撃を当てるのは難関、だからといって近接戦闘に持ち込もうにも機動力が厄介。ならさッ!)
距離を置こうと駆ける対象を薄っすらと開かれた青い目で捉えつつ、再度足の裏から槍を放ち大きく飛び次の準備を行う。相手は第三者視点から見ている人間であり、颯狼が自立した意志を持って行動しているわけではない。
だからこそ。
(空中でも一回くらいなら間に合うんだッ!)
もはや人間のそれではない動きで吹き飛んでいき、勢いのまま蹴りを入れれば、装甲魔力が砕かれ颯狼の襤褸雑巾が完成した。
「「「…。」」」
「ふぅ…」
(知ってたけれど躑槍移動は纏鎧への損傷があるなあ。もっと適した魔法が有ればいいんだけど)
「どうでしょう、お手本にはなりましたか?本物の魔法師がどういう戦闘をするかを知らなくて、独自に試行錯誤した結果なのですが」
「あー、うん。流石実技首位、二年前から大きく化けたな」
「ありがとうございますっ!」
(わたしは勇者じゃない、生得悪の残滓。全部は護れないし、…あの時従者さんは亡くなって、金の瞳で襲撃者も殺した…。それでもわたしは一帆様と魔法の道を進みたいからっ!)
呼吸を整え、魔法を解いて一帆に視線を向ければ、心底楽しそうな表情をしているのであった。
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誤字報告ありがとうございます、カタカナのニと漢字の二がフォント的に区別かない状況でした。 9/18




