二一話⑫
「指輪?お揃いの?」
毛皮を弄り回していた百々代の許へ、指の径を測るために一帆と装飾品店の店主、平原隊に蘢佳までが押し寄せてきていた。
「あまり百々代に装飾品の類いを贈ったりしていなかったと思わされてな」
「あー、恋愛ものの劇とかだと定番だもんね。今でも首飾りを大事にしてるけど、ほら。それでも指輪を作るの?」
首に掛かった紐を引っ張れば青い石の瞳に真鍮の身体をした勇魚の首飾り出てきて、普段からよく手入れされているのか綺麗な輝きを保っている。新品そのままとはいかないながらも、変色をしておらず錆も浮いていない、彼女が如何に大切にしているかが伝わる品だ。
それは寝食を共にする彼も、十分知ることではあるが。
「…その、なんだ。俺はあまり心の広い男ではない。揃いの品で仲の良さを知らしめておきたいのだ」
周囲に人が多いこともあるのだろう、頬をほんのりと上気させてながらも眼はそらさずに百々代を見つめている。
「それじゃ作ろっか。どの指の大きさを測るんですか?」
「中指が目立ちやすく、干渉し難いのでお勧めですね。長さ的にも複数付ける場合にも適していますよ」
「なら右の中指でお願いしますっ」
(否定的な言葉が飛んでこなくてよかった…)
不要な出費。ここ最近に金子が出ていくことが多かった故に、「渋るのではないか」と考えていた一帆だが、そんな予想とは裏腹に百々代は楽しげに指の径を測ってもらっている。一帆にとって百々代が最愛の相手であるように逆もまた然り、揃いの指輪に心躍らせているのだ。
「では旦那様も」
「あ、ああ。俺は左手の中指で頼む。右の人差し指には既に金環食が収まっているので、右では不便だ」
「畏まりました」
二人分の数値を紙へと書き込んでいき、意匠や素材の調整などを話し合っている内に平原隊は微笑ましそうな表情で撤退。蘢佳は少しばかり散らかった部屋の片付けへと散っていく。
「――以上で宜しいでしょうか?」
「問題ない」
「完成は待冬季の末頃になりますが、こちらへのお届けで?」
「装飾品店に受け取りに行く。完成の頃には樹氷林迷宮での仕事は終わっていてほしいのでな」
「ははっ、良いですねそういう心意気。委細承知しました、来店を心よりお待ちしています」
大口の客に店主は慇懃に頭を下げて部屋を、管理区画を後にする。
「吾も揃いの装飾品が欲しくなってしまったな、百々代くんとの」
「俺が許可すると思うか?間女風情に」
「案外にすんなりと許してくれそうだがな」
「…。」
しばらくはいいさ、とひらひら手を振る颯を、睨めつけながら一帆は小さくため息を吐き出すのであった。
―――
「ところで、丸一日触媒の調査に時間を費やしていたようだが…なにか成果はあったのか?」
部屋の状況を鑑みて一帆は、百々代と颯の調査が終わったとふんで尋ねてみるが、どうにも歯切れが悪い。
「いやぁ…、ちょっとやることが逸れちゃいまして…」
擂り潰した素材を収める皿の封を上げれば毛皮以外は手付かずの状態で、彼は胡乱な瞳を二人に向ける一帆。
「丸一日あったのだぞ、一体何をしていたんだ…?」
斯々然々と毛皮と導銀を用いて原始魔法への挑戦を報告していれば、出ていた虎丞も戻ってきて男二人は自身の眉間を揉み解しながら天井を仰いでしまった。
「いいですかお二人共。」
「「はい」」
「少しばかり、少しばかり寄り道に向かってしまうことは多目に見ます。ですがやるべきことは終わらせてから、寄り道に走ってください。いいですか?」
「「はい。」」
「今から焦り行って失敗してはよくありません。明日も巡回官の皆様は休暇ですから、明日に行いましょう」
二人はこくこくと首肯して一同は部屋の片付けに勤しむ。
―――
明くる日。とりあえずやるべきことは終わらせようと百々代と颯の二人は触媒調査の仕事を熟すべく、顔を合わせて作業を再開する。毛皮部分は昨日に終わっているため干し肉片からだ。
ちなみに監視役は一帆で、台本を片手に寄り道に入っていかないよう日を光らせている。
肉片、胆石は変化なし。骨へと移っていけば各部位で成形魔法系統への適正色の水色が現れ、対応した導銀盤を取り出し検めれば成形武装の発動が確認でき、大方予想通りの反応だ。
「これであれば…支給の魔法莢よりか少し優秀な成形武装を作れるな!」
「なら小梧朗さんの魔法に良いかもねっ」
「設計、…は後にしようか」
「そうだね、骨だけでもそこそこの数が残ってるし」
それから一時ほど経て。
「ふむ。爪牙に近い部位が強い反応が現れるのか」
「静雹透そのものが爪と牙を成形魔法で強化して襲いかかってくるんだよね」
「魔物化した元魔獣の素材は変化に準拠しやすい、のだろうか」
「数を試さないとわからないけれど可能性はあるかもね」
「手持ちの素材に魔物化魔獣の素材がないからどうしようもないが、次からは注意深く調査してみるか」
「いいねっ」
「では」「大一番っ!」「いこうか!」
爪牙を擂り潰した素材を手に、二人は楽しそうな笑顔を輝かせて調査を開始する。
「お、おお!おおおお!」
「おおお!」
水溶液と爪の入った小瓶を見つめる二人は人の言葉を失ったかのように驚きの声だけを上げており、監視役であった一帆が興味を持って覗き込めば、水色に変わった水溶液が炎のような揺らめく光を淡く放っており、素人目に見ても珍しいのだろうと思い知らされる光景だ。
「これは凄いのか?」
「凄い、いや凄いで済む反応ではないぞ!!」
「すっごい優秀な素材でしか観れない反応でね、わたしも実物は初めてだよっ」
「そうか。水色は何の魔法に使えるんだ?」
「骨と一緒で成形武装だね。売却でも使用でもどっちも利益の有りそうな素材だよっ」
そうそうお目にかかれない希少素材に嬉々とする二人は、牙の調査も行い同等以下の効果があると更に黄色い声を上げていた。
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