二一話⑪
ごりごりと乳鉢の音が響くのは宿舎の一室。荷物を置いたり蘢佳が夜の時間を過ごすための場所なのだが、本日は朝から百々代と颯が元気に、黙々と触媒の調査を行うべく準備を行っていた。
主に行うのは雹透族の部位にどの魔法へ適正があるかの調査で、毛皮、乾燥肉片、胆石、骨各種、爪、牙など素材は様々、必要以上の言葉を話さないながら非常に活き活きとしている。
ちなみに一帆は兎も角、蘢佳や見学に来ていた平原隊の三人ですら、最低限の言葉しか交わされず説明もない空気に耐えきれず退散していった。
百々代も調査作業に大分慣れ、もはや本職といっても誰もが文句を言わない手際の良さ。粉末ごとに取り皿へ纏め、水溶液などを支度する颯を待っている間に乳鉢と乳棒の洗浄を済ませておく。
「よし、こっちの準備も終わった!始めようか!」
「おー!」
「先ずは毛皮といこう、魔物化した静雹透の毛皮からはこれといった反応は見られなかった。こっちから視覚に対する阻害効果、そんな魔法を得られるといいのだが」
(視覚阻害、プレギエラ人が使っていた透明になる外套が近いのかな)
「前に金木犀港で透明化する外套を使ってた大陸人をみたよ」
「なんと?!そんな代物があったのになぜ秘密に!」
「その前後で色々とあったから報告漏れだね」
「そうか。金木犀港で、となると百々代くんの知り合いが襲撃されたというアレか」
「うん。説明を省いちゃった部分なんだけど、透明化して倉庫に入ってたんだ」
「大陸にも迷宮はあると聞く、となれば似たような素材が手に入るのも当然だ」
「うんうん」
「ならっ!」「これかもしれないね!」
わいわい賑やかな二人は、一度落ち着いてから毛皮を水溶液へ投入し、魔力を流して反応を見る。
未だか未だかの幾らか時間が過ぎて、なんの変化もない水溶液に二人は眉を曇らせた。
「うーん。いけると思ったんだけどねー」
「…。外套と言っていたが、魔法莢ではないのだな?」
「そこまではわからないかな。でも包まるだけで透明になってた気がするんだよね」
(少し記憶があやふやだけど、宮木さんは事前に何かしらの魔法を使ってたけれど、莉子ちゃんを包む時には何もしてなかった。…まったく同じ道具とは限らないけど、口頭、接触でないことは確か)
「プレギエラ人が使ってたのなら港防が所持しているだろうが、聞いたこともない、という事実を考慮すると秘匿事項である可能性は大いにある」
「そうなるよね」
「港防に限らず各省は独自の技術を持っているから、まあ提供は望めないだろう」
「こっちで色々と試すしかないね」
「クックック…そういう前向きなところが百々代くんの好きなところだ!」
「えへへ、がんばろー!だけど今までの方法以外で筋道をどう作るかだね」
擂り潰した素材の数々に一旦封をしてから、二人はあれこれ考え込む。ああでもないこうでもないと色々試し半時、これといった成果はなく甘味でも食むかと食堂へ下りていく。
職員に甘味を頼み、甘藷の揚げ菓子をつまみながら話し合いは進む。
「もしさ魔法莢を用いない魔法なら、原始的な魔法って手もあるんじゃない?」
「あー、幽谷迷宮でやった照明の魔法なんかだな」
「うんうん。もっと古いのでもいいけど」
「…原始魔法となると、素材と導銀、そして魔力のみでの発動か。出来たとしても効力は望めないが、どんなことでも試してみないとな!」
「えへへ、原始魔法やってみたかったんだよねっ。授業でも触り程度でしか学ばないし」
「歴史学考古学の分野に近しいもので、今では使われない技術だから仕方あるまい。吾とて学舎で学んだ程度だ」
「資料とかって」
「簡単なものなら家鞄で埃を被っているはずだ」
「ふふっ、なら善は急げ、だねっ!」
「そうだとも!!」
甘味を食べ終えた二人は職員へ食器を返却し、再び部屋へと戻っていく。
―――
所変わって栂桜港まで平原隊の一行と一緒にやってきているのは一帆と蘢佳。成形体という身体での市井見学も兼ねて買い物に来ているのだ。
一帆はどうにもぼったくられやすい、というか市井の歩き方が不慣れなお貴族様。平原隊が触媒調査の場から撤退する際に、彼への同行をお願いされたので現在に至る。
「それなりに動いてみたが、調子はどうだ蘢佳」
「問題ないね」
(人に化けて人の街に潜り込んでた時みたいで楽しいかも!英雄劇とかやってたりしないかなー)
「然し…自律型だと言われましたが、こんなにも流暢に会話が出来るものなのですね。本当は人そのものなんです、なんて言われても驚きませんよ」
「その実、吾は百々代の精神から分化した存在なんだよ!」
「はっはっは、冗談もいえるとは本当にすごいですね、蘢佳さん」
「本当だね~」
なんだかんだ受け入れられている様子である。
「一通り見て回りましたが、この後はどうしますか?」
「装飾品店を見ていきたいのだが、あるだろうか」
それなら、と小衣が場所を指し示して一行は足を向けた。
「百々代さんへの贈り物ですか?」
「ああ。…百々代は動き回る前衛だろう?どういった装飾品がいいんだろうか」
「首飾りか指輪じゃないですか?」
「耳飾りもいいですよ~、穴を開ける時は痛いですが」
「…百々代に痛い思いはしてほしくないのだが」
「常時着用するものでなくともよいのではないでしょうか。社交の場などで飾る装飾も喜ばれますよ、きっと」
平原隊三人の意見を聞きつつ、一帆は装飾品店に足を運んで品物を眺めていく。
「首飾りは昔に贈っていてな。真鍮で勇魚日様を象った物なのだが」
「おや、婚約者か恋人への贈り物ですかな?」
「いいや、妻だ。あまり飾りっ気が無いのだが非常に可愛くてな。どうしたものかと三人に意見を問うていたのだ」
ふむふむ、と店主は百々代の容姿を訪ねていき、似合いそうな品々を見繕っていく。
「いっそのことお揃いの指輪などは如何でしょうか?宝石をあしらっていない簡素な作りですが、お揃いにするにはうってつけの意匠となっております」
見本として眼の前に置かれたのは、彩銀鉱を用いた加工法で色の変化する指輪。
「…なるほど。揃い物か、悪くないな。指輪であれば指回りの大きさを測って、出直すことになるが問題ないか?」
「必要であればこちらから伺いますが」
「そうか。なら今から来てくれ」
「畏まりました。店を閉める準備を行いますので、僅かばかりのお時間をいただきます」
「外で待っていよう」
(流石、大貴族って感じだ)
店主がぼったくるような為人には見えないが、何故に百々代が一帆へ同行を依頼したのか、三人は納得したのであった。
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