二一話⑤
二階層への到達から四日が経過し、三階層へと足を進めた一行は道標を設置しながら階層を戻っていき迷宮の外へと出る。
そこらかしこに立ち上がっている樹氷と銀世界は探索をするには不便で、低温の世界は二人の体力をわかりやすく削っていた。
「確か。構造変化が起こる前は全部で二四階層だっけ」
「らしい。人手が増えなければ春まで掛かるかもしれんな」
「突発的な氾濫じゃなければ保ちそうな限々だね。防衛官さんたちを前線に連れてこれる状況でもないし、椿崎所に強めの応援を要請しよっか」
「そうだな。…連翹領に多くの巡回官が向かった弊害が意外にも強く出てしまっている、か」
「そもそも入れる人が少ないんだっけ?」
と蘢佳が初歩的な質問を入れていく。
「うん、生まれ持った魔力質が一定に達していないと入れなくて、魔力質の高いのは貴族に多いんだけども」
「実力もだが、家業などで迷宮管理局に来るものは少ない。それに危険と隣り合わせだからな」
「なんで貴族以外には少ないの?」
「昔は迷宮に入れ資源を調達できる者が重宝されてな、魔力質の高い者同士で婚姻を結んでいった結果だ。魔力質は両親からの影響が強く出る」
「ふうん。百々代とか颯は珍しい感じなんだ」
「そうなるねっ。わたしも颯さんも迷宮に入れる限々だったりするし、市井の出身だと少ないのは確かなんだろうね。安茂里の工房でも迷宮に入れるほどの人はいないし」
「魔力純度の問題らしいがあまり解明されていない分野だな」
迷宮管理局、主に巡回官の万年人手不足が解消される日はまだまだ遠い先なのであろう。一定の魔力質に戦闘の実力まで必要なのだから。
―――
「うへ~、追加の金子を払ってでも迷宮管理区画まで乗せてもらうべきだったよ」
「思った以上に遠かったな」
「いやぁ、連翹から椿崎、そして栂桜まで、思った以上に遠かった。海路を使うべきだったか」
重そうな荷物を担いで栂桜街の夕暮れ道を歩くのは平原小梧朗とその仲間である御代田直睦と追分小衣。彼らは猫足村の迷路迷宮から得た報酬を手に南へ陸路を進んで、椿崎の樹氷林迷宮での活性化を聞きつけて足を運んだのだ。
「どうも。活性化と人手不足の張り紙を見て参じた巡回官です。隊長をしている平原小梧朗と、隊員の御代田直睦と追分小衣です」
「どうもどうも、いやはやいやはや人手が増えてくれるのは大助かりですよ。数日前から来てくれている巡回官御一行も少しばかり手を焼いているらしくて、緊急の要請に変えようかと話していたところなのです」
「そんなに厳しい状況なのですね」
「職員である私には中身なんてのはわかりませんが、活性化直後なんて防衛官が皆が皆、重症なんじゃないかってくらいの大騒ぎ。幸いにもお強い巡回官のお二人が尽力してくれていますが、人数が人数なので探索に時間が掛かってしまっているのだとか。毎日毎日潜ってらっしゃいます。今扉を開けますね」
ゴン、と扉に体当たりをかましてひっくり返った職員は、何事もなかったかのように起き上がり三人を招き入れては許可証を発行し手渡していく。
「強い二人ですか」
三人が思い出すのは迷宮内で窮地から救ってくれ、二つの首魁階層で活躍した同年代。気がつけば猫足の村から出立して、いつの間にかいなくなっていた二人組みである。
「もしかしたら憧れのあの人に会えちゃうかもよ」
「憧れてはいるが、…そういうのではない」
「二人組なんてそんなに多くないから、波の満ち引きが合うかもしれないな」
「許可証、ありがとうございました」
「いえいえいえいえ、これが仕事ですので。どうか紛失なさらぬよう」
ニコニコと見送る職員に礼をして、三人は宿舎へ部屋を取りに向かうと食堂には見慣れた二人組。そう、篠ノ井夫妻だ。
「あ~やっぱり、お久しぶりです」
「小衣さんに小梧朗さん、直睦さんっ!お久しぶりです。三人も樹氷林迷宮にやってきたんですねっ」
酒杯を片手にほんのりと頬を上気させた百々代は普段より二分増しで緩んだ表情をし手を振っており、隣に座っている…いや潰れている一帆は「もう無理だ」と酒を手放す。
「迷管の知り合いか?」
少し眼鏡の傾いた颯は小口で酒を嗜み、虎丞は一帆に水を渡している。
「猫足の村で知り合った、同い年の三人組でね。おいでおいでー」
杯を呷っては空にして、颯と三人の紹介を行っていく。
「強い二人組と聞いて、もしやとは思いましたが…またお会いできるとは思っていませんでした」
「世間は案外に狭いもんですね」
「ですね~。私も一杯くださーい!そこそこに歩かされちゃってくたくたですよ」
「停留所から結構あるんですか?」
「はい、荷物も有って大変でした。ありがとうございます~」
小衣も酒を受け取れば気持ちの良い飲みっぷりで、旅疲れを酒精で癒やし夕餉としていく。
「その、お二人が苦戦しているとお聞きしたのですが、それ程の迷宮なのですか?」
「うーんとね、全階層が構造変化しちゃってまして、探索の人手が足りないのが現状ですね。加えて一階層一階層が広く大変、そして魔物の静雹透も弱くない、三人が来てくれて大助かりですよっ」
「なるほど。大変そうな場所ですね」
「そうそう、潜るなら便利な魔法莢を貸すから一声かけてくださいね。わたしたち明日は休む予定なので、起きてなければ虎丞さんに声を掛けてくれれば、お渡しできるのでっ」
「フッフッフ、識温視という百々代くんが数年前に開発し、港防軍でも一部に採用されているという最新魔法だぞ!」
「そんなのが無いと厳しいと」
「厳しいですよ。元々視認しづらい毛皮に加えての認識を阻害してくる魔法、そして眼を焼きやすい銀世界に沈まない陽光。単独行動は控えるのが無難かと思います」
緩けた表情から真面目な表情へ、身を案じる空気に唾を飲み三人は顔を見合わせて頷いた。
「なら私たちも明後日から、お二人に同行してもよろしいでしょうか?」
「大歓迎っ!ねえ、一帆…って完全に潰れちゃってる。…一応だけど、一般公開されてない機密を含む魔法を運用していますので、口外は厳禁でおねがいします」
「え、あはい」「は~い」「承知しました」
「百々代くんは凄いんだぞ。吾と同格の、魔法莢開発に関する非凡なる才人で、吾も莢研局員ですら驚かせる魔法を作っては送りつけてきていたのだ!フハハハ、最近は――」
愉快な酒盛りが始まったのだとか。
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