二一話④
「…おはよう」
「おはよー、颯さん」
「ふぁ…間に合って良かったよ」
未だ一階層の探索に難航している朝の頃、寝癖の跳ねる颯は円筒形の魔法莢を二つ手にして三人の許へやってきていた。
「石火砲に装填出来る魔法莢だ。遅れて悪かったな、どうしても吾の手で蘢佳くんのために作ってやりたかったのだ」
「えへへ、蘢佳への贈り物だ」
百々代が一旦受け取って、人前では言葉を発しないよう、成形獣に徹している蘢佳へと手渡す。会話や独自の活動を見られたところで、最新鋭の実験魔法とでもいえばなんとでもなるのだが、下手に目立って詳細を求められても困るということで人目のある外での活動に制限を言いつけている。
だが、受け取った魔法莢を握ってはプルプルと震えて今にも騒ぎ出しそうな様子。
「先ずこっちが…ふぁ…貫通性に特化した鏃石、百々代くんと共同制作した覆成氷花を参考に描いたものだ。実験は出来ていないが、基本に忠実な作りなので問題ないはずだ」
「銃型迷宮遺物に特化した雑味のない魔法だねっ」
「そうだ。次は拡散型、百々代くんの作った氷針乱炸や港防軍で使われている魔法を雛形にしていて、射出後に鏃石が分裂拡散して面での攻撃ができる魔法莢だ。どちらも軌道線を描いたり形状変化させたりは出来ない分、威力に特化させているぞ」
「…(グラシアス!)」
周囲に聞こえないよう、小声で感謝を伝えては石火砲へと装填し嬉しそうに腰へ収めた。
「ありがとうって」
「やはりそういう言葉だったか。どういたしまして。戦いそのものでは役に立たない吾の分まで頑張ってくれ。…では寝る、三人とも無事に戻ってきてくれ」
「了解」「うんっ!」
最後に蘢佳が頷き、一階層を踏破すべく三人は迷宮へと潜行する。
―――
「あ、それっぽいのあったよ。なんか、樹氷が二つ合わさって真ん中に口がある」
「上出来だ」「いいねいいねっ」
中々に広大な構造の為、探すこと数日掛かり、漸くの手掛かりである。奇襲が得意な相手の都合上、百々代も単独行動を控えて蘢佳の探啼に頼るばかり状況だ、大きな一歩であろう。
「二階層までの道標を設置しながら進もうか」
「ねえ、道標ってなんで必要なの?道はもうわかるじゃん」
「一階層だけなら覚えられるかもしれんが、一〇、二〇となれば話は別だ」
「それに迷宮に潜るのはわたしたちだけじゃないからね」
「そういうことね、ふーん」
蘢佳が百々代に入ったのは廃迷宮より後、既に必要な勉学を学舎で習う時期はとうに過ぎていたので、彼女には迷宮学の知識が足りない。…迷宮学だけではないのだが。
警戒を怠らない程度に基礎たる座学を教えつつ三人は進んでいく。
四半時も進めば熱源が見え隠れし、静雹透の群れと遭遇することとなる。
「蘢佳は一帆の近く、障壁内からの射撃援護をお願いねっ」
「へへん、手前の射撃で度肝を抜いてやる!貫通と拡散、どっちがいい?」
「交戦距離を見て判断、ってのは難しそうだから、先ずは貫通で良いと思うよ」
「バレ!」
「百々代必要に応じて退くようにな」
「うん、痛い目には会いたくないからね。戦闘ッ開始だよ!起動。成形兵装。雷鎖鋸剣」
雪中を走りながら鋸剣を起動。荒れ狂う雷の化身に僅か戦慄いた静雹透へ尾装を巻きつけては引き寄せ真っ二つに。そのまま死骸を投げつけては怯ませ、もう一匹を沈める。
とはいえ驚いているだけが魔物ではない。攻撃後の隙を突くように迫りくるのだが、そこへ鏃石が命中。かなりの高い威力を有する魔法らしく、命中した相手は吹き飛ばされて樹氷叩きつけられた。
「うわっ、これめっちゃ威力ある!?」
驚く蘢佳を無視し一帆は覆成氷花へと集中。百々代の動きと蘢佳の射撃を考慮して大まかな軌道線を描いていく。
(思った以上に蘢佳が使えるな、ともすれば)
「――氷花!」
宙へ撃ち上がった無数の氷花は一定の軌道を描いて静雹透と地面に命中し、相手の動きを制限するかの様な障害物たる低めの氷壁を作り出す。
(なるほど)
尾っぽで雪を搔き上げた百々代は、不識を使用し視線を切ってから後退。氷壁の内側に入り込む。
「飛び越える相手を撃っていけ」
指示に頷いた蘢佳は石火砲の銃先を静雹透に合わせて、引き金を引いては確実に倒していく。
こういうお膳立てのような、他者との調整は篠ノ井夫妻の得意とする点。今まで藻掻いてきた分、しっかりと成功経験を積ませるべく立ち回っていく。
(蘢佳も調子良さそうだし、わたしは尾装の可能性を試してみるかな)
適度に擲槍で迎撃しながら、尾を手元に寄せては鋸剣の柄へと巻きつけていく。
(起動者たるわたしの魔力に反応して安定している、と考えるなら、尾装も魔力で作られて魔力で動いてるわけだから)
手を離し、尾で掴んだ鋸剣を遠ざけた結果。バチバチバチと手に持っている時より激しい音を立てて、明らかに拙い放電を現象を起こしている。
然し自壊することはなく、寸前のところで保っている様子を確かめた百々代は敵集団へと投げ込んで、尾を引き寄せて状態を見る。
(うわぁ、襤褸襤褸。いい案だと思ったんだけどね)
放電によって見るも無残な状態に、百々代は小さく溜息を吐き出して、戦闘へと戻っていく。
―――
尾っぽで変なことをしている魔法師は扨措き、蘢佳は着実に静雹透を潰しては、今まで擦り減っていた自信を見事に取り戻していく。
だが相手は百々代にすら負傷を負わせた難敵、調子に乗らず一回一回確かな魔法射撃専念する。
「今は前衛の事を気にしなくていい。射線管理に於いて、調整手としての腕前は誰よりも高い。間違っても躱してくる」
「…えぇ…。」
困惑頻りな声色になるも攻撃の手を緩めることはなく、今回の大半は蘢佳が片付けていった。
「…氷矢は、効きが悪い、魔物の魔力耐性があるから当然だが。…凍結の付与も効いていない、細々とした攻撃には氷以外の魔法を用意すべきか」
指示を終えた一帆は対静雹透への戦略を練って、ぶつくさと独り言を漏らしている。
今までの相手は氷の効きが良かった、故に氷一本で戦闘を行ってきたのだが、相性の悪さが出て色々と構成を考え直している状態。
氷は戦闘に於ける主要属性の一つ。扱いやすさと強度を維持できて、周囲への影響も少ない。加えて凍結効果を付与できる迷宮遺物を用いることで、効率的に相手の機動力を削ることもでき、凍結面を脆弱化することで威力強化へも繋がる優れた属性なのだ。
まあ迷宮遺物を前提にする場合には出費が嵩むので、金持ち向けの構成におなりやすいのだが、強力なことは確かである。
(補助魔法を氷矢から接触起動の擲槍に変えれば十分か)
「やるじゃないか。迷宮遺物を持たせたのは正解だったな」
「へへん、言っただろ!大活躍だって」
「ふっ、期待しているぞヒーロー」
ご機嫌な様子を笑いながら、最後の一匹へ止めを刺した百々代と合流し二階層へと向かっていく。
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