二一話②
迷宮門で潜行した先は吐息も白く凍りつく極寒の世界。一面真っ白な視界は、降り注ぐ陽光を反射し異常に眩しく感じ、雪の積もっている地面は歩き悪く気を抜けば転倒を免れない。
そんな中に樹氷が天を目指す石筍の如くいくつも聳え立っており、中々に見ることの叶わない風景である。
猫系とはいったものの、大きさは四尺から七尺の大柄、周囲の銀世界を映すような特殊な体毛のせいで視認は非常に難しい相手だ。
「機能はしてるねっ」
「いるな、うじゃうじゃと」
百々代と一帆が識温視で捉えたのは、樹氷の上に座している無数の静雹透たち。二人が気付いてないと思っているようで、襲撃を行う体勢へと移っては動き出す。
(拡張、展開)
周囲に障壁が張り巡らされ守られている最中、百々代は自身の尾っぽに意識を集中させて、尾骨の様に配置されている部位を拡げつつ、ブヨっとした部分を引き伸ばして尾長を一〇尺まで展開する。
成形魔法なので形状変化はできない。だが、魔力で以て動かせる構造にしていれば別の話し。存在しない部位の人体では行わない動きを難なく、滞りなく熟した百々代は、尾を一度揺らして駆け出していく。
移動中の操舵に、方向転換の支点に、自身の意のままに動く尾を用いながら、透き通るような体毛をし雪原に溶け込む静雹透へと急接近する。
相手も彼女の存在には留意していたようで、ただやられるだけではなく柔軟な体躯を活かして距離を置き、鋭利な爪牙で反撃にでるが相手は百々代。既にその場には居らず、尻尾が雪を散らしているだけ。
振り下ろされた踵が静雹透の頭蓋を砕き命を終わらせる。
「起動。成形兵装武王改」
一匹を潰したがまだまだ敵の数は多い、数的不利を埋めるため武王を起動し迫りくる相手を斬り伏せて、零距離擲槍で殴り飛ばし、尖った尾先で貫き殺す。
尾先をくるりと丸めて雪を掴み、静雹透の顔に命中させて視界を奪ってからの蹴撃。零距離擲槍の最中に樹氷へと尾を巻き付けて無理矢理の方向転換。三本目の腕か足としての運用。
(うーん、便利)
思った以上の使い勝手だと百々代は思う。
木操と長棍の組み合わせに近い操作感に、両手も空けておける自由さと便利さは彼女の戦力に直結するもので。武王と合わせて静雹透を圧倒し、群れの機能を半壊させるに至った。
そうなると護身に注力しているだけの者など相手にしている場合ではなくなり、静雹透の視線は自然と百々代へと向いてしまう。暴れれば暴れるだけ敵の瞳を引き付ける閃光、そして自身が影となった瞬間に攻撃手は爪を出す。
「――氷花」
起動句を吐き出せば成形弾が敵の数だけ姿を現し、外すことのない軌道線で敵を穿ち魔法が炸裂。皮肉を撒き散らせては半ら勝利が確定的になる。
視界に捉える温度を頼りに隠れ潜む静雹透を蹴散らし。
(反撃、)
後ろに控えていた武王に尾を巻き付け自身の身体を引き戻し、爪牙を寸前で回避。太刀の背に自身を乗せて、放り飛ばしては飛び蹴りで最後の一匹を始末した。
(これで観測できる範囲が終わりかな)
「よいしょっと」
武王の胴に尾をまきつけ肩に乗り、周囲の熱源を浚ってみるも一面雪景色の極寒樹氷林。
(一帆のところにもどろ)
「お疲れ武王、解除」
百々代は武王を戻して足早に一帆と合流する。
「結構寒いねっ」
「結構で済むか、極寒だ極寒。一旦戻って暖を取ろう、こんな場所の探索は蘢佳を連れてこないと進まんぞ」
「だねー、流石に上からの目が欲しいね」
「それに、思ったように戦えず内に溜め込む感情もあるだろう。活躍の場を作って発散させてやるとしよう」
「そうなんだ?」
「なんで百々代がわからないんだ…」
「あははー…、蘢佳はもうわたしでもローカローカでもなくなっちゃってるからね」
「他にも要因はあるんだろうがな、まあいいか」
「?」
思ったように出来ない、目指す光が眩しすぎる。なんて感情は百々代から一番遠いもので、一帆や颯の方が理解し易いのだろう。
(蘢佳は百々代からかけ離れている、とは感じていた。落ち込んでたり怒ってみせたり、喚いてみたり、百々代には無いと言っても過言ではない部分…だ?…たしか、魂が分裂して生まれ変わっているのだったか。…負の感情の多くは抜け落ちているのかもしれんな。…蘢佳も明るい事に変わりはないし思い過ごし、か)
明朗快活過ぎる彼女は生まれる際に負の感情の多くを落とし去ってしまった、なんて仮説が浮かび上がるも、下らんと一蹴し一帆は踵を返す。
「足元に気を付けて――」
「おおわぁっ!」
「よっと。雪上なんだし足元には気をつけないと」
雪で足を滑らせた彼は百々代に抱きとめられ、雪塗れにならなかった事へ安堵しつつ。妻へと感謝の示すのであった。
―――
「―――というわけで識温視は問題なく機能していますし、一階層の、迷宮門付近の大まかな掃除は終わりました」
「ず、随分とお早いお帰りかと思えば、もう一階層の制圧を…。こほん、識温視なる魔法莢は申請を行い、…これからの探索はお二人にお願いしたいと思います」
「はい、お任せください。内部の気温が気温ですし、状況的に拠点構築も難しい状況ですので頻繁に戻って来るつもりですが、これから来る巡回官が居られましたら、一旦お待ちいただくよう連絡をお願いします」
「畏まりました」
「同行している魔法莢研究局員に識温視の制作をお願いしてきますので」
「ああ、そういうことですか。納得しましました」
それでは、と解散し二人は宿舎へ戻っていき、食堂で汁物を受取り身体を温める。
「生き返る~」
「防寒具と纏鎧は有れども、…堪える寒さだったな」
「そんなに寒かったのか?」
「颯さん、ただいま」
「おかえり」
ひょっこりと顔を出した颯も椅子に腰掛け、飲み物を手に歓談に加わる
「極寒、以外の言葉が出ないくらいに冷える場所だよっ。果物とか置いてでれば、戻る頃にはシャリシャリだね」
「冷凍果実か。蜜柑でもあれば是非頼みたいな、虎丞にでも市井で買ってきてもらうか」
呑気極まりないが、まあこの二人ならこんなものだろう。
「ある程度安全が確保されたな迷宮内に行くか?」
「一帆くんでも守りきれない程の場所なのか?」
「守るだけなら問題ないが、幽谷迷宮より過酷な場所だとだけ」
「そういうことか。ふむむ、なら一階層だけ見に行くとしよう!足手まといになっては申し訳がないからな!!」
(こいつに申し訳ないなんて言葉があるとは思わなんだ)
「むむ、なにか失礼な事を考えたな?!」
「さあな」
三人は賑やかに食堂で歓談をし、必要事項などを伝えていく。
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