二〇話④
「葉理、見てみろ私の子だ。可愛いだろう」
「大昔の若様、…駿人様にそっくりなお子さんですね」
「もう少し勇ましく産まれたはずなのだがな」
「はっはっは、とても愛らしいお姿でしたよ」
「健々と育ってくれれば跡取りともなってくれよう、これで晴れて私も領主を継ぐ覚悟ができようというもの。これからも辰野家の侍従として、そして影から島政を支える諜問官としてよろしく頼む」
「お任せください。…ところで、お名前は?」
「ふっ、名付けは忠臣である葉理に任せたいと二人で決めたのだ、どうだ?」
「そういうことなら事前に一言頂けた方が良かったのですが…。そうですね、駿人様から一文字取りまして駿佑様なんて如何でしょうか?」
「それはいい、決まりだ!」
駿人が大きな声で喜べば赤子の駿佑は驚き泣き始め、父親と侍従は慌ただしく右往左往とする。
「駿佑様のお相手ですか?」
「どうにも女の子を見ればあっちへこっちへふらふらしていた駿佑にも意中の相手が出来たようで、それらしい事が手紙に書かれている。相手は金木犀領の大朝顔男爵家、名前を聞いてもピンとこない地味なところだ」
「たしか…金木犀島政の木端役人ですね。男爵家ではありますが、爵士家に毛が生えた程度でしょう」
「そうか。…駿佑は女好きな気があるからいくらか様子見をするとしよう」
「そうですか。駿佑様は旦那様にそっくりですから、一度心に決めてしまえば他の相手は目に入らないと思うのですがね、はははっ。大方…臀囲にでも惹かれたのでしょう」
「わ、私が臀囲で決めたような口ぶりは止せ!」
「相手の為人次第ではありますが、良いお相手を選んでらっしゃると思いますよ。若い衆に様子を探らせましょうか?」
「無視しよって…。探りは不要だ、駿佑が連れて帰って来るその日を待とうではないか」
「畏まりました」
止め処なく流れ来る葉理の記憶の欠片、彼は駿佑と莉子の関係を切に祝福している一人であった。
(脅迫状…?あぁ、そういうことなんだ。莉子ちゃんを守り、不穏分子を炙り出すための偽装失踪。これは。駿佑さんに伝えていいものなのかな?敵を欺くには先ずは味方からってのだし…)
百々代は外界から遮断された心の内でどうするべきか考えて、深く頭を悩ませる。心底心配している駿佑や使用人たちの事を思えば、知らせてあげるべきなのだろうが、今後のことを考えれば莉子を快く思わず過激な手段を取ろうという人物への対処は必須。
もしも駿佑の婚約者が結衣のような大きな家であれば、有象無象も口出し手出しは出来ない。然しながら平田家は金木犀領の中でも小さな家で、何かと頼れるものも少ないのだ。
(後ろ盾としてなら、今回にわたしと一帆が駿佑さんとの歓談を割いてまで捜索に手を貸した段階で…。あー…そういうことねっ)
貴族歴はそこまで長くない百々代だが、多少の企みなどは理解できるようにはなった。…まあ答え合わせに近い証拠を得てようやくなのだが。
(となると…もうわたしたちに出来ることはないし、次の約束をしないとね。………ここどこ?)
本体が意識不明の状態。どうしたものかと改めて考え込めば、視界が白けていき。
心地の良い寝台に寝かされている事に気が付いた。
「ん、ん~…」
グッと伸びをして周囲に視線を向ければ、読み物をしていた一帆が目を瞬かせ固まっているではないか。
「おはよー。って外はもう暗くなっちゃってるね」
「…。はぁ、アレだけ俺を心配させて呑気なものだ。加減はどうだ?百々代は鼻血を吹き出して気絶したのだぞ?」
「ちょっと気だるさがあるかも」
「原因はわかっているのか?医務官はお手上げだったようだが」
「ローカローカ時代の力を無理矢理に引き出してみたら、引き出せちゃって。人には過ぎた力っぽくて反動が出たみたいなんだよね」
「金の瞳ではないだろうし、緑色か?」
「ううん、黒色。何かの過去を見れてね。地中を掘り進んで岩を食べた、その帰り道を探すのが便利だったんだ」
「…呑気な」
「えへへ」
「今回は莉子のため、誰かのために無茶をするのが百々代なんだろうが、…もし百々代に何かあって俺が…どうにかなってしまったら…誰が俺を助けてくれるのだ?」
寂しげに微笑しながら一帆は問う。
「…ごめん」
「無茶をするな、などとは言わん。夫として相棒として、俺を隣に置いてくれ。…初めて恋し、誰よりも愛する相手なのだから」
「えへへ、ごめんね、突っ走っちゃって。うん、うん、これからも隣にいてね一帆」
「ああ」
一帆は百々代の頬に口付けをし、頭をくしゃくしゃに撫でては誂う。
「それで。無茶をしただけの利はあったのか?」
「莉子ちゃんは大丈夫そうってだけ」
「よかったよ。とりあえず今日は辰野家に泊めてもらうこととなって、明日に宮木という侍従が話しをしたいとのことだ」
「うん、わかったよ」
二人は運ばれてきた夕餉を食み、駿佑に自身の無事を伝えて一日を終えるのであった。
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