二〇話③
「何度探しても証拠らしい証拠はなし。隠蔽の上手な誘拐犯のようですね」
外で待つ男衆には時間がかかるとだけ伝言を行い、百々代は事細かに部屋の隅々まで証拠を浚ってみるも髪留めしか見つからず、捜査は難航の最中である。
(…。こういう時に使えるのは黒の瞳、…だけど使おうと思って使えるものかな)
意識せずとも自然に発現してくれる緑と異なり、他五つの瞳は今まで微かにも現れていない。
(この場で咄嗟に使える保証も無いけど、やれることは全部やりたい。莉子ちゃんが危ないかもしれないんだっ)
「すぅー…」
一度大きく深呼吸を行い、百々代は緑の発現した左目に、生前に人族へ化けていた頃のような瞳の変更を行ってみる。が、何も変化はない。
蘢佳を呼び出して相談してみようとも考えたが、魔法莢を持ってきてはおらず、瞳の力に関しては彼女もイマイチよくわかっていないのが現状。自身のことは案外にも自身でわからないというものであろうか。
使用人から怪訝な視線を向けられるもお構い無し、必要な力を取り出すため金の瞳を晒していれば、ぐにゃりぐにゃりと視界は歪み回転でもしながら落下しているかのような感覚に襲われて尻餅をつく。
「だ、大丈夫ですか!?」
水中にいるかのような物聞こえを無視し目の前を凝視していけば、金の瞳は黒く染まりきり鼻血が垂れる。
「百々代様、鼻から血が!」
「…。」
手巾で鼻を覆い、昔漁る黒で周囲を見渡せばいくつもの重なり合った時間の中に莉子を見つけ、一番新しい空間を取り出しては観測した。
「おはようございます、莉子お嬢様。朝早くからお散歩ですか?」
「おはようございます、宮木さん。早く目が覚めてしまったのでお庭を歩こうかと思いまして」
扉を開けて直ぐ、出入り口で丁度鉢合わせた初老の男と話す莉子の姿。
屋敷を歩いている最中に百々代も見かけていたので、辰野家の使用人なり侍従であろう。
「秋も終わりが近づき、その装いでは身体を冷やしてしまいます。是非、上に一枚羽織りください」
「そうですね、畏まりました。ご指摘ありがとうございます」
笑顔で礼を告げた彼女が扉を閉めて衣装棚へと向かっていけば、音を立てぬよう扉を開けて宮木が部屋へと侵入。腰の背部に近い部位へと佩かれた魔法莢へ手を添えて、魔法で以て莉子は叫ぶ間もなく気絶させられた。
一度床に寝かせ、指に装着された金の輪、金環食と思しき迷宮遺物から外套を取り出して、くるりと巻き込めば透明化し宮木は何事もなかったかのように、莉子を担いで外へと移動する。
「…けほっ」
自身の乾いた小さな咳で百々代の意識は現実に引き戻されて、手巾が真っ赤に染まり使用人が大忙しで世話を焼こうとしている状況に気がつく。
「―――!百々代様!百々代様!」
「あっはい、なんでしょう」
「なんでしょうは此方の台詞です、鼻血を流したまま一切の反応がなくなってしまって驚きましたよ。今、快癒の魔法莢を持ってこさせているので、外で一息つきましょう」
「いえ、大丈夫です。直きに止まりますよ」
(内部犯だけど、どう動くべきかな。プレギエラ人の使っていた透明化の迷宮遺物みたいなのと、あの手際。下手に巻き込んで被害を増やさない方がいいけれど…情報は欲しい)
下を向き鼻血を出し切っては血液を軽く拭き取り、使用人らを凝視する。
「いや、やっぱり休憩しましょう。くらくらするので、座っても大丈夫でしょうか?」
「ええ、ええ、落ち着きましょう」
椅子を運んできてもらい、休む風を装って言葉を組み立てていく。
「はぁ…。…そ、そうだ、ちょぉっとばかし関係のないお話になってしまうのですが」
「はい、?」
「せ、背丈がこれくらいで、初老くらいの人が辰野家に勤めていませんか?先程お見かけしたのですが」
「あぁ宮木葉理さんですね。宮木さんがどうかなされましたか?」
「昔にどこかでお会いしたことがあったような気がしまして、昔からお勤めの方なんですか?」
「そうですね、私たちがお屋敷で働くよりも前からの、古株の侍従なんですよ」
「そうなんですか。となると流石に他人の空似でしょうね。近所の小父さんにそっくりだったもので」
「そうなんですね」
快癒の魔法莢と治癒魔法の可能な使用人がやってきて、百々代の鼻に治癒を行い使用人一同は安堵の吐息を吐き出した。
金木犀伯爵家の奥様の一人、何かあっては大問題である。原因は彼女本人の瞳なのだが、そんなこと知る由もないのだから仕方がない。
(辰野家、月梅伯爵家の侍従を理由なく捕縛ってわけにはいかないよね。駿佑さんに報告して判断を仰ぐべきかな。…でも、莉子ちゃんの安否が気になるし、透明化の外套も、)
一旦歓談室に戻ろうと駿佑からの提案を受け入れて百々代が部屋をでれば、男衆に混じって宮木葉理が加わっていた。
「色々と大騒ぎだったが、…何か見つかったか?」
「ええ、見つかりましたよ。寝台の下から髪留めが」
「これは私が贈った髪留めか」
「昨日も着けてらして、昨晩に小物入れに収めたばかりの品なのです」
「それで今朝方まではいらっしゃったのだと百々代様と話していました」
使用人の言葉に頷いて、糸目の裏の隠された青い瞳で葉理を伺うも顔色一つ変化はない。
(一か八か。)
黒い瞳を生き物に使った記憶はなく何が起こるかは不明であるが、莉子には代え難いと葉理の過去を漁っていく。
(…、月梅領の敵となる相手を処理している隠形の人…なのかな?うっ、)
内陸地まで忍び込んだプレギエラ人を処理する過去を覗いてしまい、戦慄きそうになるも堪えてゆっくりと呼吸を落ち着かせるようにして時間を稼ぐ。
(諜問官…?島政局員、…今はそんなことよりも莉子ちゃんの)
知らない島政局の役職に触れつつも、今は記憶の片隅に置き去り今朝まで辿り着いては、荷物を模して運搬された莉子が屋敷内の一室に運ばれた事実を得る。
然し、力の制御が上手くいかず百々代は鼻血を再び流しては、蹲るように床へ伏す。
(黒が止まらない、拙い。…莉子ちゃんを寝台に寝かせて、食べ物と手紙を?)
「事情があります…、しばらく…ここでお待ちください…?…」
脳内を火かき棒ででも掻き回されるような感覚に抗いきれず、ぐにゃりぐにゃりと目眩しく狂った視界の中で百々代は気を失う。
ローカローカの瞳は人の身に過ぎたる力なのだろう。最初から収まっていた青と金、部分的に発現しているだけの緑とは異なり、現世での自身が持ち合わせていない筈の力を無理繰りに引き出した反動だ。
「おい、百々代?!どうした!?百々代!」
青褪めた一帆が身体を揺らすも反応は無く、快癒の魔法莢で鼻血を治されるも意識までは戻らず、客室へ運ばれて寝台に寝かされることとなった。
(先程の言葉は私の書いた置き手紙。お客人は屋敷にやってきたばかりで、知るのは無理な筈ですが…)
慌てふためく一帆と意識のない百々代を注意深く観察する葉理の視線は鋭く尖る。
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