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二〇話②

 月梅つきうめ領都に到着して数日、辰野たつの家へお邪魔する日付となった篠ノ井(しののい)夫妻は馬車へを拾いて、屋敷へと走らせる。百々代(ももよ)一帆かずほは領主家へ訪問するに相応しい衣装に身を包み、楽しげな表情だ。

 さて、到着してみるとどうにも中が騒々しい印象。覗き見など褒められた行いではないのだが、百々代が細視遠望さいしえんぼうの青で内情を伺えばどうにも使用人らが忙しく走り回ったり、何かを探している様子である。

「なんか忙しいみたいだよ、とりあえず正面から入ってみる?」

「もう少し待ってみよう」

 なんて話をしていれば白い毛並みの犬が二人を見つけて走り寄り、はっはっはと息を吐きながら尻尾を振って、扉柵越しに百々代を見つめている。

「こんにちは、わんちゃん。お屋敷で何かあったのかな?」

「わふっ、わふっ」

 返答でもするかのような鳴き声に、自身が無意識に伝達視でんたつしの緑を用いたのだと察っして、小さく謝った。

「あっ、ごめんね、そっちからは何を言ってるかわからなくて」

「くぅーん…」

 しょんぼりと尻尾を倒した犬は何かを考える風にしてから、踵を返して屋敷の方へと戻っていき、使用人の一人を捕まえて戻ってきた。二人が名乗れば到着の時間だと血相を変え、扉を開いては招き入れる。

「も、申し訳ございません!屋敷内が慌てておりまして、ご到着の時間だという事を失念しておりました」

「いえいえ、問題ありませんよ。その、何かありましたか?」

「ええーっと、そのぉ、とりあえず駿佑しゅんすけ様の許へとご案内いたしますね」

「はい」

 言葉を濁し案内をする使用人を追っていけば、客人の前では粗相をしないように居住まいを正し、通り過ぎては足早に、再びの慌ただしさを取り戻す。


 案内された歓談室には駿佑が一人、困ったような表情で座っており、彼も彼で落ち着きのない風である。

「招かれたこと光栄に思う、辰野駿佑」

「ようこそ、よく来てくれたね、待っていたよ」

「お久しぶりです駿佑様」

「ああ、久しぶり。…すまないね、慌ただしくて」

 二人は椅子に腰掛け、ハの字眉に困り顔の彼を前に、顔を見合わせては頷く。

「何があった?」「何があったの?」

「実は今日の早朝に莉子りこが行方をくらましてしまってね、大急ぎで探している最中、なんだ」

「ふむ。今更屋敷内を探している、ということは外に出た形跡はないのか?」

「外も警務に連絡をして捜索を頼んでいるところだけれど、辰野は領主家だ、昼夜問わず警備が行われており、屋敷からの出入りに令嬢一人でどうにかするのは難しいはずなんだ」

「屋敷にやってきた時は正面門にすら人はいなかったが、混乱に乗じて、というのは…難しいか。百々代なら兎も角」

「そうだね。…というか、正面門にすら誰もいなかったのかい?」

「ああ。態々そんなくだらない嘘をつくはずもなかろう、俺が」

「わんちゃんが使用人さんを呼んできてくれて」

四朗しろが。それはすまないことをしたね」

「四朗ちゃんに追ってもらったりは出来ないの?わんちゃんって鼻が良いって聞くし」

「躾はしっかりとしているんだけど、ちょっとばかり呑気な気風で、そういうことには向いてないというか」

「「…。」」

 もしかしたらなんとかなる可能性があると篠ノ井夫妻は顔を見合わせて。

「百々代には不思議な、前世からの力があるだろう?」

「そんな事を言っていたね」

「その一つに意思を伝えることが出来る力が有るんだけど試してみてもいいかな?」

「まあいいけど、いいのかい?こっちのごたごたに協力しても」

「水臭いことを。友人が困っているのだ、協力くらい惜しまないさ」

「うんうん、大親友たちの為だもん!」

「ありがとう、二人共。なら四朗を呼んでこよう」


 四朗は足を綺麗に拭かれて百々代の許へと連れてこられ。

「こんにちは、四朗ちゃん。ちょっとお願いがあるんだけど、莉子ちゃんの匂いを追ってもらえないかな?」

「わんっ!」

 手に持った私物の匂いを嗅ぐまでもなく四朗は勢いよく走っていき、三人と使用人が追う。元気よく走った四朗はとある部屋の前で止まり、わんわんわおん、と場所を指し示すが如く鳴いてはお座りをする。

「お〜よしよし、ここに莉子ちゃんがいるのかな?」

 柔らかな、もちもちとした顔を撫でて褒めれば、後ろの駿佑が困ったような表情で口を開き。

「ここは莉子の私室だね」

「え、あー…早とちりさんだったんだ。一応私室の確認もしていい、と思う?」

「使用人は入っているし問題ないはずだよ」

 異性である一帆は兎も角、同性の百々代の為人を考えれば、使用人と共に向かうのならば許可しようと部屋へ捜索を行う。

(異常らしい異常はないね。…あったら誘拐だって騒ぎになるはずだし)

「莉子ちゃーん、いますかー?」

 返答どころか、物音一つ無し。

 新しく用意されたと思しき調度品の数々は、どこをとっても遜色ない素晴らしい品々。掃除手入れが抜かりなく行われているものの、確かな人の形跡を感じられるそんな一室である。

 使用人に衣装棚を開いてもらい、莉子が隠れていないことを確かめて百々代使用人らへ質問を行ってみた。

「莉子ちゃんは月梅こっちでの生活に不自由している様子はありませんでしたか?」

「そうですね…、初めの頃は慣れない領地での生活と夏の暑さでお疲れの様子が見られましたが、残夏季ざんかも過ぎれば落ち着きを見せ始め、秋ともなればお元気そのものでした」

 うんうん、と他の使用人も頷き首肯する。

「駿佑さんとの関係はどうでした?」

「仲睦まじく成婚が楽しみ、という様子で、坊ちゃんを昔から知る私達も微笑ましい限りでした。もうじきにお子さんの顔でも拝めるのか、なんて」

「そうなんですね。何か困りごとのとかはありそうでしたか?」

「次期月梅伯爵夫人ですから、花嫁修業は大変そうにしてましたけど…困ってはいませんでしたね。儚気な第一印象と違って、直向き頑張っていましたので私達も応援していたのです」

(これで嘘をついているのなら余っ程な役者だね)

「ありがとうございますゅ」

 眇めて青い瞳のみで使用人を観察していた百々代は違和感を感じない一同に、嘘はないのだろうと結論付けて部屋の様子を改めて窺う。


「百々代様は莉子様の御学友で、篠ノ井家の奥様なのですよね?」

「はい、そうですよ」

「莉子様は昨日も、お二人が遊びにいらっしゃる事を心から楽しみにしていまして」

「失踪されるなんて信じられないのです」

「私達は坊ちゃんと莉子様の結婚を事を好く思わない者が、…拐かしたのではないかと思っているのです」

 使用人らは真剣そのものな表情で声を潜めて百々代へ伝える。これが噂好きの下世話ならば流し聞いたのだが、どうにも本心から心配をし相談しているとしか取れない為、誘拐を前提に痕跡を当たってみる。

「少し端たない探し方をしますが、大目に見てくださいねっ」

「え、ええ」

 床に顔を擦り付ける様に伏せては、家具の下に何かしらの痕跡がないかを事細かに探してく。衣装棚の下、机の隙間、椅子の裏等々、これといった痕跡もなく、時間を消費していれば、寝台の下から髪留めを発見して使用人へ手渡す。

「これは…昨日お使いになっていた髪留めですね」

「坊ちゃんから贈られた物だとお気に入りの様子でした」

「ですが可怪しいですね」

「可怪しいとは?」

「昨日に着用していたこの髪留め、夜に御髪おぐしを整える際、私が小物入れにしまったのです。その後に就寝なされたので、寝台の下に落ちているのは可怪しいと」

御尤ごもっとも」

「なら朝方に着用したのでしょうか」

「朝にお散歩をしているところは時折に見かけますが、今朝は…見た?」

「見てないわぁ」「見ていませんね」

「莉子ちゃんは早朝に散歩を、習慣とまではいかなくてもそこそこの頻度で行っていたと」

「ええ、そうです」

「となると、朝にお散歩をしようと髪を纏めていたその時までは、この部屋にいて何かしらあったと見るべきでしょうかね…」

「「…。」」

 一同は髪留めに視線を向けては言葉を詰まらせた。

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