二〇話①
揺れる馬車、少しばかりの肌寒さを感じる散秋季、篠ノ井一行は貸切の馬車にて月梅領都へと向かう。宿場町で一度宿泊し二日掛かりの馬車旅を経て、賑やかな街並みを拝むこととなる。
「久々に賑やかな街って感じだー」
「連翹港は…兎も角として猫足も賑やかだったろう」
「違うんだよっ。色々と買い物とかしたいし、一帆も観劇とか行きたいんじゃないの?」
「ああ、そういう」
「そうそう、そういうそういう」
「触媒と導銀は買い足さんとそろそろ厳しいな」
「だね、猫足とか蘢佳とかの関連でかなり使っちゃったから。一緒に回ってみよっか」
月梅領は内陸領で六つの領地との領境と領間道を有する陸の接続港。整備された街道に細々と建ち並ぶ宿場町と、人を多く呼び込む施策が功を成し往来の多い領地となっている。
やや高級志向な宿を取り到着を知らせる手紙を認めては辰野家へと送り、質の良い寝台を満喫すべく飛び込んでは寝転ぶ。
「ふかふか〜」
寝台に座り百々代の頬に掛かった髪を払った一帆は、柔らかな座り心地を楽しみ、質の良い調度品に囲まれた一室を眺める。
「結構良い所を取ったのだな」
「たまには贅沢もしないとねっ」
梅花亭という旅宿の中では格式高い老舗とのこと。
「明日は颯さんと街歩きするけど一帆はどうする?」
「そうだな…、俺もついていくか。一人で行動しては何時何時ぼったくられるかわからん」
「わかった、皆で出かけよっか。んん〜、膝借りちゃおう」
伸びをするついでに腿へと頭を乗せ、異なる色の瞳で見上げた百々代は甘えるように頬を擦り付けた。
―――
明くる日。軽い外套を羽織り百々代たちは月梅領都を見て回る。
冬も近づくこの時期は、冬物の衣服が売れ筋のようで百々代たちも冬の備えとして数着購入。次いで触媒や導銀を揃えていき、荷物を武王で持ちながら街を進んでいく。
目立つ一行と化しているが、下手な客寄せが来ないのは気楽だとお構い無しだ。
「一通り必要な物は揃ったか?」
「そうですね、問題ないかと。足りなければお二人が辰野家へ伺っている間にでも私が出ますので」
「なら迷宮管理に顔を出して次の行き先を決めるか。序でに蘢佳の迷宮遺物も探せるといいが」
「迷宮遺物ですか。…それなら家鞄のような収納系があれば、…代理での購入をお願いできませんか?」
「構わんが、値が張るはずだぞ?」
「猫足で稼がせてもらい、懐に少しばかり余裕ができまして」
「なるほど。必要なものがあったら知らせてくれ、巡回官の優先権で問題なく落とせるはずだ。颯は俺の婚約者という扱いだし、兎や角言われることなかろう」
「助かります。案外に荷物が多くなってまいりまして、いい機会なので増やしてしまおうかと思ったのですよ。手に入ったのなら今までのを魔法莢関連専用にし、その他日用品を移します」
「荷物の移動は手伝いますのでお声掛けくださいっ」
「ありがとうございます、百々代さん」
「それではいざ迷管へっ!」
馬車を拾い、向かうは迷宮管理局月梅所。
人の往来が多ければ巡回官も多くなるわけで、金木犀ほどではないにせよ賑やかな場所となっている。
「へぇ、多くはないけれど隣接領の情報も掲載されているんだね」
「こういった仕組みは他所でもほしいところだが、領地領地の移動にも時間がかかるのだからどうしようもない」
「だねぇ。到着した頃には首魁が再胎して討伐されてました、じゃあ物悲しいもんね。先ずは…迷宮遺物から見てっちゃおうか」
「ああ」
四人は迷宮遺物目録の置かれた一角へと足を向けて、一冊を手に取り目当ての品を探していく。
はらはらと目録の頁を捲っていき、虎丞は家鞄を見つけるも眉を顰めて考え込む。あったはあったのだが、内包量が大きく値の張る品で、軽々と金子を出せる額ではないからである。
「ありませんでしたか?」
「あったのですが…」
即決価格は二〇万賈、競り落としにしろ一五、一六賈は覚悟しないとならない高額商品。あまりの価格に百々代は「ひぇ」とだけ声を出して固まってしまった。
「折半して共同で買うか?こちらにも笹野と猫足で蓄えがあるからな」
「申し出は嬉しいのですが…」
と虎丞が視線を向けるのは百々代の方。篠ノ井夫妻の財布を預かっているのは彼女であり、彼が一声で決めることは不可能。
「あった方が便利だと思うのだが」
「いくら位で収まりそう?」
「掲載が昨舞冬季、開始値が一四万賈ならそんなに値は跳ね上がることはない。一五有れば足りるはずだ」
「人が多い月梅で余っているのですから安全そうではありますね」
「ふむむ。とりあえず、とりあえず蘢佳用の迷宮遺物を見てから決めようっ」
「それもそうだな」
とりあえず、で四人が探すは魔法莢を嵌め込む事のできる銃型の迷宮遺物。軌道線を描いたり形状変化を行えなくなる代わりに、威力や速度を強化できる便利な品。
霙弓みたく近接戦用の魔法を撃ち出したりと、迷宮遺物ごとに異なる特性を持っていたりするのが特徴であろう。
迷宮で入手出来る都合上、どこかの国、世界の主力武装なのかもしれないが、百港国から知れる範囲には存在しない。
「案外に少ないな」
「戦力に直結する迷宮遺物は港防でも必要だろうし仕方ないよ」
「今に始まったことでもないか。さて、どれにするか」
目録に記載されているのは三挺。
「馬狩り、群鮫、石火砲、小型で使い易そうなのはこの辺りか」
「二つ使いたいって言ってたけど、家鞄の購入も考えると一つだけかな。どれも安くはないし」
「一挺でも使えるかはわからんし、余分な出費を抑えるか。俺も百々代も使わんしな」
(そ、そんなぁ?!)
悲痛な蘢佳の叫びは誰に聞かれることもなく、一帆どれにするかを見繕う。
「無難に石火砲にしておくか。鏃石の様な石の魔法の発射及び弾速の高速化、僅かながらの適性の付与」
「適性も付与されるんだ、それなら取り回しも良くなりそうだね。値段は、即決で一〇〇〇〇賈…、問題はなさそうだね…」
腰に佩く小剣、不識よりか幾分安いと諦めて購入を決める。
「それじゃあ家鞄は折半って事で、落札を一六万までに抑えてね…」
「超えた場合はこちらで負担しますのでご安心を」
庶民派な金銭感覚の百々代は高額なお買い物にどぎまぎしながら、あれこれと話しを詰めていくのであった。
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