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三話③


「おはようございます、お嬢様」

 聞き慣れない声に耳を傾ける、糸目のまま周囲を探れば朝の時間。窓は開かれているようで、初夏の爽やかな風が頬を撫でる。


「おはようございます。えっと、誰でしょうか?」

「これから四年間、百々代(ももよ)お嬢様のお世話をさせて頂く、小間使こまづかい川中島かわなかじま朝陽あさひです。先日まで護衛を務めておりました川中島(かおる)の姪で、金木犀きんもくせい伯からのご依頼で昨日からお仕えする予定でした」

「そうなんですか」

「そうなんです」

「何故昨日はいらっしゃらなかったので?」

「…恥ずかしながら暦を見間違え、夕刻に顔を合わせた伯父に言われて」

「そうなんですか」

「そうなんです」

「ではこれからよろしくお願いします」

「はい。ところで、お掃除を定期的にいたしますが、触られたくない物はありますか?」

「触られたくない物ですか。…魔法莢まほうきょうは触れずにおいて貰えればそれで十分です」

「畏まりました。ではお着替えを」

「着替えは自分でできるので大丈夫です」

「ではお食事をお持ちしますね」

「お願いしますっ」

 寝ぼったい顔の小間使は部屋を出ては食事を取りに行く。


(自分で出来ることだけど、お手伝いさんがいるなら助かるね。洗濯とか掃除とか大変だし)

 髪をくしけずり身嗜みを整えては朝陽を待つ。

「お持ちしました。ご一緒しても?」

「どうぞ」

 特別会話もなく穏やかな空気の中朝食を終え、百々代は部屋を出るのであった。


―――


 結衣ゆいたち一行と行動を共にしつつ、学堂を目指せば待っていましたと言わんばかりに一帆かずほ駿佑しゅんすけが出迎えており、中々に目立つ一団が完成するわけで、注目を一身に浴びる。


(上位座の面々が増えてすっごい圧だわ!一帆様と百々代は兎も角、辰野駿佑様に実はしれっと上位座の杏、添え物にされてる感がすごいわ!)

 仲良し三人娘に百々代を加えて四人で仲良く学舎生活を満喫しようとしていた結衣は、凄まじく濃い面々に囲まれて圧倒されていた。

 話上手で全員に隔てなく話を振り場を盛り上げてくれる駿佑と、百々代と魔法以外に関心の無さそうな一帆。この二人は超のつく美形で高位貴族家の為、他の女子生徒からの視線が痛いのだ。


(というか、一帆様がここまで一人の女の子に入れ込むとは思わなかったわ。お父様は一帆様とも縁を深めておきなさいって言ってたけど、学友が精々で余計なことをすれば睨まれてしまうわね…。不甲斐ないわたくしをお許しくださいお父様っ!)

「そういえば百々代は第六座で実技首位よね、筆記は苦手なのかしら?」

「受けたのが二年前という事もありますが、百港史は難しく感じます。どこどこ家の何々様が~という、貴族家の方々への馴染が薄くて。侯伯子男士の五爵にも苦しめられました」

「そういうものなのね。小さい頃からなんとなくで覚えてきたから不思議だわ」

「でもよしみ先生が熱心に教えてくれたお陰で、なんとかやっていけてます」

「縁のなかった貴女をここまで仕上げる坂北よしみ様の手腕には恐れ入るわ。わたくしが結婚して、子供が育つ頃には…既に隠棲なさってそうなのが残念よ」

「今からでも雇えるかは甚だ不明だがな」

「「あー…」」

 庶民を第六座まで押し上げて魔法実技首位にしたのだ「ウチの子も」という声は後を絶たないだろう。


油菜崎あぶらなざき男爵も慧眼よね。だっていくら魔力質が良くても、家庭教師と学舎の代金全て支援、なんてそうそうできないよ」

「あの派閥は優秀な人材が多いとお父様が言ってましたし」

(なるほどこういう所に繋がるんだ)

 周囲の話を聞きながら、百々代生み出したであろう利益を理解し、恩の一部は返せていることに喜ぶ。

 詳しい金額こそ聞いてはいないが、庶民では厳しい金額であることは確か。我が子でもない相手にそれほどの支援をするのであれば、返ってくるものがなくては丸損だ。

 話題の二人はこれからの新たな足掛かりと確実な名誉を得たことになる。


(好成績で入学出来たけど、これからも頑張り続けないとよしみ先生に愛想を尽かされちゃうから、得意じゃない部分もしっかりとやらないとねっ)

「話が少し戻ってしまいますが。百港史と、礼儀作法は遅れを取ると思うので、わからない箇所があったら教えてください」

「任せろ」

 互いに手を取り合おうと誓い、一行は学堂で席を埋める。


―――


「魔法には三つの起動方法がある。一般的なのは口頭起動であろう、『起動』や『纏鎧てんがい』のように起動句を述べることで身につけている魔法莢が有効状態になる起動方法だ。他に二つあるが、…そうだな一つは筆記首位に答えてもらおうか。好きな方でいい」

「接触起動。魔力質の検査に日常的な小さな魔法の使用に用いられる起動方式で、特定の面を触れつつ杖や手を振ることで水や炎を生成する、魔法黎明期から親しまれる起動方式です」

「十分だ。彼の言った通り魔法史でも習うことになるが、古くは黎明の時より失われることなく紡がれた魔法技術だ。さて、最後は実技首位に答えてもらおうか」

「はいっ!最後の一つは条件起動です。こちらは一般技術というよりは戦闘時の補助を目的とした魔法技術であり『剣を振る』『杖を突き出す』『特定の構えを取る』等の一次条件方式。『特定の魔法が標的に命中した』『纏鎧に攻撃が接触した』等の魔法との組み合わせを前提とした二次条件方式のニ種類分類される起動方式です」

「よく学んでいるな。以上の三種によって魔法は使用することが出来る。魔法師にとって魔法莢の理解度は自身の実力に直結し、そして相手への対策ともなる。簡単な授業だと侮らず、四年間十分に学び給え」


「先生ー、これって複数を組み合わせたりすることはあるのですか?条件起動はどちらの起動方法も兼ねているようにも思えるのですが」

「ほほう、いい質問と着眼点だ。条件起動というのは比較的最近生まれた起動方法なのだ。この辺りは魔法史でもならうことになるであろうが、古くから存在した二つのみでは少々狭苦しくなる時代がそこにはあった。世界が戦禍に荒れ狂う惨状と発展の時代にな。…そこで魔法を用いた対人戦闘を行う際、口頭では手の内が明るみに出てしまい、接触では隙を生じることから新たな起動方式として条件方式が生まれたというわけだ。先の質問通り特定の条件を満たした際に、起動句を、もしくは魔法莢に接触することで魔法を起動することもなくはない」


 詳しく知りたいのなら魔法史を浚え、と付け加えた教師、明科あかしな暁明ぎょうめいは淡々と授業を続けていく。

 入学早々の授業というのは大半の者にとっては振り返りのようなもので退屈極まりないのだが、こればっかりはどうしようもない状態だ。百々代は教師の説明に耳を傾け、復習がてら教本へと目を通す。


(よしみ先生、結構先まで教えてくれたみたいだね。まあ一〇年もお世話になったんだし、そうもなるか。…初心忘るべからず、慣れたと思って気を抜いてたら直ぐに追い抜かれちゃうって言われたし、簡単な部分でもしっかり学び直さないとっ)

 薄っすらと青い瞳を覗かせて板書を写して手帳を埋めていく。

誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。

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