一九話②
天上台地迷宮の二階層で蘢佳は長棍を手に駆け出し、土脆へと殴り掛かる。鍛錬を行うよりの前と比べれば、身体の軸もしっかりとし力の入った打ち込みで土でできた頭、その天辺を殴りつけ一撃で倒す。
とはいえ敵は一匹ではない、右からの攻撃に対処していれば反対側から殴られて情けない声とともに地面に転がっていく。
「いっったぁあい、ぐぬぬ!」
成形体に痛覚はないので痛いはずはないのだが、攻撃を受けたという事実に対する反応なのだろう。
起き上がっては長棍を構え直し形状変化で槍へ、一旦様子を窺って攻撃を誘い返しの刺突で一匹。
「やば、抜けないんだけど!?」
思った以上に深くまで刺さり抜けなくなった長棍を諦め、残る一匹へ殴りかかってはやっとの思いで勝利をする。
「どうでい!やってやれないことなんてないんだ!」
「お疲れ、良く頑張ったねっ」
「蘢佳は後ろの方が良くないか?土脆相手に苦戦してるようなら、他の迷宮では厳しいだろう」
「…うっ」
実力不足なのは百々代を通していくつかの迷宮を見てきた蘢佳が一番わかっているわけで、悔しそうなうめき声を出しながら手に持つ長棍へ視線を落とす。
「近接を辞めるかどうかは置いといて、色々な選択肢を模索してみる?」
「そうする」
どこか悲しげな声色に、何かを諦めた時の自身を思い出して、百々代は蘢佳が人々を守れる存在になれるよう魔法を画策する。
―――
それから数日、いくつかの魔法を試してみるがどれもパッとしない結果に終わり、余分に借りている宿舎の一室で蘢佳は膝を抱える。
(…。)
常に比較してしまうのは成功している百々代。廃迷宮以降という半ら出来上がった彼女と比べて、自分自身には何もなく、なんなら人でもないと落ち込んでいる最中だ。
幼い頃から毎日欠かさず魔法の勉強を修めていたという、下地があるのだがそのことを見てきたわけではないので羨ましく、そして少し恨めしくも思っていた。
文句や恨み言で言えれば気が楽になるのかもしれないが、毎日毎日蘢佳が勇者となれるよう遅くまで魔法莢を弄っている姿を見ては、成形声帯を通して言葉にすることも難しいというもの。
(こんなことなら、…傍観に徹しているべきだったかも…)
百々代とは元が同じ。廃迷宮から出ていった彼女を見ているのは、自分自身が主人公になったような気分になれて非常に楽しい日々だった。
そんな風に眺めていれば、ああしたいこうしたい、と願望が溢れて、武王を用いて表に出てしまったのだ。
「はぁ…」
諦念が染みとなり、心という布地に広がっていけば自然と溜息が漏れ出て、更なる弱気が蘢佳襲う。
「元龍も溜息を出すのだな」
声の主は颯。服装は寝間着だが手には紙と筆が握られており、就寝直前まで陣でも引いていたのだろう。
「そりゃ、ね」
「まあ吾にもなんとなくだがわかるがな。いくら大天才でも魔法を使う才能には恵まれず、魔法莢研究局に務める黒姫家の令嬢なのにと後ろ指を刺されたものだ。魔法陣やら魔法莢制作の才があった故に気にもしなかったが」
「喧嘩を売りに来てる?」
「落ち着きたまえ。吾も百々代くんも一帆くんも、生涯の多くを一つのことに費やしている。故に軽々と魔法を使うし、身体を自在に操るし、魔法陣も編める。蘢佳くんは成形体を得てまだ日が浅い、焦らず腐らずゆっくりと歩めばいいじゃないか。その機会を得たのだから」
「颯も良い事を言えるんだね」
「言っただろう、わかるのだと。大好きな魔法を自在に使いたかった、劇で語られるような英雄みたくなってみたかった。そんな感情を風化させてしまった人生の先輩なのだぞ」
必要最低限は使えるが魔法師として称賛されるような才はなく、自身にとってもっと面白い道へ進んだ颯は、小さな笑みを蘢佳へと向ける。
「それに巡回官の中でも上澄みたるあの二人を間近で見れて、指導も受けれる良い環境なんだ。見限るには速いと思うぞ」
「…。…グラシアス」
「それはどういう意味なんだ?」
「百々代にでも聞いて、手前は魔法の練習するかな」
「ふぅん、じゃあ吾は寝る。おやすみ」
「おやすみ」
寝る必要のない成形体を活用し、蘢佳は夜通し鍛錬を行っていく。
―――
何日も何日も懲りること無く成形体を動かしていれば、百々代のいう「出来るようになるまでやれば出来る」理論で、ある程度動きが良くなった。
とはいえ百々代は兎も角として、武王を押し退けてまで前衛をできる程の実力は望めず、迷宮を潜るとなると長棍のような長物の非成形武装は迷宮遺物でもなければ、嵩張って邪魔になる。故に後衛を努めるべく魔法射撃を学ぼうと進行方向を切り替えることにした。
一つのことに縛られず色々と試してみるといい、なんて一帆の一言もあったとか。
ちなみに長棍と木操は百々代が少しの間使ってたが、手が空かないのは不便と使用しなくなった。成形武装が流行っている理由の一つである。
「起動。擲槍!!」
二つの擲槍を同時に展開し土脆に向かって射出すると、一本は的確に命中、もう一本は明後日の方へ飛んでいく。
「片方に意識を持っていかれすぎて力んでいるいる。今使っている魔法莢は質の良い品だから、大まかな狙いでも命中する。気軽にやれ」
「うーん…。起動。擲槍!」
次いで放たれた二本はしっかりと命中し、蘢佳は小躍りをしてみせた。
「へへん、手前にはこっちのが才能があるのかも」
「結構短期間で出来てるし本当にあるかもねっ。前の射撃で一発目の精度が良かったから、銃型の迷宮遺物とかを使ってみるのもありかな」
「悪くない案だな。問題があるとすれば入手出来るかどうかだが、月梅領都と連翹港で見るとするか」
「銃の!迷宮遺物!一帆が前に使ってたやつでしょ!」
「他にも色々と種類があって、得意な属性や使い勝手が違ってくる。それ適した魔法莢は…問題ないか」
優秀な職人が二人もいるのだ、魔法莢で困ることなどそうそうない。
「イカした二丁銃使いになって見せるよ!冷酷な仕事人さ、ふっ」
((冷酷…?))
一帆と颯は百々代の方を窺い見て、元が元だからなぁと思いながらも言葉を飲み込む。彼女と比べて滅入ったり腹を立てたり我儘を言ったりと、感情の起伏が大きい事をここ最近で理解したからだ。
幼少の百々代がこうだったのかと想像をすれば微笑ましいものだが、何となく解釈違いでもあるとも二人は考える。
「黒色の勇者だねっ!」
「そうそう、そんな感じ!」
本人たちが楽しそうだしいいか、と迷宮の探索へと戻っていく。
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