一九話①
篠ノ井一行が向かうのは花滑莧街。
連翹港で報告書を上げがてら脅威度の低く、ゆったり出来そうな場所を選んだのだ。
ただ…難点があるとすれば、位置的に連翹領の外れにあり田舎と評するのに相応しい街だということくらい。
月梅領との半ば境に位置する街なので、仕事が終わってから駿佑と莉子の許へと向かう算段でもある。
乗合馬車を用いて到着する頃には既に夕刻で、百々代たちは管理区画へと足を向けた。
「どうも巡回官の篠ノ井百々代と夫の一帆、魔法莢研究局員の黒姫颯、そして侍従の三才虎丞です」
「巡回官殿でしかた、遠いところ遥々ご苦労さまです。どうぞどうぞ、お入りください」
人の好さそうな職員は小走りで扉を解錠して四人を迎え入れる。
「猫足の方で新規の迷宮ができてしまって、巡回官殿がお越しになってくれるか不安だったのですよ」
「あはは、わたしたちも迷路迷宮が一区切りついたから足を運んだのですけど。賑やかな場所でした」
「そうでしたか、それなりの手強い相手だと風の噂で聞きましたので、頼りになる方々が来てくれて大助かりです」
「活性化やなんかは起きているか?」
「いいえ全く。いつも通りの迷宮とのことで」
「落ち着いて仕事ができそうで何よりです」
馬車での旅疲れを癒やすため、一行は宿舎へと足を運び防衛官らから話を聞きがてら一日を終える。
―――
翌朝。百々代と一帆、颯の三人は迷宮門へと向かっていき門を潜る。
視界に広がるのは広く広がった雲上まで高くそびえる台地の高原。崖の縁から下を覗けば雲海が広がっており、股下がひゅんと冷えような光景だ。
「これは、絶景だな!」
「凄いところだねっ」
「落ちるなよ…」
落下しようものなら確実に生涯が終わってしまう高さ、百々代と颯はそそくさと撤退し天上高原の様子を確かめる。
基本的には少しばかり背の長い草が覆い、所々に低木があるだけで見通しの良い平らな土地。そんな場所を土塊の人形がのっそり、のっそりと歩いていた。高さは三尺から六尺くらいまで様々、身体のほぼ全てが土で形成されており、耐久性も然程高くない。
「起動。蘢佳」
「呼ばれて飛び出ていざ推参!」
「はい、長棍と魔法莢一式」
「来た来た!ふっふっふ、手前の強さ御覧じろ!」
「待った待った、先ずは木操の使い方を憶えたりしないと」
勇み飛び出そうとする蘢佳の首根っこを掴んでは引き戻し、戦い方を仕込むべく百々代も魔法莢と長棍を手に構えた。
「先ずは起動句。起動。木操」
「起動。木操!」
木操は蘇鉄族の脚部から作り出された木を自在に操る魔法。これのお陰で猫足村の管理区画建設に大きく役立ったり、今後注目されていくであろう、颯と百々代が発見した新規魔法だ。
同じ魔法を起動した二人だが反応は異なる。百々代の手にある長棍は先程までと同じ形状を保っているが、蘢佳の持つ長棍はぐにゃりぐにゃりと揺れ動き、まるで掴まれた鰻のよう。
「なにこれ、気持ち悪いんだけど」
「自由自在に動かしたいって要望だったから幅を持たせて柔軟に動かせるよう陣を引いたんだよね」
「ハーッハッハハ、しっかりと形状変化で管理下に置かないと、ただの棒っ切れ以下の代物になってしまうということだな!ちなみに吾は上手く使えなかったぞ!」
「でも使いこなせれば」
先ずは長棍として突いたり払ったり手元で回したり、そして片手で短く持っては勢いよく振ると長棍が革鞭のように撓りパシンと真空波から生じる音まで聞こえてくる。次いで百々代は少しばかり集中すれば先端が槍のように尖ったり、三つの棒構成された三節棍の様な形状にも変化させていた。
「おぉおお!凄いな百々代!手前も同じのやりたい!」
「それじゃあ先ずは長棍に戻せるように頑張ろうか」
「合点!」
なんとなく妹ができたかのように思いつつ、魔力の基礎鍛錬を行っていく。
「それじゃあ俺は土脆の処理をしている」
「お願いね、一帆」
「任せろ」
今までの魔物魔獣と比べてしまえば弱いの一言に尽きる相手。近付かれる前に氷花を当てて潰していく。
魔力を操作しての形状変化は百々代が一〇年以上掛けて学んだ、最も得意と言える分野。教える、教師としての実力も恩師譲りで厳しいが結衣で実証されている。じっくりと成形体を慣らすよう、根気強く蘢佳は学んでいく。
―――
彩秋季は過ぎて散秋季へ、天糸瓜島の南部とはいえ冬も近づけば気温も下がる。
長閑な迷宮という人目に付かない隔離された場所。巡回官である篠ノ井夫妻が足を運んでいる事もあって、防衛官らも少しばかり羽を伸ばしては休暇を取っていたりと、蘢佳が鍛錬を積むには丁度いい場所となっていた。
「…弱いな、蘢佳」
「一帆が強いんだってー!もー!」
木操を用いて長棍を扱えるようになった蘢佳だが、そこまで身体の使い方が上手くないらしく長棍を用いた模擬戦闘では辛酸を舐めさせられ続けていた。それなりに剣技を修めていた一帆相手では仕方ない部分はあるのだが、残る相手は百々代なので彼のほうがマシである。
肉体強化どころか纏鎧すら起動していない百々代相手に手も足も出なかったのだから。颯はそれを見て「人を辞めてる」と評したとか。
「成形体である以上、身体の操作は魔力の操作だ。木操を吾よりも使えているのだから、そっちにも応用してみればいいだろうに」
「戦闘ってなると難しいんだよ!戦わない颯にはわかんないんだって!」
「そう言われると言い返せなくなってしまうな」
もー!と一頻り腹を立てては起き上がり、再度一帆へと挑む。
(魔力の操作、魔力の操作)
意識を集中しつつも目の前の相手からは視線を離さず、出方をしっかりと確かめては長棍で突きを打ち込み、木剣で撃ち落とされる。これは何度も繰り返された出来事で、初撃が通るのであれば蘢佳も腹を立てることはなかったであろう。
すかさず間合いを詰めようと踏み込む一帆を見ては、一歩引きつつ剣での防御を避けるようにぐにゃりと曲げて胴部へと打ち込むも、やはり弾かれ有効打とはならない。だが踏み込みを一時的に止めることはできた好機に間合いを離しながら、長棍を短く持って鞭のような運用へと変えていく。
百々代が数度見せた動きよりは単調であるが、長棍や槍と比べれば防御が難しい部類。軌道を確かめて剣で守って見せれば、くるりと鞭が巻き付いて。
「なっ!」
一帆の手からは得物が奪われて丸腰となってしまう。
「よっしゃ!へへん、手前の勝ちだな!」
「「おー」」
ようやく掴んだ勝ちを誇る蘢佳に百々代と颯は拍手を送り、一帆は気楽そうな笑顔を見せる。
「やっと上手く出来たぁ…。…そうだ、さっきは苛々して当たったのごめん」
勝利を掴んで頭が冷えたのか、先の言動を振り返り颯への謝罪を行う蘢佳。根が百々代と同じということもあって、素直な性分だ。
「ん。謝罪を受け取ろう」
「これで土脆の相手くらいなら出来そうだね」
「へへ、手前に掛かればこんなもンよ!」
「調子いいんだから。とりあえず魔法莢の確認とか色々してからにしたいし、明日からやってみよっか」
「了解でさぁ!」
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