一八話⑮
気が付けば隣に一帆は居らず、広間に一人の百々代。出口らしい出口はなく、どうしたものかと座り時間を過ごす。
のんびりと呆けていれば、どこか見覚えのある、金属鎧を着込んだ男が現れてキョロキョロと周囲を見回し、彼も百々代を見つけて歩み寄ってくる。
「どうも。ダンジョンの攻略をしていたらこんな場所にたどり着いてしまったのですが、……ッ!お前は、…ローカローカか!」
青年然とした顔立ちとは似つかわしくない雰囲気をまとった男は驚愕の表情をし、興味深そうに百々代の頭の上から足の先までを確認する。
「…あー、あっ!勇者!超えずあるって、そういうこと?!」
「お前もダンジョンで強敵の間なる場所に踏み込んだのか」
「はい、そんなところです。今は人へ生まれ変わって篠ノ井百々代としての、新たな生を歩んでいるところなんですが」
「人に生まれ変わった…?サテーリア、おーいサテちゃーん、聞こえてますかね?…通じないか。…人族に化けているのではなく、人族に生まれ変わったのか?」
「そうです。人から生まれて人として生きています」
「なるほどとなると、星の緒であり星の楔であるとする説は信憑性を増すな。…今はどこの国にいる」
「百港国という島国ですよ」
「…聞いたことのない国だ」
「星の並びが違うので、住まう星が違うのだと思いますよ」
「そういうことか…。すまない、自己紹介が遅れたな、私はアレックス・リーチ三世、ローカローカを討ってしまった勇者だ」
アレックスも腰を下ろしては、水筒から水を飲み一息つく。
「討ってしまったとは、不本意そうですね。あれだけの大龍を倒したのですから、さぞ誉れ高かったのではないのですか?英雄劇で語られたりっ!」
「…やっぱりか。お前は意図的に私達に倒されたのだな、悪を演じて」
「演じるも何も龍は全て生まれながらの悪なのではないのですか?貴方が言った言葉ですよ」
「基本は暴虐と悪の化身だ。だが…ローカロ―かの生前の行動を精査した結果及び人族への転生を考慮して、中立性の存在であると私は考えている。暴虐性はあるようだが」
「行動と人への転生ですか」
「龍族というのは圧倒的な力を以て他族を支配し搾取することを行動の主とする。故にローカローカの縄張り内の人族は支配下にあると思われており、大戦時の大暴走を経て多族から危険視され私達が向かうことになった」
「あー、魔物だか魔獣だかが縄張りに攻め込んできたあの件ですね。今思うと周囲のことも考えずに暴れすぎてしまいました…」
「然しいざ討伐して蓋を開けてみれば、そして生贄や金銀財宝の要求した形跡と記録はなく。人族自体は他の土地と自由に関わりを持っていたり、…人に紛れていたのも娯楽を得るためだと結論だされた」
「すごく…研究されたんですね、わたしのこと…」
「今では博物館が建っている。星の果てを守っていた守護龍なんて言われ、生前に集めていたで品々は丁寧に手入れと封印処理を施され保管、展示されている」
「もしかして…英雄との写真とか、が、頑張って描いた塗り絵とかも」
「ああ、もちろんだ。塗り絵に関しては遺龍物化してしまったので、非常に大掛かりな封印処理がなされているが」
「ぐぅ…」
遺龍物とは龍族が作り上げられた呪いの品。基本的に周辺を汚濁する呪いを振りまくもので、展示など出来るはずもないのだが…。やってのけているとのこと。
百々代は今までの人生で最も重篤な損傷を受けつつ、アレックスの話しに耳を傾ける。
「それで後者の転生だが、人族へと転生できるのは善性若しくは中立性の神族に限られている。これに関しては神族の成り立ちの話からしなくてはならないから省略しよう」
「つまりローカローカはどちらかの神族であったということですか?」
「今の人として生きる百々代さんの姿を見る限りは。今のところ中立性の龍族であったと公表されているが、今後変わる可能性は否定できない」
「…、…なるほど」
(とんでもないことになってるなぁ…。まあいい…かな?もう関係ないし)
「一応ですけど、ローカローカそのものの魂…みたいなのも取り憑いている状態なんですけど、それでも問題は?」
「純系の神族が転生すると器に入り切らず、魂魄の一部がはみ出たり分裂することはままあるので許容範囲内だ」
「へぇ。終わってしまった生涯なんでもう関係ないですが、神族だったとは驚きです」
「…。その。一方的に斬り掛かったうえ、会話を試みる貴殿の提案を撥ね退けて殺害してしまったことこの場にて謝罪させてほしい。誠に申し訳ございませんでした」
「誰にでも間違いはあります。その謝罪を受け入れ、罪を赦します」
「ありがとう、ございます。この二〇〇年、罪もない相手を討ってしまった事を恥じており、赦しを得られた寛大な御心に最上位の礼を」
さっと鎧を消し去り、何処からともなく仄かな光を放つ剣を床に置いては、深々と礼をしてアレックスは感謝の意をしめしたのである。
―――
「えええええ!!英雄劇って創作作品だったんですか??!!」
「やはり知らなかった、か。夢を壊すようで悪いのだが、子供向けに道徳心を学ばせるための教材兼娯楽として作られている」
「そう、だったんですね…」
(これはショックでだろう、私にも経験がある…。憧れ信じていたものが空想の存在であったなど…)
わなわなと震える百々代にどう声を掛けたものかとアレックスが悩んでいれば。
「やっぱ人って凄いですねっ!!」
「は?」
「あんなに心躍る作品を創作として書き上げて、格好いい演出を考え出し披露する。どうにかして百港国でも流行してくれないかな~」
意外と問題なかった事に安堵しつつ、意外と精神が丈夫なのだと感心していた。
「ということは、やっぱりわたしとアレックスさんの戦いは」
「実話物もなくはないはずだが、ローカローカは人々を守った話が美談として語られているだけで、勇者アレックスの名前をだそうものなら…」
自虐的な笑いで言葉尻を濁してく。
「じゃあ巨大大具足は」
「ない」
「そうですか…残念です」
「…その不都合でないのなら百々代さんのこれまでの生涯を聞いてみたいのだが。転生の原因が私にある故、幸福であればと」
「えへへ、いいですよっ」
要約して語られた一八年の生涯に頷きながらアレックスは、過酷な道を歩ませなかったことに心の重りを下ろして楽しそうな笑みを浮かべていた。
そうして、語り終わると同時に部屋の中心には扉が現れて。
「「…。」」
「これで終わりでしょうか」
「終わりのようだ」
「力を示せと書かれていたんですが」
「十分な力を見せてもらったよ。そして私はローカローカ、そして百々代さんという自分の過去へ向き合うことが出来た。はぁ…有意義な時間だったよ」
「それは良かったです。標神のサテーリア様やお仲間さんにもよろしくお伝え下さい」
「ああ、彼女も気を揉んでいる部分があったから伝えておこう。あの戦いに同行していたものらは既に天寿を全うしているから墓前で語っておく」
「…そういえば、二〇〇年とか言ってましたね」
「私なりの贖罪として神呪を施し生きながらえ人族の為に戦っていたんだ」
「ならこれからごゆるりとお過ごしください、勇者様」
「悪いが私には新しい目標が出来てしまったから、もう少し色々と動くつもりだ。…民の為に戦う若き勇者百々代よ、貴殿の剣が折れぬこと、そして幸福な生涯を祈っている」
「勇者…ですか。」
「ああ、百々代さんは間違いなく勇者だ。運命に選ばれた者としての勇者ではなく、危険を顧みずダンジョンから溢れ出る敵を事前に対処する者としての。二〇〇年物の大先輩である燦煌聖剣の勇者アレックス・リーチ三世が認めるんだ、…胸を張ってくれると嬉しい」
「わかりましたっ!わたしに出来ることは、限りがあります…ですがその範囲の中では勇者に認められた者として尽力しますっ!」
「くく、その心意気だ。では、さようなら…は寂しい、…また会おう」
「はいっ!また会いましょう!」
二人は握手を交わし同じ扉から出ていく。
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