一八話⑪
七階層八階層を四日掛かりで探索した巡回官らは、もしかしたら九階層は回廊階層ではないだろうかと予想をしていたのだが、それは外れて今まで通りの広間が広がっていた。
「…よし、運搬と護衛も終わった。俺たちは外へでよう」
「流石にずうっと暗がりは堪えるものがあるからね…」
篠ノ井夫妻は六階層から探索詰め、遂に一帆が限界を迎えることとなった。暗所での探索は五、六日が彼の限界ということだ。
「背負っていこうか?」
「…、……いや、止めておこう」
疲労もある事ながら、人の多い猫足の管理区画を妻におぶられて移動する羞恥には勝てず、自らの足で歩いて袋小路へと向かう。
「湯浴みしたいねぇ」
「ああ、湯が恋しい」
「一緒にする?」
「…好きだな本当に。二人で使える浴場があったらな」
「いいんだ、冗談のつもりだったんだけど」
「ふっ、隅々まで洗ってやろう」
「なんか手つきがやらしいんだ〜」
くだらない話しをしながら二人が迷宮の外に出てみれば、管理区画と猫足の村はかなりの発展を遂げており、感嘆の声を漏らしていた。
「新規迷宮が珍しい、とは知ってたけど凄いね、これ」
「人の出入りが多いとは思っていたが、ここまで賑わっているとはな」
これに携わったのは言うまでもなく颯。虎丞の苦労顔が浮かぶようである。
迷宮門を覆う建物から出て眩しい陽光に顔を顰めていれば、小梧朗らと顔を合わせる。
「どうも、お二人は今出てきたところですか…?」
「そうだ。良い区切りを見つけていたら、そこそこの長丁場になってしまってな」
「頑張りますね、じっくりと身体を休めてください。浴場なんかも別個に建設されたみたいなので」
「汚れついでに疲れも流れ落とせそうですねっ!」
「…お前らは今から潜るのか?」
「はい、そうです。六階層が構造変化をしてしまったみたいなので、再挑戦にと」
「…無茶はするなよ」
一言だけ告げて一帆は歩き出し、百々代も激励しては後に続いていった。
―――
小衣と直睦が擲槍を放って銛持ち三匹を潰し、小梧朗が瀕死の相手を潜り抜けては杖持ちへと接近する。
(放電するのは銛持ちだけって、信じますよ!百々代さん!)
心の臓腑が冷える思いをしながら成形剣で杖持ちの一匹を撃破、残るもう一匹への攻撃は踏み込んでも届かないと判断し。
「駆刃!!」
斬り上げに魔力を乗せては口頭起動にて駆刃を放てば問題なく真っ二つに斬り裂かれて落ちた。対峙した泳鰭族は五匹を三人で難なく討伐できた事に喜びつつ、猛烈な安母尼亞臭に慄いて直ぐ様逃げ去っていく。
「なんとかなったね~」
「咄嗟の遭遇戦でもなければ問題ないということだ」
「百々代さんの助言もあったしな」
「噂を聞く限り凄い二人っぽいよね」
「どんな噂が?」
「興味あるんだ~、むっつりさんめ。結構有名らしいんだけど、百々代さんは市井の出身で第一座まで上がったんだって」
「市井から?仕組み的に難しいだろう。噂なんてのは尾鰭背鰭が付きやすいものだ、無闇矢鱈に信用しないほうが良い」
「それもそっかぁ」
「僕的には市井出身というのに驚きだけど」
「逸材が転がっている可能性も考えて、市井からも人を募れる仕組みができれば迷宮管理局の人手不足も解消されるのだろうか」
「難しい問題だよね、島政省のお偉いさんの領分だし」
「…よし、完全に泳鰭族は消えたし、雑談は終えて先に進むか」
「だね~」「了解」
―――
次に回廊階層を見つけたのは一四階層。
「今からだと、流石に間に合わないかな?」
「三、八、一〇階層で構造変化をしているらしいし、…無理だろう。俺たちは颯の護衛もあるのだから」
「蘢佳の実地試験も試したいもんね」
宿舎の食堂で食事をしながら篠ノ井夫妻は予定を確認しつつ、一五階の首魁は諦める方針に定めた。
管理区画の建設状況も落ち着き、蘢佳のための戦闘を行える成形体も完成。迷宮探索以外にもやることが出来てきたので一旦の休息である。
「一五階層で終わっちゃったら」
「…その時はその時だろう。運が悪かったと割り切るさ」
「へー、意外」
「なんだ、百々代は知らないのか?俺たちを噂する他の面々のことを」
「噂?」
「強すぎる大型新人だとかそういうのだ。俺たちは既に頭角を現していて、巡回官の中ではそれなりに知れ渡ってきている」
「そうなんだ」
「ああ、俺も百々代も目立つからな」
片や金髪碧眼の美青年、片や独自の魔法を使う覚えやすい人相。苦戦する風もない二人の戦いぶりに、多くの局員らは驚く他ない。
「待たせたな!」
「おはよー」
「おはよう、百々代くん。さあさあ迷路迷宮の初探索!心做しか吾も少しばかりわくわくと胸を高鳴らせているぞ!」
「逸る気持ちはわからんでもないが、食事くらいはしっかりしていけ。潜ってからは碌な食事ができんのだからな」
「それもそうか」
職員から食事を受け取り、腹ごしらえをしながら大まかな内部の構造等を説明して、ある程度の目当てを付けて探索を行うことにする。
「触媒の調査は吾も協力しているのでな、杖と銛から水の射撃魔法への適正、擬宝足の箱から結界魔法の適正が発見されていることは知っている。どちらも微弱で他の素材を用いたほうが良いのだが」
「光る括岩蔦は生飾迷宮植物類の筈だし、その辺りを調査する感じ?」
生飾迷宮植物類は迷宮の構造変化と共に現れて、繁殖をすることのない景観的な植物。
「持ち出すと枯死してしまうからな!そして名前が付いてないと不便だから…光岩蔦とでも仮呼びしよう」
「光岩蔦ね、りょうかいっ!次階層に向かうための主要通路のは明かりとして維持されているから、逸れたところから採取しよっか」
「そのまま活用しているのか、承知した。後は…蘢佳くんの動作と戦闘が可能かどうかの試験運用だな」
「成形体を動かすところまでは可能だけど、細々したことは人の邪魔になならない迷宮内で確認しないとねっ」
狭い部屋内で派手な動きをしようものなら苦情も入りかねないし、宿舎の外は大賑わい。とりあえずで身体を用意し、戦闘用に魔法莢を用意しただけの段階だ。
「よし!食事も終えたことだ!向かうぞ、迷宮にな!!」
「おーっ!」
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