三話②
「安茂里工房の安茂里百々代です」
「ああ、君が。へえ、君は後ろから六番目、今年の第六座だから」
「結構上ですねっ」
「結構、なんてものじゃないよ。市井からの出身者で上位座に座れたのなんて今までで片手の指で十分足りるからね」
「おおっ、頑張った甲斐があります」
はくはくと口を開いては閉じてを繰り返すのは結衣。高い順位であるとは判っていたが、まさか上位座に着いているとは思いもせず、言葉を失っているのだ。
「篝火花男爵家の田沢杏でーす」
「篝火花男爵家の、田沢さんね。君も上位の第九座だ」
「わぁ、結構限限だけど上位に入れちゃったー」
結衣は険しい顔をしては恐る恐る莉子の順位を聞き、四二位という順位に、自身以外は上位座の集団に紛れ込んだ仔山羊でない事を安堵する。
「西条結衣さんは…三八位です。これからも頑張りましょう」
「中の上ってところね。莉子、学舎では一緒に勉学に励むわよ!」
「はい!」
友情を確かめ合い手を握りあっては高い壁を見つめる。
「わたしたちも仲間に入れてよー。ねぇ百々代も寂しいでしょ?」
「は、はいっ!」
「そうね、上位の二人がいるなら心強いわ。困った時は頼るわね」
「お力になれるよう勉学に励みますっ!あっそうだ、篠ノ井一帆様は第一座ですか?」
「ああ、そうだよ。いやあ凄いよね」
(第一座、凄いなぁ)
友達の高順位に微笑みを零して、案内の許で入場の準備をする。
―――
順々に新入生が足を運び、入場列が埋まり始めた頃。金髪の髪を揺らし堂々と歩く少年の姿に百々代の心は弾む。
身長は伸び百々代に迫るほどで、顔つきは前と比べて少し男らしさを得ている。
「百々代」
「一帆様っ」
「無事に入学できたようだな」
「はいっ!一帆様はお元気でしたか?」
「ああ、毎日勉学に魔法の修練に飽くことのない日々だったよ。…少しの物足りなさはあったがな」
「それはなによりです。えへへっ、聞きましたよ第一座だって。おめでとうございますっ」
「ありがとう。百々代も第六座だろう?これから共に鎬を削り合い更なる高みを目指そう」
「一帆様となら何処へでもいけそうです」
「ではまた後でな」
「はいっ」
百々代の手を一度握り、少し硬くなったかと思いつつ一帆は相好を崩して最後尾へと向かっていった。
(あらあらあらあらあら?百々代と一帆様ってそういう関係だったの?!ふたりとも満更でもないって感じよね!?)
会話こそ聞こえないが二人の様子を見た結衣は、嬉嬉として様々な想像に耽る。
―――
「ねえねえ君どこの子?篠ノ井一帆と話してたけれど金木犀の人?」
さわやかで人懐っこそうな風のある少年は、百々代の後ろから興味深そうに話しかける。
「安茂里工房の安茂里百々代です」
「聞いたことのない工房だな。僕は辰野駿佑、月梅領の月梅伯爵家から来てるんだ。というか凄いね、庶民で第六座でしょ?興味湧いちゃうな」
淡黄色の癖毛に人懐っこそうな相貌、ころりと笑えばご令嬢が熱を上げそうな紅顔の美少年だ。
「光栄です。これから学友としてよろしくお願いしますね、辰野駿佑様」
「よろしく。ところで彼、篠ノ井一帆とはどうやって知り合ったの?」
「入学が決定した際にお茶会への招待が届きまして、その時に」
「へー、そっから交友がある感じ。ふぅん」
(安茂里工房と篠ノ井一帆が懇意にしている、これが噂の二年前合格の庶民ちゃんか。しっかりと礼節が整っているところとか出しゃばらないところが好印象。背丈の栄養が胸に行って、そっちが出しゃばってくれたら悪くなかったんだけどなぁ)
高い背丈に胸の発達を期待した好色家な駿佑は、身体以外に得るものがあったと満足そうに微笑んだ。
「ところでさ、君がさっきまで一緒に話してた、灰色髪の女の子はどこの誰ちゃん?」
「大朝顔男爵家の平田莉子様です」
「平田莉子ちゃん、顔もだけど可愛い名前だね。今度さ僕に紹介してほしいな、なんて。聞いてない?貴族って縁作りも大事でさあ」
(あの子、着痩せしてるけど確実に秘めた果実が実ってるはずさ。僕の見立てに間違いはない!それに顔も好みだ)
(こういうのって勝手に頷いたりしないほうが良いよね)
「えっと。莉子様にお話を窺ってからでもよろしいでしょうか?」
「ぜーんぜん良いよ!無理繰り迫って逃げられたら困っちゃうからね、君は気遣いのできる素晴らしい人だね、安茂里百々代ちゃんは」
「ではまた後程」
「よろしくね~。そうだ、橋渡しのお礼ってわけでもないんだけど、今年にちょっとばかし喧しい庶民の入学者がいて、下島大吉っていうんだけど。同じ庶民として接点を作ってくるかもしれないから気をつけてね」
「…そう、ですか、ご親切にどうも?」
面倒な人がいるんだな、程度に心へ留めて、名前を呼ばれて入場していく新入生たちの背に視線を向ける。
今年の入学者数は一〇四名、この中で貴族の傍家を除く市井の出は一〇名と多くない。
一定以上の魔力質に魔法実技試験と筆記試験。突破するのに掛かる費用と時間を考えると、市井の中でも一握り子供しか入学が敵わないのだ。
大講堂には教師、在学生、そして入学生の保護者たちが立食会形式の社交をしており、新顔と我が子の様子を眺めては歓談をしている。
基本的に入場の際には、「大朝顔男爵家、平田莉子」の様に所属する家と名を呼ばれるのだが、上位一〇座は「第九座、篝火花男爵家、田沢杏」のように座も付けて呼ばれ入場する。こうなると会場の賑わいも増していき、優秀者の顔を拝み接点を作ろうと模索するのだ。
「次は君の番だね。じゃあまたね」
「またお会いしましょう」
「油菜崎男爵今井達吾郎後援、坂北爵士家よしみ師事、魔法実技首位、第六座、安茂里工房の安茂里百々代、入場」
市井からの出身者は講演者や師事を行った者を大きく紹介し入場するのだが、それ以上に魔法実技首位という一言で会場のざわめきは一層大きくなる。書いて字の如く、試験での魔法実技が一番であったことを指すのだが、貴族でないものがこれを冠することはほぼほぼ無い。
点差が合ったのならば所属する家の家格に応じて順位が決められ、魔法実技はある程度の実力が有れば満点として扱われる。学舎にてこれから学ぶものでも有り、一四歳にも満たない子供に多くを求めてはいないからだ。
ともなれば今年の水準が低いと勘ぐりがされるのだが、優秀だと囁かれる一帆が入学者に名を連ねている事を考えれば先ず有り得ない。
となると、百々代の魔法実技の才能が頭一つ抜きん出ていることの証左となる。
ちなみに第六座なのは、百港史の筆記にいくらか失点があったからで。
(第六座で魔法実技首位?一座下にとんでもないのがいるのか…)
(百々代が首位、つまり俺は実技次位。どこぞの教師が面白がった結果というわけか、…楽しくなってきた)
(ええーっ!百々代が首位?!高い位置にいるとは思っていたけれども!?)
「いやぁ…凄いね百々代ちゃん。よしみさんはこれから忙しくなりそうだ、…?」
様々な思いと視線が百々代に向く中。よしみは目尻に涙を浮かべ、教え子の晴れ舞台を歓喜しながら眺めていた。一〇年も勉学や礼儀作法、魔法の指導を行い面倒を見てきたのだ、寄せる感情も多くあろう。
「彼女のご両親にお見せできないのが残念ですね」
「ああ、そうだね」
会場を歩み、達吾郎とよしみを見つけては微笑み感謝の籠もった礼をしては、結衣らの許へと合流する。
「第六座でも驚かされたけれど、魔法実技首位なんてすごいじゃない。腰を抜かしかけたわよ」
「ありがとうございますっ、頑張った甲斐がありました」
(頑張りでどうこうなる話ではないけれども、知らぬが吉ね)
渡された果実水で喉を潤し、第五座の入場に視線を向ける。
「そういえば第五座の辰野駿佑様が莉子様に紹介を願いたいとの事でしたが、お返事はどうしましょうか?」
「えっ。月梅伯爵家のですか、ど、どんな方でしたか?」
「悪い方では無いと思います、気軽な接しやすい方でした」
「あら、いいじゃない。会ってきなさいよ」
「良縁かもよー。視線が少しだけ低いところに向いているっぽいけど」
「…。…誰かと一緒ならって伝えてもらえますか?」
「わかりましたっ」
入場した駿佑に百々代が視線を向ければ、「どうだった?」と言わんばかりな表情をして返答を待っている。
三人から外れて近寄れば、にこやかな笑みとともに迎え入れられた。
「どうだった?」
「誰かと一緒であれば、と」
「そう!なら今からご一緒しようか」
莉子へ視線を戻し、様子をうかがえば頷きが返ってきて、二人の顔合わせへと百々代は足を進める。
「はじめまして、僕は月梅伯爵家の辰野駿佑です。先程月光に照る淡い一夜花を眼にしたその時から、脳内に貴女で溢れてしまい安茂里百々代嬢の手を借りて、この場に参じさせていただきました。どうか、お名前を聞かせていただけないでしょうか?」
「はっはいっ、大朝顔男爵家の平田莉子、です。はじめまして」
「あぁ、なんて可憐な響きだ。きっと華纏う海馬ですら貴女を羨み、のぼせてしまうっ…!」
(わわっ!)(((うわっ)))
当事者の莉子はほんのりと頬を染め困惑し、結衣を始めとした三人はあまりの熱量に少しばかり引いている。
「あ、ありがとうございます…?」
「礼を言うのはこちらの方です、波の巡り合わせに、平田莉子さん貴女に感謝を。それでこの後に舞踏があり、どうでしょう一曲ご一緒してはもらえませんか?」
(ど、どうしたらっ?!)
(女は度胸よ!頑張りなさい莉子!)
(何かあったら杏たちのところに逃げてきてねー)
「よ、よろしくおねがいします」
友達からの後押しで莉子は駿佑の手を取ることにした。
―――
「筆記首位、魔法実技次位、第一座、金木犀伯爵家、篠ノ井一帆、入場」
(一帆様だっ!)
わかりやすく表情は華やぎ、よく見える位置へと移動していく。
(ねえねえ、安茂里百々代ちゃんって篠ノ井一帆に惚れてる感じ?)
(いえ、わたくしたちもわからなくて。ただ仲良くなさっているのは確かかと)
(お互い満更でもない感じだったよね)
(百々代ちゃん嬉しそうです)
入場した一帆は一直線に百々代の許へ向かい。
「百々代、この後は私と踊ってくれ」
「は、はいっ、よろこんでっ?!」
(((わっ、わぁ。)))(なんだ、篠ノ井一帆って案外に情熱的だったんだな。…悪くないぞ!)
驚く周囲に構うことなく、むしろ見せつけるように手を取り引き寄せては距離を詰める。そんな様子を見ては小さく拍手をする駿佑。
「ありがとう」
(んん??辰野駿佑は何故、楽しそうな表情をしているのだ?百々代を自分の勢力に取り込むつもりではなかったのか?)
そう、彼は百々代に話しかける駿佑の様子を見て、優秀な成績を持つ彼女を取り込もうと画策しているように見え、大胆な行動にでたのである。有り体に言えばヤキモチさんだ。
「あのー、一帆様?」
「なんだ?」
「実はわたし、舞踏はそこまで得意ではなくて…大丈夫でしょうか?武闘は得意になったのですか」
「安心しろ、百々代に合わせるさ。心配しなくて良い」
「ありがとうございます」
(…なにか変なつぶやきが聞こえた気がするが…気のせいであろう)
さて、波乱の幕開けとなった新入生の顔見せ社交会は、賑やかな様子で進められ優美な曲が流れるとともに会場の中央から人が引いていっては一組、二組と男女が手を取り合いゆったりと踊り始める。
慣れない新入生に配慮されてか、一般的に使用される楽曲とはことなり、踊りも肩肘張ったものではなくある程度自由の効くようになっていた。
一際周囲の目を引く一組が前に出れば、様々な憶測、噂が飛び交うが本人たちはお構いなし、律動に合わせて身体を動かし二人だけの空間を作り出していく。
「…身長を追い抜いてやったと思ったのだが、まだ幾分か百々代の方が高いな」
「まだまだ成長期で三人いる兄の内、二人を追い抜いたんですよっ。少し前までは周囲と違って可愛い服が着れないのが嫌でしたが、身体が大きいのは案外に役に立ちまして。一緒に迷宮の探索へ行ける時は、前衛をお任せください」
「踊り始めて気が付いたが…体つきがしっかりしたのはそういう理由か。魔法に武術に頼もしい限りだが、追い越すには一苦労しそうだ」
「既にわたしより上じゃないですか。第一座ですよ?」
「だが魔法実技首位は譲ることになった。俺はどちらも百々代に勝ちたいんだ、友として好敵手としてな」
「好敵手ですか。えへへ、主人公になった気分ですっ。負けませんよっ!」
「前世の言葉か。…前世の話は両親としたりは?」
「あんまり興味がないみたいで。二人の子の百々代として接してくれていますよ」
普段は見せることのない両の目蓋を薄っすら持ち上げては、見せつけるように視線を合わせては微笑みながら細めていく。
「…そうか。俺は少し興味があるのだが、可能か?」
「いいですよ、もう朧気なんですけどね。前世の殆どは地面を掘って石や鉱石を食べ、木々を食んで時折に湖で水浴びしていただけなので」
「どれ程の時を生きてきたのだ?」
「わかりません。時間を数えるという考えがなく、当時は時間の感覚を狂わせる瞳がありましたので。…強いて言うなら人が現れるより前からでしょうか」
「途方もないな」
「今思うと本当に」
取り留めのない話をしながら、見せつける為ではなく時間を共有する為だけに二人は踊る。
まあそれを面白くないと感じる者も確実にいるのだが。
誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。




