一八話⑩
百々代と一帆が広間に戻れば、七階層へと向かう一団が出来上がっており、居残りの防衛官へと地図の更新や入手した流物を手渡したりする。
「こちらが流物ですか」
「ああ、迷宮遺物ではなさそうな風で、通路内の宝物箱から見つかったからな」
発見物は焼物の杯。外側に風景と思われる絵が描かれてたり、内に人型のような形状の突起が作られており、飲み物を注いだところで大した量は入らない構造。
「中に水分を注いだりは?」
「していない。通路内で何か起こっても困るしな」
「それもそうですね。では試しに」
防衛官が魔法莢で水を注いでいけば途中までは問題はなかったのだが、人型の頭辺りを超えると底から水が漏れ出し、杯は空っぽとなってしまった。
「運んでる最中に割れてしまいましたかね?」
「それにしては途中までは問題なく注げましたし、迷宮遺物でしょうか?一定まで水を注ぐと漏れる杯」
「不便な…」
「一応見せてもらってもいいですかっ?」
「どうぞ」
百々代は杯を受け取って中を確かめるも、人型が外れるわけでも致命的に割れているわけでもない。
「あっ、底に小さな穴が空いてます」
傾けて内を調べている最中、底を見ることとなった防衛官が穴の存在に気がつく。
「本当ですねっ、…この穴は、人型部分に繋がっている、みたいです!ならどっかに…」
見やすいように明かりの傍へと歩いていって、人型部分を中心に調べていれば眼には見えない位置に穴があることを指先で確認できる。
「仕組みと漏れ出る意味は良くわからんが、何にせよ迷宮遺物ではなさそうだな」
「ですねー…。それではこちらで預かりますが、…購入します?」
「いらん」
「ですよねー」
愛想笑いの防衛官は地図と杯を改めて受け取ってから、自身の仕事へ戻っていく。
「わたしたちも七階層向かう?」
「荷運びは必要だろうし加わろう。…歩き詰めになってしまうが、まあいいか」
「それじゃあ伝えてくるねっ!」
「任せた」
百々代を見送っては地べたに腰を下ろして、水分と栄養補給に勤しむ一帆。
「あっ、さっき助けていただいた巡回官の!」
「ん?ああ、俺は金木犀伯爵家の篠ノ井一帆、あっちが妻の百々代だ」
「え、あー、ご結婚されてたのですね」
助けられた巡回官は百々代に視線を向けて、少しばかり残念めいた表情を浮かべている。まあ、そういうことであろう。
「…申し遅れました、本年から巡回官となりました燕子花男爵家の平原小梧朗と申します。先のお礼を改めてと思いまして!」
「直きに戻って来るだろうから本人に言ってやれ」
「承知しました!」
そんな話しをしていれば百々代と、小梧朗の仲間たち、御代田直睦と追分小衣も合流。簡単な自己紹介を終える。
「皆さんも今年から巡回官なんですね、わたしたちもなんですよっ!」
「え゙、お二人も、ですか…?」
同い年にしては強すぎる。それが彼ら、そして大体の者の感想であろう。
「金木犀学舎を卒業したばかりなんです。皆さんは天糸瓜学舎でしょうか?」
「はい、そうです。旅を出来るいい機会だと三人で話し合い、南方に行ってみようと沈丁花領で迷宮に挑んでいたのですが、新しい迷宮が連翹領に出来たと聞き、勇んできたのです」
「初っ端から痛い目には会いましたが…」
とほほ、と聞こえてきそうな自虐的な表情。
ちなみに魔法学舎は天糸瓜島に二つしか存在せず、島外から態々やってきていなければ、自分の出身でない方である。
「前線の階層はまだまだ敵も多くて大変ですからね。放電をしてくるのは今のところ銛持ちだけなので、魔法射撃での集中砲火で倒し切るか、放電は連続して行えない事を利用して誘発してから倒すといいですよ」
「なるほど。放電をしてくるのは銛持ちだけでしたか」
「三階層辺りで慣らしてから進めるのも悪くないと思うがな」
「そうですよね、私たちもそうしようかと話していたところでして」
彼らも巡回官となれる程に学舎での成績を修めている者たち、学舎外活動なんかの経験もあることから自身らの実力を客観視し、様子見に努めて戦えるよう慣らしていくようだ。
「俺たちは七階層へ行くとするか」
「うん。また会いましょうねっ!」
「は、はい!」
小梧朗はほんのりと頬を赤らめて百々代を見送るのだった。
「残念だったね〜、かっこいい男装女子にフラれちゃってさ」
「振られたわけではない、けど…まあ…残念だ」
「一杯奢ってやるよ、はははっ」
三人は一旦迷宮の外へ出て、賑やかに飲食をしたのだとか。
―――
半透明な海牛のような魔獣は一応のこと無害な中立存在として仮の認識をされ、暗灯魚と名付けられた。彼らは通路の脇をのっさり泳いでは括岩蔦を食んで光っている。
個体差は区々で基本は一寸二寸、百々代たちが見かけた個体は結構な大物だったらしい。
戦闘に巻き込まれた数個の死骸を回収して調査も行われ、毒もなければ現状何かの役に立つ存在でもないとのこと。味は…試した者がまだいない。
魔獣ということもあるのだが、こういった半透明の水生生物を食べるのは百港国の者からすると忌避されやすい。原因は水母にあって触手に毒を持つ彼らは、身体にも毒があると考えられていたからだ。
平豆群島の一部では食されたり一部の美食家が好んだりするのだが、やはり一般的に半透明の水生生物は食べたくないものの筆頭である。
そんなわけで食べられる心配も触媒として捕まる心配もない彼らを横目に、一団は順調に足を進めて七階層へと到達した。
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