一八話⑧
宿舎に戻ってみれば、ややげっそりとした様子の虎丞と顔を合わせる。
「お二方お戻りになりましたか」
「……大変だったみたいだな」
「ええ、非常に。お二人の部屋は――」
と簡潔に説明だけして食堂へと歩いていく虎丞を労い、階段を上がっていく。
調度品など殆どない出来立ての新築。真新しい木材の香りを楽しみながら、足を進めて百々代と颯が共同で使用する一室。簡易工房に向かってみれば六角魔法莢を組み立て終わった颯と見える。
「ようやく戻ってきたな!フハハハ、外の様子は見てきたか?」
「凄かったよ、樹董龍とか蘇鉄族の素材で植物関連の魔法を作ったの?」
「ああ、そうだ!大工曰く、丸太をそのまま素材には出来ない乾燥が必要だ、とのことで先ずは木材の乾燥を促す魔法、そして木材への加工を簡単に行える魔法、あとは蘇鉄族の脚部から樹木を操作する建設用の道具を作り出した」
木窓を開き、大凡の場所を指させば魔法仕掛けの道具を用いて木材を軽々釣り上げては、高所の大工に渡している最中。
「おー、順調な感じなんだ。莢動力船の動力機構になる日も近そうだね」
「動かせる素材が木に限られているから強度の問題もあるが、中々使い勝手の良さそうな魔法に仕上がっているぞ!」
「笹野街で色々と試した甲斐があったねっ!」
「ああ!」
一旦腰を下ろし、虎丞の代わりに百々代が飲み物を用意していく。
「そういえば声帯を成形獣に仕込みたいんだけど、どうしたらいいかな?」
「声帯か。前にあったな、遠隔で情報を伝え合うために成形獣を用いて会話をしようとした試みが」
「そんな事も考えられていたのか」
「船上なんかで連絡を取り合えれば戦争に役立つだろう?」
「なるほどな」
ガサゴソと家鞄を漁って、やはり直ぐには取り出せず中に入ってはいくつかの資料を持ち出してきた。
「その時は群島の賑口鸚哥を雛形に作り出そうとしていたが、飛行と視覚共有、言語発声を陣に落とし込むには難しく、揺れる船上での操作に難があると頓挫したらしい」
「船上での運用が主だから鳥でな」
「かなり陣がごちゃつきそうだね、…うわぁやっぱり。えーっと…、……この辺りが発声に関する陣部分かな、となると」
百々代はさらさらと陣を描きだして、簡単な構造を魔法陣で作り込んでいく。
「動きの落とし込みなら、ここを弄って――」
「ここはこうした方が良くない?」
などと話しを進める二人を見つつ、一帆はゆっくりと珈琲を楽しんでいく。
「今更だが、なんで声帯のある成形獣が必要なんだ?」
「なんかね、ローカローカの魂とでもいうのかな、残滓みたいなのがわたしの中に有るらしくて、操作圏から外れた武王を動かしてみたんだよ」
「操作圏から外れた成形獣を?不可思議な。…ただ、興味深い!是非協力しよう!」
魂云々ではなく、成形獣に関しては興味を持つ当たり颯といったところ。
二人があれこれ賑やかに成形獣の魔法陣を引いていれば、虎丞も戻ってきて一帆と雑談を始める。陣だ触媒だ、なんて詳しい話にはついていけないようだ。
しばらくして六角式の魔法莢が一つ出来上がり、百々代が起動、そして主導権を手放す。
「起動。成形獣、試験一号」
…。動かなくなった一尺の人形のような成形獣は、ピクピクと身体を動かしては起き上がり、自分の姿を改めたり歩き回ったりする。
「前のと比べて動きやすい!おっ!声も出る!おおー!」
人形が独りでに動き、自身の姿に感動している姿はやや不気味であるが成功らしい。
「手前は元八眼百足の二町龍ローカローカ!今ここに参上!」
格好いい構えを決めているようだが、如何せん大きさは一尺。可愛らしい、若しくは面白いの部類になってしまっている。
「おー。無事動けたみたいだね、なにか問題とかありそう?」
「いんや、全く無い。流石百々代とその友人たる颯殿」
(濃いのが増えましたね…)
「吾らの事は知っているのか」
「百々代の目を通して見ておった故」
「…なんか話し方変わった?」
「ふっふっふ、百々代には人として生きた期間があるとはいえ、根源が同一。となると人格が被ってしまう可能性を考慮して、口調等を変えようと思った次第でござる」
呑気でお気楽な点は結局変わっていないということ。
「ふぅん」
「そんなわけで手前は前世に人から呼ばれた名を捨て、新たな生を謳歌したい。先ずは名をくれぬか百々代たち!欲を言うなら色々としっかりした身体も欲しいのだけど、それは追々頼みたい」
名前か、と四人は考え始めて。
「じゃあ蘢佳で」
「案外にそのままだけど、まあいいかっ!へへ、グラシアス。ならば手前はこれから蘢佳、生ける成形獣なり」
「ところで蘢佳くん、君の意識はどっちあるのだ?」
「成形獣だね」
「どれだけ離れられるか試してみよっか」
「ああ、試験は大切だ!蘢佳くんはここに残って百々代くんが外を走ってもらおうか。二町半も行けば結果は出よう」
「りょーかい、ちょっと行ってくるねっ」
元気溌剌、百々代は宿舎を飛び出しては走り去っていった。
「意識はこっちにあると言っていたな?今、百々代の視界を覗き見たりできるか?」
「ちょっと、…暫し待たれよ。……無理だね、何かしらの繋がりは確かに感じるんだけど、それを逆手に取って何かすることはできない」
「そうか。なら就寝時はその姿でこの部屋を使え、いいな?」
「え。あー、交尾を見られたくな、ッ!」
「当たり前だろう。ここで氷片に変えられたくないのなら、肯定をしろ」
「はひっ…」
百々代の内からしか見えていなかったので、厳しい一帆の表情に蘢佳は泣きそうになっていた。涙を出す機能はないが。
雑談をしながら過ごしていれば、蘢佳の持つ記憶はやはり廃迷宮後からとなっておりそれ以前の記憶はなく。百々代の記憶を読み解く事もできないようだ。鰭に絡まった海藻の様な状態と評された。
「百々代くんの脚力なら既に範囲外であろうが、動かなくなる様子はないな」
「これなら色々と盛っても稼動域を確保できるのではないか?」
「ああ、武王の基礎を蘢佳くんに置き換えればどうだろう」
「いや、それはちょっと…。百々代に引っ付いているのは確かだけれど、半ら別の存在になっている今、思考は別々だし、言語化しないと意思疎通も出来ないんだよ。間近で見ていたのは確かだけど、あの動きを確実に熟すのは無茶だし、動きが噛み合わなくなるね」
「なら別物と。何か要望はあるか?」
「手前は人型がいい。木を操る魔法があったよね、アレを長棍にして変幻自在の棍術で戦いたい」
「なるほど。百々代くんと相談だな」
「へへ、これで手前も勇者だ!」
悪役として華々しく散れた蘢佳、彼女の次の目標は勇者のようで楽しげに笑っていたのだとか。
ちなみに出ていった百々代だが、調査の序でに鍛錬の走り込みを行い半里先まで走った上、迷宮にも試しで入り未だ動いていた蘢佳に驚いたのだった。
―――
夜の時。耳を擽る百々代の寝息に満足しながら一帆は頬を撫でて微笑む。
ここ数日の疲労を気遣ってゆったりと眠れるよう先に就寝した妻を、起こさぬよう秘かに愛でる。実際のところ一帆は疲労困憊であり、閨事をするとなれば少しばかり厳しいのが現実。
体力こそそこそこに付いているのだが、どこでも寝れて疲労回復に尽くせる程は鍛えられていない。柔らかな寝台でぐっすりと寝たいのだ。
「愛しているぞ、百々代」
「…ん」
(夜のひと時を見られていたと思うと、…はぁ言いたいことはいくつも有るが、これからは安全なのだから良しとするか)
意図して行った好意ではないのだが、嫌なものは嫌で腹を立てないのは無理という話し。
寝付いた百々代は多少のことでは起きないのは、今までの同衾で把握しているため軽く口付けをしたり手を握ったりと一人で楽しむ。
(いつもながら本当に無防備な寝姿だな)
眠気に襲われながら、学舎を卒業しても周りは賑やかだと思い、逃れられない性なのだろうと諦める。昔の、百々代と出会う前であれば嫌がったであろう賑やかさも、今となっては日常の一部。慣れか、諦めか、順応か、と考えては目蓋を閉じて百々代の吐息を子守唄に眠りに落ちる。
―――
星の果てのモンターニャ、そう呼ばれた土地は数千数万数億と長い期間を大龍の縄張下にあった。正確には誰も来ないようなところで、ローカローカは狂った時の中を岩と木々を糧にただ生きていた。
星誕の時、創星紀に生まれたローカローカは始神紀、闢神紀、零神紀、降龍紀、龍魔紀等の長い時を歴ても、神族龍族魔王族という三大支配史族との関わること無く、穏やかな生涯を送っていた。
そして数多の神々が討ち取られ、転生を経ては人種族が生まれる渾烙紀、彼らが繁栄を始めた明人紀に出会いを果たす。
「偉大なる山の龍ローカよ、我らに雨の恵みを与ええ賜う。龍の好む金銀財宝は無くとも生贄たる生娘は用意した」
『…?』
言っていることは伝達視の緑によって伝わっている、ただ理解が出来なかった。大龍であるローカローカにとって小さな獲物を追って糧にするなど非効率、そこらの岩や木々の方が楽で鱈腹食べられる。
故に小さな人族の一匹を贈られたところで関心など持てず、無視してそのまま過ぎ去っていった。
「そんな…果ての地に追い立てられた我々はどうしたら…」
地べたに手をつき頭を垂れて困窮に喘ぐ人族の声は届いていなかったのだが。
(水浴びがしたい)
山にあった湖で体躯を清めたいと思ったローカローカは、浮き渡る黄の力を用いて飛び上がり、湖に飛び込んで鱗の汚れを落としていく。
するとどうだろう、湖の畔、その一部が決壊し川となり麓へと流れていく。
(あっ…)
みるみると減っていく水位、燥ぎすぎたと反省はするも水場は一つではなく、必要に応じて別の場所に行けばいいとローカローカは呑気に食事へと戻っていった。
これにより麓の人々は旱魃の危機を脱し感謝をするのだが、あくまで龍の気紛れに過ぎず当事者たるローカローカは預かり知らぬ事である。
それから幾度も人族は願いを龍に語るのだが、その全ては無視され次第に時の狂った山へ向かうものはいなくなり、八の眼に百の足がある二町もの体躯をした龍がいる、とだけ伝えられるようになった。
人族に神族が積極的に加担し、龍族魔王族との大戦争、三配二分大戦が始まった頃。果ての地に住まう人族の街へも魔王配下である魔物が押し寄せてくることとなった。
この地はどの三大史支配史族からも見放された場所であり、彼らを庇護する者は誰もいない。…というのも、古く太古から誰も正体を知り得ない巨大で悍ましい生き物がいると三族は誰も近寄ろうとしなかった、というのが真実。
そんなわけで窮地に立った人族は藁にも縋る思いで、入山しローカローカを見つける。
「八眼百足の二町龍ローカローカよ、この地へ魔物の群れが押し寄せてきて、貴方様の支配域を奪おうとしております!どうか、我々に加勢くださりませんか?!」
「侵略者、か」
「ぜ、是に…!」
「ここは、ここは!わたしの縄張りだ―――ッ!」
同じ山に住まう動物が草木を食んでいようが気にする風もなかったローカローカだが、縄張りを侵されるのは度し難いことだったようで、怒髪天を衝くとはまさにこの事。
咆哮と共に飛び上がり宙から敵を見つけ出しては急襲、大暴れしては怯え壊す金をなんの遠慮もなく使い、大地ごと破茶滅茶にして戦い、いや虐殺を終わらせた。
これにより彼の龍は非常に危険な存在だ、怒らせてはならぬと山を禁足地へ。一部の者たちからは危険視されることとなり、討たれる切っ掛けを自身で作ったのであった。
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