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一八話⑦

襟巻えりまきですか。」

「襟巻きだな。…襟巻きの迷宮遺物だとなんだったか」

 宝物殿の箱に収まっていたのは冬場に防寒として首に巻く襟巻き、ではなくお洒落用の一品。少し光沢のある生地は白を貴重としており、端には蹄鉄ていてつ刺繍ししゅうが一点あしらわれている。

幸除さちのけけはもっとゴワッとした防寒用の襟巻きだしな」

「蹄鉄の刺繍、あー」「あー」

「「帝馬ていま首織くびおり」」

 どうやら迷宮遺物に詳しい面々は理解できたようで、顔を見合わせては同じ名前を口にする。

「なんなんですか、それ」

「帝馬の首織りはな、馬の胸懸むながい…胸のあたりの馬具に巻いておくと馬の機嫌が良くなり、馬に気品が宿る迷宮遺物だ。あんまりにも気難しい馬には意味がないらしいが、普通の馬であればどんな馬でも直ぐ様機嫌を直して品のある走りをしてくれるのだ」

「馬用の迷宮遺物なんてあるんだ」

「馬具そのものが迷宮遺物で出てきたりもするな」

「色々あるんだね」

 一帆は僅かに考えたものの「いつでも買えるか」と一人納得し、他の面々と共に優先権を手放すことにした。


「てなわけでこっからは六階層なわけだが、俺ら小諸こもろ隊は外に出て陽の光を浴びてくる。お前さん等も長く潜りすぎて土竜もぐらにならんようにな。出れなくなるぜ」

 これは新人である篠ノ井(しののい)夫妻に向けられた言葉であろう。出来る出来ると迷宮に潜りすぎると、特殊な環境故に身体を壊しやすいので勇魚日いさなび様の目の届くところに行けというお達しだ。

「一旦戻ってみるか、はやても置いてきぼりだしな」

「だね、お日様が恋しいよ」

 そんなこんなで百々代は防衛官の設備設営の手伝いだけ軽くして、二人揃って広間から伸びる袋小路に足を向けては迷宮を出る。

 迷宮外に出て眩しい陽光に照らされるのだと思っていれば、特殊な環境から戻って来る局員への配慮なのか迷宮門の場所は屋内へと移動している、わけではなく迷宮門を中心に建物の建築が終わっていた。


「…わぁ、数日潜ってただけなのに随分と様変わりしたねっ」

「区画壁こそないが、中々賑やかで管理区画と言えるのではないか?」

「うんうん」

 見渡す限り新築の木造建築。こんなに手早く建つものなのか、と建設中の区画に視線を移せば防衛官らが植物系の魔法を用いて、建設作業をしており二人は納得の表情を見せる。

「なるほどね、多雨たう迷宮の素材なんかを大盤振る舞いした感じだ」

「植物の魔法を用いた木造建築、上手いこと考えたものだ。…周囲の森林が禿げてしまわないことを祈ったほうがいいかもしれんな」

「それは大丈夫じゃない?ほら」

 百々代の指さした方向には馬車で丸太を運んでくる商人の姿。利に聡い彼らが利率の悪い丸太なんかを運んでくるのだ、よっぽど美味しい現場なのだろう。

「なんとなく、どうやって黒姫家が傾きかけたかわかった。アレは人を引き付け動かす魅力と利益があるのだろうな」

「凄いよねっ」

 などとのんびり離しながら人波を歩いていれば、学舎で見知った者を見つけて、あちらも百々代たちを見つける。


「篠ノ井百々代と篠ノ井一帆じゃないか、どうして…というのは可笑しな話か」

「巡回官だからね、迷宮に潜ってお仕事の最中だよ。大吉だいきちさんは?」

下島しもじま商会は隣の月梅つきうめ領に居を構えている。隣領で新規の迷宮が発生したとなれば、これ以上美味しい話はない。大手を振って商いに来たところだ」

 同窓の友、下島大吉だ。二年末の実技試験前後から貴族嫌いの刺々とした風はめっきり消え去って、学舎で作り上げた伝手を上手く利用し下島商会を盛り上げるために日々尽力しているとのこと。

「そういえば月梅領だっけ。駿佑しゅんすけさんと莉子りこちゃんは元気?」

「前に会ったのは残夏ざんかの半ばだが、あいも変わらず仲良くしていたな。というかだ、隣の領地なんだし仕事に区切りが付いたら会いに行けばいいだろう」

「そうするよ。で、お前はなんの商品を抱えてここまでやってきたんだ?」

「食料やなんかの生活物資だ。…だが、まさか丸太が売れ筋だとは思わなんだ」

 溜息を吐き出し、こんな状況を読めるか、と肩を落とす大吉である。一応の当事者である篠ノ井夫妻ですら予想できなかったのだ、隣領の一商人では厳しかろう。

「流石に今からじゃもう遅いよね」

「波は引いてしまっているよ。魔法莢研究局員が新しい魔法を携えて既に到着してるなんて、…驚きしかない。そうだ、君たちは魔法が好きなのだし、会ってみた方がいいのではないか?」

「あはは、実はわたしたちの同行者でね。新しい魔法っていうのも、前に潜ってた迷宮の産物なんだっ」

「はぁ~…そういうことだったのか。…」

(なあ、とびっきりの、なんて言わないからちょっとしたお零れ話はないかい?)

 なんだかんだ垢抜けた大吉は調子の良い青年のようで、同じ学舎で競い合った仲だと儲け話に探りを入れてくる。


「俺達がそんな事に詳しいと思うか?」

「…。金子きんすには困ってなさそうだ」

 考える風にして一帆は手元で簡単に文言を書き連ね、何気ない仕草で大吉へ手渡しては百々代と二人、宿舎へと足を向けて去っていった。

 「篠ノ井、西条にしじょう今井いまい商会連盟と黒姫くろひめで次世代船に関する大きな案件が有る。上手くやれ」と書かれた簡素な紙切れ。

 学舎に居た頃では想像もつかない意外な梯子はしごに、大吉は目を丸くしては紙切れと一帆を二度見三度見して、先ずは何処へ掛け合って小さな小さな梯子を活用するか考えを巡らせる。

(一人では篠ノ井一帆の学友でも取り付く島はない、巻き込むなら…辰野たつの家、だ)

 ぶら下げられた野菜をどう料理するか、彼は楽し気な笑みを浮かべながら商いへと戻っていく。

茶臼山ちゃうすやま火凛かりんと篠ノ井一帆を巻き込んで良かった、なんて。あの我の強いお嬢様はどうしてっかな)

 友人を懐かしみながら。

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