一八話⑥
潜った先の五階層は古海底迷宮のような海底を模した大広間。降り注ぐ眩しい光を眩しく思いながら、手を庇代わりに周囲を眺めていれば、よく目立つ首魁が宙を泳いでいる。
全長は一〇間ほどで泳鰭族の様に人とそう遠くない上半身に鱶の下半身。違っている点といえば異様に大きな体躯と泳鰭族よりも二本多い腕であろう。四本腕には槍と盾、そして杖が二本握られており厄介な戦闘になると二人は確信した。
「うへぇ、小判鮫みたいに泳鰭族もいやがる。おっと気付きなさった、さっさと遁ずらすっかね」
「了解ですっ!…おわっ!」
「やべっ!」
気付かれた後も二人は直ぐ様引く様子を見せず大泳鰭族が襲い来るのを待ち、高圧水線魔法を放たれ手前の岩が真っ二つに割られてから、顔を見合わせ急ぎ逃げ去っていった。
「てなわけで上か岩を切断するような水の魔法を放つ巨大な泳鰭族が首魁だ」
「追従していた泳鰭族は八匹、巨大泳鰭族は地上から…二五間強付近を泳いでいたかと思います」
「出た先からどれだけ離れていたか推測を出せるか?」
「二から三町ですね」
「なるほど、俺の出番というわけだ」
「だねっ!」
「なんだ、有効手段を持っている口か?」
「謀環を所有し高威力の魔法もある、適任だと思わないか?」
「ほほう、いいねぇ。そんじゃ撃ち出すまでの時間稼ぎと防御を考えないと」
「防御は…修さんに任せてみては如何でしょう。今は来てませんが、直きに潜ってくると思いますよ」
「修之字か。だがあいつは二階層で遊んでたし、上まで呼びに行ってみるか」
それから一日と少し。休息や巡回官の人手を増やしては、首魁たる大泳鰭族へと挑む。
「そんじゃ防御は修之字が中心となって、攻撃は篠ノ井の一帆さんが担当すると」
「敵の攻撃を散らす囮役はわたしが担当します」
「結構な威力だったが、…耐えれんのか?」
「いえ、躱します。足と眼には自信がありますので、見て避けれる速度の攻撃は当たりませんよ」
「そこまで言うなら任せてみっか。そんじゃ篠ノ井の百々代さんが前で魔法散らし、残りは言うまでもねえが防御と寄ってきた雑魚散らしだ、いいな?」
各々返事をしては準備を整えて、五階層へと潜る。
「ではっ、行ってきますッ!」
零距離擲槍を発条に底砂を巻き上げつつ百々代は駆け出す。
(囮なんだし派手にやろっか!)
「起動。成形武装。雷鎖鋸剣ッ!」
右手に鋸剣を握りしめ、騒音と閃光の化身と化した百々代は、高圧水線を軽々と避けながら歩みを進めて。
「甘いよッ」
三方から迫りきていた銛持ちを切り裂き死骸の一つに鋸剣を突き刺しては、零距離擲槍で加速した蹴り上げで上空を泳ぐ大泳鰭族と取り巻きへ百万雷を贈った。
上空で爆ぜた鋸剣は無数の雷を周囲へと撒き散らし、大泳鰭族の取り巻きを焼き殺すに至る。
これに怒りを露わにしたのは勿論相手さん、自身への攻撃か、仲間が討たれ事が原因化は不明。だが確実な怒りを以て百々代を睨めつけ、元々大きな口を喉の半ばまで広げて鋸歯を見せつけながら下降。
(狙い通り!後は一帆を待つだけ、ってね)
適度に擲槍で応戦しつつ水線と銛の刺突を回避し続ければ、一帆らのいる辺りから閃光弾が放たれて、発射の知らせを受ける。
「――大氷花!喰らえっての!」
(来たッ!すぅ…――)
擲槍移動で砂を巻き上げつつ不識で視線を切り去り、氷花に巻き込まれない範囲外へ相手の死角を通って移動していく。
距離による威力減衰の無効化、つまりは空気抵抗すら無効化させた覆成氷花は、音を置き去りにしてめ五階層を突き進み大泳鰭族の左胸へ着弾。無数の氷棘が体内を喰い破り、魔力への耐性なんぞなんのその、巨躯を串刺しにしては涙杖の効果で氷像へと変えていった。
完全に墜落した大泳鰭族は氷棘に貫かれ、上半身を氷漬けにされても未だに息があるようで、下半身を動かし氷を破壊するかの如く抵抗を試みている。
「悪いけどッ」
擲槍移動、そして相手の頭上で足を高く持ち上げた百々代は、
「もう、おやすみ」
零距離擲槍踵落にて止めを刺した。
「必要でした?防御担当って」
修太朗は特に出番のなかった事を笑いながら、周囲へと問いかけてみれば皆一様に肩を竦めたのだとか。
―――
「うげ、くっっっさ!撤退撤退!」
大泳鰭族が溶け出し、猛烈で殺人的な悪臭が放たれて巡回官一同は急遽回廊階層へと撤退していく。
「お゙お゙お゙ぇ゙っ゙、なんであいつ等あんな臭いんだよ…」
「あの大きさでは溶け切るのに暫く時間が掛かるだろう、後はどうする?」
「ちと休んで回収作業だな。いいだろ?」
「構わんさ。今回は上手くいっただけに過ぎないのだからな」
手柄の多くは篠ノ井夫妻にある。だが、自身らの手柄と成果を独占すること無く、参加した者全員が揃ってこその結果だとすることで、余計なやっかみを生まないようにする。
どんな場所でも二人のみでやっていけるとは限らないのだから、横の繋がりは大事にしなければならない。
金子に余裕のある二人だからこそ利益を二の次に、そして迷宮ついて教えたのが大嵐夫妻という面は少なからずある。
防衛官に好く思われなかったり、巡回官どうしで諍いが多いとやっていくのは厳しい業界なのだ。
「ところで百々代さんや、あのドーンと飛び出してった魔法はなんて魔法だ?何処で売ってるかの教えてくれると嬉しいのだが」
「零距離擲槍ですか、これは非売品でして」
「非売品ってえと、どっかしらの工房の試作品とかか?」
「そんな所です。わたしと黒姫工房の共同制作といいますか。元はわたし個人で制作した機動性を押し上げる魔法で、擲槍を足から射出し反動で身体を加速させてるんです」
「黒姫ねぇ、自作ってのも驚きだが、擲槍を足からなあ」
靖成は自身の足を見ては考え込んでいた。
「これ、纏鎧まで実質的に専用構成なんでお貸しするのお難しいんですよ。試す場合は時間を要する事になってしまいますが、…どうします?」
「纏鎧た専用ってと?」
「起動。一触二重纏鎧。この纏鎧は二重構造になってまして、衝撃を受け止める硬性装甲と衝撃を受け流し緩和する弾性装甲で、擲槍から自身へ来る反動を抑えているんです」
「するってえと百々代さん、なんかあった際の修理や調整は」
「他所では無理ですね〜。黒姫でも颯さんしか制作に携わっていないので、わたしたちの所まで来てもらうか、送りつけてもらう他ありません」
「独自品ってのはそういうところが不便なんだよな。説明してくれてあんがとさん、一般に販売することになったら知らせてくれ」
「はーい、…使用者を選ぶ魔法なんで微妙なところですが」
あはは、と曖昧に笑って百々代は纏鎧を解除した。
―――
改めて五階層へと潜ってみれば、大泳鰭族は既に消えており臭いもなく、大きな銛、盾、杖が落ちているばかりだ。
「大きいね、五、六間はありそう。持ち運びは切断して細かくしないと。盾は、どうしましょうか?」
「砕くしかありませんよ、これじゃ。収納系の迷宮遺物があるのなら使うのも手ですが、どちらにしろ外でも砕かれるのですから同じことです」
「それもそうですね」
「この大きさでは、…余程の収納系でも入らないがな」
「そうなんだ?」
「ああ、そうなのだ」
納得しつつ百々代は周囲へと視線を向けて宝物殿を探していくと、それらしい洞窟が一つ、そして二つ。浅い割に景気が良いと喜び報告する。
「二つ、宝物殿らしき穴が有りましたので、二手に分かれませんか?」
「そんじゃあ、いっせーのーでで分かれるか」
「「いっせーのーでっ!」」
百々代と一帆と複数人で洞窟の一つへ向かってみれば、中には何もなくただただ奥に続くだけの通路。
「これって、次階層への通路?」
「かもしれん、…一応のこと向こうと話し合って進むか。何かあっては面白くないからな」
思い出されるのは古海底迷宮から廃迷宮に繋がっていた事件。警戒を怠らず密に連絡を行ってから、複数人で通路を進めばいくつもの口が開いた広間に出て。
「六階層だね」
「ああ、首魁階層が終わりではないと。浅くない迷宮のようだな」
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