一八話⑤
ローカローカが百々代の内にいた、なんて驚きはあったものの、先ずは迷宮の攻略を進めねばならない。迷路を進み敵を倒し、宝物箱の中身を回収していれば、進めそうな場所は大方探索し終えて自身らの進んでいた通路が次階層へ続いていないことを悟る。
「一旦戻って情報の更新をしよっか、次階層が見つかってるかもしれないし」
「時間も、時三つも歩いていたようだしな」
「結構歩いたね、それだけ埋まれば納得だけど」
「ああ、見落としがなければすべて埋まっているはずだ」
踵を返し迷わないよう地図を読みながら通路を進んでいけば巡回官と遭遇する。地図の写しを埋めていることから、百々代たちの後追いをしてしまったのだろう。
「どうも。この先の地図埋めと制圧、宝物箱の回収は大方終わりましたよ」
「え、そっかぁ、もう終わってたか。一応地図を見せてもらってもいい?」
一帆が地図を渡せば、自分たちのものと照らし合わせて頷き、向かう場所を改めるような相談をしている。
「無駄足にならなくてよかったよ、ありがとな」
「同じ巡回官ですから助け合いですっ」
「だな。へへ、それじゃあ戻りも気を付けてな、綺麗なお兄さんたち」
「…こいつは俺の妻でな、女なんだ。高い背丈の影響で男物を着ているがな」
イラッとした一帆が眉を顰めて訂正すれば、巡回官は平に謝って探索に戻っていく。
「勘違いされてたほうが変な虫が付かなくていいんじゃなかったの?」
誂うような表情の百々代はニマニマと彼の顔を覗き込めば。
「お前の名誉を守っただけだ。…それに男装をしてようが変な虫は付くからな」
百々代とて女を捨てているわけではない。社交の場など必要に応じて、相応しい衣装に身を包み化粧もする。
だが、迷宮内ともなれば話しは別で、動きやすい男物の衣服が主となり、可愛げのある相貌から親しみやすいお兄さんに見えなくもないのだ。迷路迷宮が暗がりというのも要因であろうが。
そういった部分も知っているからこそ、一帆は訂正したのであろう。
「そっか、えへへありがとね」
「ほら、さっさと戻るぞ」
「りょーかいっ!」
僅かに照れ足早に歩き始めた彼を追う。
―――
百々代の内に収まるローカローカは、人に転生して多くを知り得た彼女とは分化してしまった存在だ。元が同じ故にお互いに“わたし”と呼び合うが、根本が違っていたりする。
仲良し夫婦な二人を見て好ましく思う気持ちはあるが、百々代と同じ一帆への愛情、なんてのは沸き起こらず、自分ではないもう一匹の自分の番程度にしか思えていない。
(百々代と漸くの意思疎通が出来たし、成形獣の身体を貰えたら百々代でもローカローカでもない、別のなにかとして生涯を共にしようか。あー、あー、う、うん)
武王、という戦闘中にしか出さない上に、配置調整を完璧に熟すが故に主導権を得られず、先のように表へ出るのに長い時間が経ってしまい、漸く本体へ自身の認知をさせたローカローカ。彼女はどうせなら、「勇者に悪龍と呼ばれたローカローカ」そして「人として生まれ変わった百々代」ではなく、新たな何かとして過ごしたいと考えた。
幸いにも百々代たちが行っている巡回官は、迷宮の氾濫を防ぐための善行。謂わば正義の味方である。
そちら側へ大きな憧れがあったローカローカは、嬉々として過去を捨て去り新たな自分作りを始めていた。資料は勿論、前世で培った勇者英雄たちで。
(えへへへ、喋り口調も変えてぇ一人称はどうしよっかな〜。この国に合った名前も欲しいし、話せるようになったら頼んでみよ)
ウキウキワクワク、ローカローカは暇な時間で様々を考え、これからの未来を夢想する。
―――
広間に到着すればざわざわと賑やかしい状況で、近くにいた防衛官に尋ねてみれば次階層への道が明らかになったとのこと。
「なるほどな、この騒がしさは四階層への順路が定まったからか」
「ですので物資の運搬を行うために防衛官の護衛や荷運びの募集をしている最中なんですよ」
「ほう。なら俺たちも加わるか」
「ではあちらの防衛官にお声掛けください」
「承知した。地図の更新分を預けてもいいか」
「お預かりします」
綺麗に順番の整えられた地図を手渡せば、防衛官は目を通して既存のものと照合していく。
「はい、確かに更新分ですね。こちらで更新作業を行います、ご苦労さまでした」
地図は渡し終えたので、二人は四階層へ向かう一行へと加わる。
「わたしたちもどうこうしたいですっ!」
「おっいいね、戦力も人手も大歓迎だ。お前さんらは荷運びと護衛どっちがいい?」
「わたしはどっちでも。肉体強化でそこそこの量でも荷運びが可能ですし、戦闘では前衛を担当できます」
「俺は後衛担当の護衛が可能だ。…荷運びは得意といい難いな」
「なら荷物持ちと護衛を頼む。おーい、人員が増えたぞー!」
発見した巡回官なのだろうか。そこそこに貫禄のある風体の巡回官は、人員を上手く取りまとめて出立の準備を整えている。
背負子と荷物を受け取った百々代は、案外に軽いと荷物量を増やしてから背負い。武王を出しては一応の護衛に動かしていく。
「これは、…骸ノ武王ですか?」
「はい、城郭迷宮の首魁を模して作った成形獣ですよっ」
「へぇ、鎧は纏鎧、武器は成形武装。…もしかして複合式魔法莢ですか、これ。西条百々代って人が作ったっていう」
「えへへ、本人ですっ。今は篠ノ井姓ですが」
「前に行方不明と聞きましたが、無事に戻っていたのですか。…どうもお初にお目にかかかります、一帯を取り仕切ってるあの男、小諸隊の一人で爵士家の滋野丹哲と申します」
「はじめまして、わたしは金木犀伯爵家の篠ノ井百々代、あそこで護衛の話しを詰めている金髪碧眼のが夫の一帆です」
「ご丁寧にどうも。この複合式魔法莢、前に新聞屋が大きく取り上げてまして、次世代の新技術だとか。それで一度くらいは見たいと思っていたんです。見たところ戦闘用ですが、どれくらい動かせるのですか?」
「わたしが出来ることは一通り、」
そう言って太刀を置き、後方宙返りを披露して見せれば丹哲は関心めいた吐息を洩らす。
「この大剣で敵を攻撃したり、着地場所に罠が置かれた際の踏み台、大きな体躯なんで囮にも使ってますね。護衛の序でに使おうかなと思って出していたんです」
「結構便利なんですね。でも護衛は十分だと思うので荷物持ちに使ったほうが、潤滑に進めると思うのですが、どうでしょう?」
小諸隊というのは実力が確かなようで、これ以上必要ないとの進言がなされる。
(一帆がいるし大丈夫か)
「わかりました、それでは武王でも荷物を運搬しますねっ!」
そんなこんなで百々代は合計四人分の荷物を担ぐこととなったのだが、本人は案外に涼しい顔をしていた。
―――
丹哲の言う通り道中の敵処理は問題なく、なんなら一帆ですら暇そうに歩いている。既に探索済みの通った通路というのも確かなのだが、一人が荷物持ちとして欠けていても問題ない小諸隊の実力もであろう。
杉鼓男爵の小諸靖成、成形剣と実剣を用いる二刀流で前衛を張る巡回官。見事な身の熟しは誰が見ても実力者であると頷かせるであろう。
泳鰭族を見つけては一歩踏み込み、成形剣の刃を肩から入れて肉の手応えなど感じさせない動きで脇腹から斬り抜き、側面から襲い来た相手の首を実剣で貫いて炎上させた。炎上は実剣が迷宮遺物ということか。
肉体強化の効果が見て取れる動きで走り出し、正面から迫り来た水で作られた網を通路の壁を蹴り回避し、勢いのまま蹴りつけて床で藻掻く相手の首を落とす。
「起動。――」
(百々代ほどではないが重さを感じさせない良い動きだ。一対剣法とは変わっているが、…ただの変わり者ではないな)
「。――氷花」
謀環を経て放たれた氷花は銛持ちの間を抜けていき、的確に杖持ちの泳鰭族に命中、体内へと到達した成形弾が炸裂し四方八方へと氷の棘を伸ばし絶命へと追いやった。
「中々やるね、変わった魔法を使う君。彼女はいるの?」
「お褒めに与り光栄だが、俺は既婚者だ」
「わぁ、残念。顔が良くて優秀な男は可愛い蝶々が飛び交ってるのよね」
当然か、と言葉を吐き出したのは爵士家の潮沢瑠李。小諸隊の中では若手の魔法師。彼女は無数の氷矢で以て槍持ちを射抜いていき、この場での戦闘は終わった。
―――
「もう回廊か。随分と浅い迷宮なこって」
四階層は回廊階層。ただの真っ直ぐな通路が続くだけの閑散域。つまりはこの次には首魁が居るわけで、迷宮の終わりである。
「階層三つが細々と構造変化を繰り返し、探索を続けないといけない迷宮ねぇ。美味そうだが今まで産出している品々を考えると…そこまででもってところなのね」
「一旦休憩は挟みますか?わたしはこのままでも行けますが」
探索に時三つ、荷運びに凡そ半時、これ以上無く活動していた百々代に疲れは未だ見れない。
「随分と探索に時間を要したのだから、俺は休みたいのだがな」
「まあまあそこの兄さんの言う通りだ。俺達もそこそこに疲れているし、首魁もなにかは判明していない。落ち着いてから挑んでも損はない」
「そうですか。承知しましたっ」
(純粋にまだまだ動けるのだろうな…)
自身と武王が担いでいた荷物を下ろしていき、防衛官を手伝っていれば靖成が百々代へと声を掛ける。
「なああんたさん。俺は小諸靖成ってんだが。実力者同士で、ちぃと下を見てこないか?」
「篠ノ井百々代です。偵察ですかっ、お供しますよ!」
一帆に視線を向ければ「どうぞ」と促される。付いて行けるほどの元気は既に無いらしい。
「確か。あっちの兄さんも篠ノ井だったな、夫婦で巡回官をしてんのか」
「はいっ!今年からの新人です、よろしくお願いしますねっ」
「新人で篠ノ井ってぇと、アレか金木犀の麒麟児。行方不明だって話だったが、無事に戻ってきてるとは」
「ややあって戻ることが出来ました。…意外と有名なんですね」
「俺たち巡回官ってはあちこち移動するだろ?だから噂が広がりやすいんだ。構造変化の探索でもねえのに迷宮に喰われた、んで時又とか大嵐んところが血相変えて探してた、なんて聞きゃ誰でも記憶に留めるもんさ」
時又隊も大嵐夫妻も巡回官では有名な実力者。彼らが目を掛けているのだから、さぞ優秀な新人なのだと噂が広まっていたのだ。
「ああ、大輪さんや蘭子さんたちとお知り合いでしたか」
「知り合いっつか、南東を巡ってりゃ頻繁顔を合わせるしな。あんたさんらも金木犀を中心に巡る算段か?」
「先ずは天糸瓜島沿海諸領をぐるりと回ろうと」
「最近の若いのはデケェことを考えるこって。二度迷宮に喰われないよう気ぃつけるんだぞ」
「はいっ!」
「よし、様子見に行っか」
二人は回廊を進み首魁階層へと潜っていく。
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