一八話④
時刻的には翌日。どんなところでもある程度眠れる百々代は、ググッと伸びをして周囲の様子を窺えば、雑魚寝をしている巡回官が増えており彼女の就寝中に広間へ戻ってきたのだろう。
更新された情報を眺めていれば、起き始めた巡回官らも同じく地図を眺める。
「おはようございますっ」
「はい、おはようさん」
「三階層の探索は初めてなんですが、二階層までと比べて泳鰭族は多いですか?」
「多いな。一つの団体さんでも一〇を超えたり、虎柄のも多くなった」
「なるほど」
「あとあれだ、罠が張られてたりするな。まだ数は多くないが」
「潜る毎に脅威度が上がる迷宮、ですね」
「そうなるな。場合によっちゃ連合を組んで探索することにも、な」
「その時はよろしくお願いしますっ」
「じゃ、お互いさん稼ぎに頑張ろうってことで」
「はいっ」
焚き火に戻り防衛官の用意した鍋やらを受け取っては、湯を沸かしては珈琲と携帯食を溶かし干し肉を放り込んだ汁物を製作し、昨日に焼いた擬宝足を食み腹拵えをしつつ一帆の起床を待つ。
擬宝足の味は美味しいとのこと。しっかりとした調理をしてもらえれば満足な食材になるだろう、と百々代は大いに期待している。
「…おはよう」
「おはよ、珈琲できてるよ」
「有り難い。…ふぅ」
跳ねた髪を手で梳り、丁度いい温度になった珈琲を飲んでは、百々代の用意した食事で腹を満たす。
「地図は更新されていたか?」
「うん。だけど次階層は見つかってないし、敵の数が多くて罠も出現したらしいよ」
「罠か、…罠の類いは百々代に頼ることになりそうだ、薄暗くて視界の優れないこの迷宮では」
「任せてよ。この広間から伸びる通路だけでも三本もあるんだけど、どっちにいこっか」
地図の写しを投げ渡せば珈琲片手の一帆は、考え込むように迷路を見つめる。
「…。…ここは通路同士で合流しているのだな」
「みたい。しっかりと意識して動かないと戻るのにも苦労しそうだね」
「その場その場で忠実に描き足していかねばな」
通路の配置を軽く確認し地図の方角を改めてから、あまり探索の進んでいない方面へと進路を定める。
「あの通路から進み、探索をしてみるとするか」
食事を終えて方針計と角芯石を取り出した二人は、臨戦態勢で迷路を進んでいく。
―――
通路を進む最中に、曲がり角を進む泳鰭族を見つけた百々代と一帆は、息を潜めて奇襲の準備を行う。
一度顔を向き合わせ頷いては行動を開始。
「起動。成形武装。雷鎖鋸剣」
両手に一振りずつ作られた鋸剣二本を敵集団に投げ込み、自壊放電の百万雷が引き起こされ、それと同時にこちらへ逃げ込めないよう一帆が障壁を幾重にも張る。
銛を手に障壁を突くも割れることはなく、佩氷の影響で銛先が凍りつき、必死に押し寄せた泳鰭族の仲間に押される形で前方は氷像へと変わっていった。
百万雷が収まった時を合図に一帆が障壁を解き、百々代が零距離擲槍で飛び出し生き残った相手へと飛び蹴りを食らわせ、着地と同時に起動していた擲槍射撃を一斉に放って敵集団の制圧を終える。
進もうとしていれば騒動を感じ取ったのか新手の泳鰭族が現れ、両手片足の三点擲槍移動、百々代が超速で敵集団に接敵し飛び蹴りを浴びせながら、追い擲槍を足裏から起動して止めを刺す。
「起動。成形兵装武王ッ!」
鎧武者は姿を表すと同時に迫りくる敵を太刀で薙ぎ払い、視線を一手に集めて時間稼ぎの大立ち回りを行う。
「起動。…氷花!」
派手さこそ百々代と武王の十八番だが真の攻撃手は一帆であり、謀環の溜めを終え無数の覆成氷花が放たれれば、武王は機動を読んで活動範囲限界まで後退し氷の花が通路を覆う。
(生き残りがいたか、――だが)
虎柄の泳鰭族、その内の一匹は氷花の危険性を本能的に感じ取ったようで、集団から離れて事なきを得た。然し、武王と入れ替わるよう不識で意識の外側へ移動していた百々代の擲槍加速込みの回し蹴りが相手の背骨を折り、壁面へと勢いよく叩きつけた。
「おっとっと」
着地後、足元に張られていた鋼線に気が付いた百々代は、蹌踉めくようにしてニ回三回遠ざかるように跳び下がり胸を撫で下ろす。
(武王が範囲から出ちゃったな)
操作可能範囲は他の成形獣の比でない程に狭い。離れてしまえば消滅を待つだけの人形と化してしまうので、解除に向かおうとすればカタリと全身を僅かに揺らす。武王は自動である程度動けるような機構を全て取っ払った全手動、範囲外で、百々代の意思に反して動くはずはない。
位置的に一帆へ近いことから最大の警戒を露わにした彼女は腰に佩いている擲槍へ手を添え、何時でも飛び出せるように魔力を足裏に集中させた。
(百々代が警戒をしている…?見ている先は、武王か)
即座に障壁を展開しつつ後退り、様子を窺っていれば鈍い動きで武王が振り返り、盛大に転んだ。
(この動き…、俺や颯が試した時のような全手動に慣れてないものだな。いや慣れてるのは百々代一人だけだが、…さて何が起きている?)
(前にも一度武王の操作に違和感があった、けれど。…魔法に対して外部から干渉なんてできる…?さっさと範囲内に入って主導権を戻してもいいけど、一帆も警戒してくれているなら原因の究明に動いたほうがいいよね。今後の為に)
二人が視線を合わせれば、伝えたいことは何となく伝わる。つうと言わずともかあと返ってくる間柄の為せる技である。
「「…。」」
ジッと眺めていれば武王は立ち上がることを諦め、地面に倒れ込んだまま百々代へ手を振り助けを求めているような動きをし始めた。なにかを言いたいのか顎骨を頭蓋骨に打ち付けてカタカタ鳴らしてもいるが、声帯なんて便利なものは組み込まれていないので言葉を発することは不可。
陸に上げられた魚、いや泥沼に足を取られた狸のような滑稽な様子に危険度合いは低いと警戒を緩め。近寄っては太刀を蹴飛ばして武装の解除を行った。
現在は操作可能範囲ではあるが、意図的に主導権は奪わず何者かの様子を確かめるため武王を座らせて百々代は話しかけてみる。
「誰かが操作しているんですか?」
首肯した様子に周囲を探るもこれといって人影はない。探っている様子に気が付いたのか、手を振り首を横に振って意思を示している。
「近くにはいないのですか?」
これも首肯。
武王には視覚の共有なんて便利な機能はない、百々代が邪魔だと削ぎ落とした一つである。となれば彼女の動きを視界に捉えられる距離内にいなければ可怪しいのが…まあ見当たらない。
「肯定か否定しかできないから…、質問を考えないと」
「俺も質問しよう。俺たちに敵意はあるか?」
否定。それも全力の。
(嘘を言っている可能性はあるが、首を振る程度のことしか出来ない状況では敵対などしようがないのが現実。真実六分と思っておこう)
「巡回官ですか?」
否定。
「迷宮管理局に携わる人ですか?」
否定。
「魔物魔獣ですか?」
考え込むように首を傾げる。
「人か?」
否定。
「自身を魔物魔獣だと確信を持てない人外と。どうやって動かしている、…とは聞けないのか」
「この迷宮の存在ですか?」
否定。
「外から来たということですか?」
一度考えてから肯定。
「どこから来ま、は駄目だから…。うーん」
「この近くで操っているのか?」
長く考え込んで曖昧な肯定。
「自分がどこにいるのかわからないのですか?」
これは否定。
「わたしたちの見える範囲にいますか?」
否定。
「…、アレか幽霊みたいな視覚に難のある存在か」
激しい肯定。
「幽霊系統の魔物でしたか。なるほど」
質問ではなかったのだが、考え込んで否定された。
「どこにいるのか指さしてみろ、そのくらいできるだろう?」
「わたし?」
そう、武王が指さしたのは百々代。二人は顔を見合わせて目を瞬かせ合う。
「わたしにくっついていたの?」
肯定。
「いつからだ。この迷宮以前であるはずだから…金木犀港での休暇中はいたか?」
肯定。
「じゃあ多雨迷宮の頃には?」
肯定。
「幽谷迷宮」
肯定
「じゃあ廃迷――」
全力の肯定。
「「もしかして」」
「ローカローカ?」「百々代の前世か?」
ぐっと拳を握りしめて、力いっぱいの肯定をした。
何かを言いたげに顎骨を鳴らすも、残念ながらこの夫婦ほど付き合いが長いわけでないので理解は不可。いや非常に長い事一つだった故に長いといえば長いのだが、自分の事は最も自分自身がわからないのが常。
「連れ出そうとした時に、本当に出てこれてわたしと一緒にいたんだ」
肯定。
「不思議なこともあるものだ」
肯定。
「不便だし声帯を付けたりしたいけど、解除してもう一回起動しても動かせるのかな?」
首を傾げる。
「そっか、今回が初だもんね。じゃあ一回試してみよ、駄目だったらその時はその時ってことで」
ぞんざいな扱いだがローカローカも力こぶを作り出すような素振りを見せているので、なんとなく百々代っぽいのほほんとした風がある。
解除し再び起動。意図的に主導権を手放せば、生まれたての子鹿よりも情けない動きを見せて再び転倒し、なにか怒っている風だ。
「武王は身体の筋肉とかを理解してないと難しいかもね」
「…お前自身なのに動かせないのか」
「人として生きてないからだとおもうよ。前世じゃ人に化けてはいたけれど、形を真似てただけでかなり誤魔化してたから」
「人として生きててもこんなの動かせんがな…」
「とりあえず、武王は使われちゃうと困るから新しい成形獣が出来るまでわたしの中で待っててよ」
こくこく、しっかりとした動きで首肯し武王は糸が切れたかのように動かなくなってしまった。
「迷宮をでたら颯さんと作ろっか」
「普通のを作ってやれ…」
「だねっ!」
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