一八話②
迷宮門の付近は非常に賑わっており、多くの地図や魔物魔獣の情報が掲載されている。
主な敵は泳鰭族という、人の上半身に鱶の下半身、背中には大きな背鰭が生えて、口内には鋸刃状のむ夥しい数の歯をした魔物及び魔獣、そしてこの亜種が通路を泳いでいる。
古海底迷宮とは異なり高さが限られているのだが、魔物の数もそれなりに多く、通路が大半を占める本迷宮では厄介とのこと。
「後は宝物箱に擬態している魔獣がいるみたいだね、擬宝足」
「箱の中に章魚と烏賊がいるのか」
「毒はなさそうだし、食べた感想は…書いてないねっ」
(食べるつもりなのか…)
「虎丞さんなら料理してくれるかなっ」
ちなみに百々代は料理の類いを得意としない、やってこなかったから経験がないというのが主であろう。幼少から勉学と工房の手伝いに多くの時間を割いていたのだから、当然といえば当然。携帯食や干し肉を鍋で煮るだけなら可能だが、…料理ではないだろう。
三人の兄たちはそこそこに料理が上手だったりするので、彼女もやれば出来るのかもしれない。
そんなこんなで準備を整え、一帆が永久灯を戯へで浮かせては迷宮門で潜行開始する。内部に入ってみれば広間に出て、防衛官らと顔が合う。
「新顔ですね、いやぁ人が多くて助かります」
「はじめましてっ!本日から攻略に参加する篠ノ井百々代と夫の一帆です」
「はい、初めまして。この迷宮は門や階層を潜った先に広間があり、そこには敵が入り込んで来ないので簡易的な拠点を構築しています。何かありましたら報告や確認に戻ってくるか、次階へ進んでください」
「わかりました。…外のとは違う地図ですね、こっちの最新ですか?」
「あっ、更新し忘れてましたね。赤く塗られ行き止まりまで描かれているのが探索済み、色のついてない先が描かれていない箇所が未探索の場所、そして青色で塗られているのが次階への道となります」
「おー見やすくていいですね」
「複製写の魔法莢も置いてあります。…暫くは無彩色なので白紙に写してから色分けしてください」
「承知しましたっ!」
複製して色分けを行い次階への道を進んでいく。
迷路迷宮の内部は自然洞窟のような構造となっており、少しばかり歩き難さを覚えるものの通路そのものは広く、戦闘を行うのには問題ないようだ。
「新種の迷宮資源かな、これ」
「百々代が知らなのなら新種なんじゃないか?」
「わたしにも知らないものはあるよ。…こぢんまりした括岩蔦みたいな植物だね、実みたいな部分…だけじゃなくて茎も光ってて、それなりの光量。帰りに採取していこっか」
地面から細長く伸びる葡萄の様な光源は海ぶどうなんて呼ばれることもある海藻に酷似している、但しこちらは陸上にあり尚且つ光っている。枝の一つを捥り潰してみれば、徐々に徐々に光を失っていき、茎を折り採取してみるとこちらは八半時は発光したままだった。
「食べたりするなよ?」
「え。こんなのは食べないよ。わたしはなんだと思われてるの?」
「章魚であれば魔物でも食べようとするし、…どんな不味い料理でも問題なく食べるだろう」
「章魚は美味しいし…不味い料理?」
(なんでも美味しい美味しいって食べるから、味覚が変わっているんだろうな)
食べないのなら良いか、と一人納得し二人は通路を進む。
―――
一階層も半らに進んだ頃、脇道から宙を泳ぐ泳鰭族の群れと遭遇する。
人の上半身、なんて書かれていたのだが髪はなく顔は鼻先から尖って眼はやや側面に、口は大きく首近くまで割けて人とは言い難い一般的に悍ましいと言える形相。胎生でないからか乳房や臍も存在せず、一応のこと交接器の有無で雌雄は判別が可能なようだが、必要のない判別であろう。
(銛持ちが三匹、杖持ちが二匹。準備は?)
(とっくに出来ている)
背後に障壁を貼られたことを確認し、百々代は零距離擲槍を起動、擲槍の衝撃を糧に跳び進めば泳鰭族も二人に気が付いたようで臨戦態勢へと移り迎撃を行う。先ずは杖持ちがいくつもの水の刃を同時の飛ばし面攻撃を行うも、腕部の纏鎧で飛来する刃を受け流し最低限の被害で突き進む。
(結構速い刺突、だけど)
今まで戦ってきた相手と比べれば大した事がない、と拳に零距離擲槍を乗せて一匹を潰せば、百々代と銛持ちたちの間をすり抜けて成形弾が抜けていき後方の杖持ちへ覆成氷花が着弾、氷の花を咲かせて二匹ともを串刺しにして倒した。
(さっすが、わたしも負けてらんない、ねッ!)
必要最低限の動きで刺突を回避、腹部に掌を押し当てて擲槍を起動。壁面に叩きつけられて銛持ち二匹は絶命する。
「よし、これで終わりだね」
「油断はできんがなんとかなるな。…そして氷花の使い心地も悪くない」
「わたしと颯さん謹製の魔法なんだから当然だよっ!問題なく軌道線も引けてたね」
「そりゃまあ置いてかれない様、鍛錬を積んだのだからな」
「わたしも負けらんないかな」
「偶には負けてくれ」
「えへへ、ってうわぁ」
「どうし、た。うわぁ…、くっっさ!」
ビクリと身体を震わせた百々代の様子に、何があったのかと周囲を探った一帆だが、足元に転がる泳鰭族の死骸がドロリと溶けていき異臭を放つ。二人は二歩三歩と退きつつ、鼻を摘みながら顔を見合わせていれば溶けた泳鰭族は床面に吸い込まれるように消え異臭も収まる。
「悪い鱶肉の臭いがしたよ…」
「凄まじい臭いだったな…。はぁ、然し今まで死骸の一つも転がっていなかった理由には納得がいく」
「これだと泳鰭族は迷宮素材に出来ないね」
「手間が省けたと思おう」
「そうだね。擬宝足って章魚も消えちゃったらどうしよう…」
「…。」
(是非とも消えてくれ)
不安の種を抱いた百々代たちは順調に足を進め、迫りくる泳鰭族をなぎ倒し二階層へと到着した。
―――
「一階層って事もあって難なく進めたね」
「人通りが多いから敵も少なかったしな」
二階層の広間では巡回官と思しき者らが火を囲み雑魚寝をしていたり、防衛官らが忙しなく働いている。
「おっ、君たちは新しくやってきた巡回官かい?二階層まで無事に来れてるってことはそれなりってことだね」
「どうも初めまして。本日から参加している篠ノ井百々代と夫の一帆です」
「篠ノ井、どっかで聞いたような。まあいいか、僕は相月修太朗、同業者さ。顔を合わせることも多いと思うからよろしくね」
おーい、と仲間を呼んできて簡単に自己紹介をした。
彼らは二階層の探索に一区切りを付けて戻ってきたらしく、宝物箱から手に入れた流物らしき陶器の器を手に持っていた。
「それって宝物箱から出てきた産出品ですか?」
「うん、そうだよ。大した金子にならないだろうけど、それなりの数が出土するからいい小遣い稼ぎさ」
「へぇー、他にもあるんですか?」
「向こうにまとめられてるよ。殆どが流物、遺物は今のところ一つしか出てないから、そういう場所なんだろうね」
「なるほど。」
薄っすらと青の瞳を晒して産出品の山を伺ってみれば、食器やら装飾品やらが多く積み上げられており、これといって百々代と一帆がそそられるものは見受けられない。
「僕らは一旦外に戻るけど、君たちは進むようなら気をつけてね。一階層と比べて二階層は敵の数も多いし虎柄の亜種も見かけたし」
「ご忠告ありがとうございますっ!」
「素直でよろしい、またね」
小さく礼をして地図を複製し色分け、一階層と同じことを繰り返していれば、修太朗らは階段ではなく袋小路の短い通路へと足を踏み入れ瞬時に姿を消した。二人で顔を見合わせて、近くにいた防衛官に尋ねてみれば。
「なんでか知りませんが、ここの迷宮は入口たる広間にある袋小路に入ると外に出られるのですよ。不思議ですよねぇ」
「へぇえ、不思議ですねっ!」
不思議で片付けていいものなのか。いや活性化して不思議なことが多い昨今、不思議の一言で片付いてしまうのであろう。迷宮管理局員らの感覚は麻痺しつつあるのかもしれない。
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