一八話①
沈丁花と連翹の間道は先の豪嵐によって一部が土砂災害に見舞われた。故に大きく迂回を余儀なくされること七日間。
百港国の大半を襲った豪嵐だ、勿論のこと港も被害に遭ったわけであり、船番をしていた真由もそれなりに大変だったらしい。彼女に暇を与えつつ一行は、携帯食ではない食事としっかりとした寝台にありつく。
常に上向いた口唇に指を押し当てれば、小さく吐息が漏れて秘されている青と金の瞳が露わになる。
(艶っぽいな。)
柔らかな寝台に腰掛けて穏やかな時を過ごせるようになった百々代と一帆は、夫婦の触れ合いを重ねていく。まあ翌朝には美味しく食べられて赤い跡を沢山胸元に付けられた一帆が出来上がっていたりするのだが。
さて、どこかツヤツヤとした百々代が宿屋の外で鍛錬に励んでいれば、警務官が一人笑顔で挨拶をかけてくる。
「おはようございます」
「おはようございますっ!」
「見たところ魔法師のようですが、巡回官の方ですか?」
彼の視線は腰に佩かれた魔法莢へ向けられていた。
「はいっ、今年からの新人です!」
「そうなんですか、ははっ、ご精がでますね。あっ、もしかして猫足の村へ行くのですか?」
「猫足の村ですか?」
「ええ、最近噂になっている新規の迷宮ですよ、ご存知ないですか?」
「初耳でしたっ!新しい迷宮が発生したんですね」
「みたいなんですよ。村の近くで土砂崩れが起きて、土砂を片付けていたら発見されたみたいで。長閑…というか少し寂れた村だった場所が一躍大賑わいとのことですよ」
「そうなんですねっ!わたしたちは先日まで沈丁花にいまして、えへへ情報ありがとうございます警務官さん!」
「どういたしまして。ははは、こちらも迷宮災害から守ってもらっている立場でもありますから、お気をつけてくださいね巡回官さん」
「はいっ!」
ピシッと礼をすれば警務官も返して、通勤の途中だったと慌てて走り去っていく。
「よしっ!」
(一帆が起きてきたら迷宮管理局に行かないとねっ!)
有り余る体力で側方倒立回転跳びをしてみせれば、早起きな子供に見つかりもう一度とせがまれた。
―――
「新規の迷宮と、なるほど」
朝餉、…昼餉の最中、既に百々代が単身で迷宮管理局へと足を運び、得てきた情報を眺めながら、一帆と颯は頷いている。
「「行くしかないだろう!」」
「初踏破の名誉と新しい迷宮素材!行くしかないよねっ!」
机に広げられた資料には猫足村の迷路迷宮と記されており、数日経った今でも難行を極めているという旨。管理区画の建設も急務として進められ、多方面から人材の募集をしている。そう、巡回官もだ。
「他の迷宮が手薄になるから、巡業をしてもいいんだけど、やっぱり…ね?」
「当たり前だ、こんな好機は逃せん!必要であれば首魁の再胎が近づけば、方方から要請が届くのだから、その時に動けばいい。幸いに連翹領は他と比べて小さな領地、迷宮の数も少ないのだから」
「こんな遅くに起きたことは悪手だったな。真由、暇を言い渡した翌日だが、また暫く船番を任せることになるが…」
「問題ありません。毎日の見回りと数日に一度掃除をするだけの気軽なお仕事ですので、お屋敷のときよりも楽なんですよ」
「そうか!ではよろしくな!虎丞、出立の準備だ!」
「はいはい。来たばっかりなんで片付けもありませんが…管理区画が無いということは宿舎なんかはどうなっているんでしょう?」
「天幕だろうな」
「そうなりますよね、ではそちらの準備等も兼ねて出立は明日にしませんか?」
「りょうかーい。いくらか分担しよっか、わたしたちも動くよ」
「では、―――」
食事を終えた一行は二手に別れて新規迷宮の準備へと奔走する。
―――
猫足村には多くの往来があるようで、馬車を捕まえるのも苦労はなく四人は翌日の昼には現地に到着していた。
数日しか経っていないのに、迷宮付近の土砂崩れ後は綺麗さっぱり整地され、管理区画とする為の場所を測量と地盤の調査が行われ、場所によっては基礎の建設まで始まっているではないか。
元が土砂崩れを起こすような土地、原因となった法面には災害予防の防護枠を岩の魔法で建設し、雨で土砂が流れ出さないよう植物の植え付けも行われ始めていた。
建設屋からしても上からの金子で懐の潤う稼ぎ時、活気に満ち溢れた様子となっている。
「巡回官なのだが迷宮攻略へ加わりにきた。迷宮素材の調査を行える莢研局員も同行している」
「これはこれは。仮の宿舎、…というより天幕を設置できる場所はあちら、必要であればご購入ください。簡易管理署はあそこの大きな天幕に――」
職員は場所の説明を簡単に熟し、なんの設備も整っていないので滞在中の食事、医務等の支援は十分に行えない旨を伝えられた。
「説明感謝する。では俺が管理署に向かう、百々代と虎丞は天幕の設置を頼む」
「りょうかーい」「承知しました」
分担し手早く天幕の設営を行っていれば、内部の情報を得てきた一帆が戻ってきては、魔法莢研究局員である颯が迷宮素材の調査をする手筈も整えてきたとのこと。
猫足村の迷路迷宮。現在の進行状況は三階層までで、非常に特異な事に頻繁な構造変化が起こり巡回官たちの足が進まないとのこと。
「そんな頻繁に構造変化するんだ、巻き込まれないよう気をつけないとね」
「この迷宮で構造変化に巻き込まれると、前の階層へと押し戻されるらしい」
「へぇ、変わってるね。そっか結構な人数で挑んで三階層、かなり大変そ」
「なんせ通路が入り乱れる文字通りの迷路、…ただな、外れの宝物殿や遺物の収まった宝物箱が迷宮内に多いとも言っていた」
「おー、面白いものが手に入るかもしれないんだ」
「ああ、そういう特殊な状況だからか、簡易的な競売場も用意するんだと」
「なんか凄いねっ、大賑わいの迷宮になりそうな予感」
「…くくく、運がいいことに、様子を見てだが、多くの巡回官が屯しすぎないよう入場に制限を設けるとのことだ。あくまで対処が可能な人員は確保して」
「この迷宮に人が集まって他が疎かにならないように、か。迷管も大変なんだな」
「そうだ。現状の人員はある程度の優遇をしてもらえるみたく、本当に運が良い」
「踏破制圧が終わっても残るの?」
「それはないな、俺たちは巡回官。あちこちを巡って、手の届く範囲の脅威から民を守るさ」
「えへへ」
篠ノ井家の為の名声は欲しいが、金子に於いては現状困っていない。初踏破の名を轟かせたら、後は他の巡回官に任せてしまうとのこと。
「暫くの間は外で迷宮素材の調査を頼む」
「任せろ!クックック、楽しみで仕方ないぞ!ハッハッハ」
一帆も手伝い天幕の設営を終えて一同は動き出す。
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