三話①
百々代が一四歳を迎えた初夏、清夏季。彼女の背丈は五尺七寸《170センチ》強でスラッとした体型、癖のある赤茶けた髪は後ろで一つに纏めて、ピシッと制服に身を包んでいる。
「それじゃあ行ってくるねっ」
「行ってらっしゃい。寮での生活は慣れないと思うが頑張るんだぞ」
「お休みの時はしっかりと帰ってきなさい」
「頑張れよー」「気をつけてな」「お土産よろしく」
「応援してるぞ、百々代ちゃん!」「いじめられないようにねー」
家族が勢ぞろいなのは兎も角、工房の職人や友達も見送りにやってきは大賑わい。市井から魔法学舎に通えるというのは、それなりに名誉なことであり、彼らも誇らしげな顔をしている。
「またねーっ!」
今井家の馬車に揺られて百々代は金木犀魔法学舎へと進んでいく。
「これで百々代、貴女の指導も満了です。それなりに楽しい日々でしたよ、優秀な教え子を持つというのは」
「ありがとうございますっ!よしみ先生のお陰で魔法に限らず多くの事を学べました。これからもわたしの恩師としてよろしくお願いしますね」
「…もう教えられることなんてないわよ」
「えへへ、指導を抜きにお話ししたりお茶を飲んだりしないなって。それだけなんです」
「……、まあいいでしょう」
「よしみさんも随分好かれたね。紹介できてよかったよ」
「今井の小父様もありがとうございますっ。これからも学舎の費用を支援していただくことになりますが、優秀な成績を残しできるだけ多くの恩を返そうと思います」
「ははっ、そう難しく背負わなくてもいいよ。一二歳の段階で入学を決定していた段階で十分な成果だよ、本当に。今では篠ノ井家にも懇意にしてもらって、魚群に網なんだ」
「そうなんですか、お返しできているのなら嬉しい限りですっ」
ほのぼのと微笑みながら外を見れば、馬車列と豪華な装飾付きの柵で覆われた広大な敷地。天糸瓜島、いや百港国でも有数の大きな学びの園、金木犀魔法学舎である。
「見えてきましたね。この魔法学舎は金木犀領だけでなく、周囲諸領の有力貴族が子息たちもやってくる名門学舎です。百々代、貴女が自身の才に踏ん反り返り、現を抜かしていれば彼ら彼女らは直様に貴女を蹴落としてしまうでしょう。いいですか、気を引き締めて挑みなさい」
(まあ貴女なら大丈夫だとは思いますが)
「はいっ!!今井の小父様とよしみ先生の顔に泥を塗るような真似はいたしません!それに約束もしました、共に学ぼう研鑽し合おうと」
「よろしい」
「青春だねえ。そうそう、学舎の中でも貴族は派閥が構成されるんだ。百々代ちゃんはもう派閥が決まっているけれど、一応のこと対人関係は気をつけてね」
「…そうですね。一帆様の周囲にいれば安全ではありますが、やっかみを買うことにもなりますし…市井の出に対して心無い言葉を投げつける人もいましょう。…私の在籍していた時代にもありました。なにかあったら一帆様や、白秋桜子爵の西条ご令嬢を頼りなさい」
「西条結衣様ですか?」
「ええ、貴女が公に顔を出さなくなってこちらに安否を尋ねる手紙が届きましたので、心配をしているのでしょう。お会いしたら無事な顔を見せてさしあげるように」
「はいっ」
(三回しか会ってないけれど、心配してくれてたんだ。皆にあうのが楽しみだなっ)
学舎門を潜り抜け、学舎というよりも大豪邸に近い佇まいの敷地内を進んでいき、女子寮の前で降ろされ二人とは別行動となる。達吾郎とよしみは、この後行われる新入生の顔見せを行う社交会に参加するので控室へ向かうのだ。
(わぁ、綺麗な建物。ここがこれから四年過ごす寮かぁ)
貴族になったみたい、などと小さく浮かれつつ、手荷物を持って玄関を通り過ぎれば広間では様々なご令嬢たちが歓談に耽っている。そんな中に見覚えのある三人組が百々代を見つけて立ち上がり、綺麗な所作で歩み寄ってくるではないか。
「ごきげんよう、百々代。久しぶりですわね」
「お久しぶりです」「おひさー。またおっきくなったんだね」
白秋桜子爵家の西条結衣、大朝顔男爵家の平田莉子、篝火花男爵家の田沢杏の仲良し三人組だ。
長く伸ばした黄金の髪を揺らすは西条結衣。溢れ出る自信が顔に現れている少女で、庭園に咲く大輪の花といった風貌。
色の薄い、灰色に近い髪色をした、控えめそうな少女が平田莉子。夜に咲き、朝には散る儚い花のような印象。
淡い金髪に快活そうな相貌、ニィっと笑えば花模様でも背後に見えそうな田沢杏。人懐っこいを地で行くような少女。
燥いでお喋りをしたい感情を抑え込み、完璧な礼をしてから百々代は口を開く。
「お久しぶりですっ、西条結衣様、平田莉子様、田沢杏様。魔法学舎でお会いできたこと心より嬉しく思います」
「わたくしも嬉しいわよ。立ち話もなんですし、移動しましょうか。お邪魔になってはいけないわ」
「はいっ」
「そうそうこれから友人としてやっていくのだし、わたくしたちを呼ぶ時は名前だけでいいわよ。二人もいいでしょ?」
「うん、そっちのほうがいいです」「気軽に呼んでね~」
「では改めて、これからよろしくお願いします。結衣様、莉子様、杏様」
「ええ、よろしく」「よろしくおねがいします」「よろしく~」
百々代の手荷物を部屋に置き、四人は話ししながら結衣の部屋へと足を向けた。
―――
「準備ありがとう。あとはこっちでやるから下がっていいわよ」
「畏まりました」
使用人に下がらせては茶で喉を潤し茶菓子を食む。
「百々代はここ一年ちょっと、顔を見せずにどうしてたのよ?」
「少し事情がありまして、身を守る為に家で大人しく鍛錬を積んでました。急に姿を見せなくなってしまい、申し訳有りません」
「別に謝る必要はないわよ。ただ、まあ…ちょおっとだけ心配したというか。元気してたのならいいのよ、きっと一帆様が賊に襲われたって事件に関係しているのでしょ?」
「はい。あれから顔を覚えられたら危ないので、篠ノ井家から護衛をだしてもらい隠れていました」
「災難、ですね」
「多くは語れませんが、大変でした」
「本当に無事で良かったよー。田沢家は港防の警務に縁があるんだけど、厄介な犯罪集団は大方掃き出したからある程度は安心していいよ。一帆様とも会えるね」
これは杏が父親から告げられた情報。つまりは使用する場面があるから、必要に応じて使うように持たされた土産物だ。
「そうですか、よかったぁ」
「杏はもしかして知ってたの?」
「ううん、今日にお父様がね」
「ああ、そういうね。こうして顔を合わせる事が出来たことを祝いましょう、桂花亭の新作だから楽しんでね」
「桂花亭っ!初めて食べます」
菓子を頬張り幸せそうな顔をする百々代を見ては、三人は微笑みを零す。
「そういえば皆さん試験を受かったんですね。おめでとうございますっ」
「当然よ!引掛けが多いと聞いていたからには、時間の許す限り見直しをして合格。魔法実技の方も百々代の言うような難題はなくって余裕だったわ」
「わたしは少し不安でしたが受かりました」
「結構余裕で肩透かしくらちゃった」
「おー」
パチパチと拍手をしては三人の話を聞けば、擲槍射撃やら障壁魔法やらは行われなかったらしい。
「真ん中よりは上の、上の下くらいの順位に落ち着ければ万々歳ね、わたくしは」
「順位ですか?」
「あら知らないの?この後の社交会では入場の順番が、試験の成績結果を昇順となっているのよ」
「最後の一〇人は上位一〇座って言って一目置かれるんだ」
「へぇ、色々とあるんですね」
「なーに、他人事みたいに言ってるのよ。貴女はニ年前に合格を勝ち取っているの、上の中くらいが無いと落とされて次に受け直すことになるのだから」
「なるほど。ならっ一帆様と近くで入場できるってことですねっ!」
「あーうん、それでいいわよ」
ゆったりと歓談に耽っていれば呼ばれる声が聞こえ、社交の会場へ向かう。
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