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一七話⑦

 沈丁花港へとやってきて、宿屋の準備を終えれば向かうのは大嵐家。

 迷宮を巡る為の世話になり同じ迷宮を駆け抜けた、篠ノ井夫妻からすれば恩師である。百々代(ももよ)は手一杯のお祝い品を手にしていた。


「お久しぶりですっ!」

「ようこそいらっしゃいました、篠ノ井ご夫妻。奥様がお待ちですよ」

 通いのお手伝いに連れられて、向かった応接室にはお腹の大きく膨らんだ蘭子らんこの姿。膨らんでいく過程を見ていないだけに驚きは大きく、百々代は周囲の者に瞳を見られることを気にすることなく目を瞬かせていた。

「二人とも本当に無事だったんだね、お久〜!」

「お久しぶりです蘭子さん」「えへへ、元気そうでなによりですっ!」

 長椅子に二人で腰掛け、手荷物である祝いの品々を渡していけば、よくもまあこんなに、と蘭子と彼女の両親は驚いていた。


「そういえば宗秋むねあきさんは?」

「島政の方に行って政務官見習いしてるよ。暫くは動けないし、いつかのことを考えてねー」

 巡回官というのはそれほど長く続けられる職務ではない。加齢とともに長旅は堪え、探索の進みも遅くなる。ある程度を区切りに文官仕事へと移っていったり家業へと切り替えていくのだ。

 大嵐家は政務官をしていた家系で、それなりの伝手もある。そういった仕事に向いている宗秋は、今後の事も視野に入れて沈丁花の政務官として務める準備をしているらしい。


「へへ、二人は結婚したんだって?このこの、新婚さんめ」

「えへへ、蘭子さんたちみたいな仲好し夫婦でいけたらいいなと思ってますっ」

「君たちなら大丈夫だよ、絶対にね!」

 蘭子の無理にならないよう雑談や近況報告をしていれば、宗秋が帰宅し糸目を嬉しそうに曲げて笑みを溢す。

「良かった良かった、本当に無事で良かったよ。天糸瓜の廃迷宮から出てきたって聞いたけど本当なのかい?」

「それが本当で、わたしたちも外に出て天糸瓜港に到着してから驚きましたっ!一年以上も経過してるなんて!」

「中では…日数こそわかりませんが、携帯用の食料でなんとかなる程度の期間しか過ごしていなかったもので」

「そんなこともあるもんなんだー」

「元気そうで何よりだ。それで沈丁花にはどれくらいいる予定なんだい?」

「予定では沈丁花領内を巡る予定だったのですが、少しばかり船理と揉めてしまいまして。お隣の連翹で迷宮に潜ろうかと」

「そういえば…港で揉め事があったとは聞いたなぁ。天糸瓜の新造船が無理矢理停泊しようとしたとか言っていたが」

「こっちはしっかりと許可の申請をしたのですがね」

「事情が事情だから仕方ない、またいつでも遊びにきてね」

「赤ちゃんにも会いに来てよー!」

「はいっ!」「今日はこれで、無事のご出産を三天の魚にお祈りしております」

 篠ノ井夫妻は大嵐家を後にして宿屋へと帰っていく。


―――


 連翹領へと向かおうとする頃、群島の浮かぶ南西洋から大規模な嵐が流れてきたと発表があり、百々代たち一行は沈丁花領に暫し滞在することにした。点々静々(ぽつぽつしとしと)と降り始めた雨は瞬く間に大雨と変わり、暴風を伴って落雷を巻き起こす。

 洋上の島国たる百港国では数年に一度訪れる豪嵐は、然程珍しいものでもなく対策も十分に整っている。

 外出することも出来ない暇な日々を一〇日程過ごしていれば、港…いや島中は大荒れ。貴族庶民総出で各地の整備復興を行い、腰を落ち着けられる時には季節は彩秋季へと変わっていた。

 秋の始まりには蘭子の第一子の誕生が近くなり、百々代は足繁く大嵐家へと通い家事の手伝い等を行っており、半ら家族の一員の様である。

 家事の手伝いでは大いに役立った百々代であったが、いざ出産となると慌てふためくばかりで役に立たず、別室で待機となってしまい同じく慌てふためく宗秋、一帆と一緒に蘭子とお子の無事を祈って過ごしていた。

 おぎゃあおぎゃあと産声が耳に届けば、三人はパッと笑顔を見せて顔を突き合わせる。


「皆様!」

「ああ、聞こえていた!」

「元気な男子おのこのご誕生ですよ」

「そうか、男子か!ははっ、もう会えるのか?」

「ええ、皆様どうぞお部屋へ」

 三人が喜々として部屋に向かえば、しわくちゃの赤子が蘭子の手に抱かれて穏やかな寝息を立てているではないか。

「よく頑張ってくれたね蘭子」

「いやぁ本当に大変だったよー…」

「もうお眠なんですね。えへへ赤ちゃんを見るのは始めてですが、かわいいです」

「お名前は決まっているのですか?」

「うん決まってるよー、秋産まれだし宗秋から一文字とって秋生あきおだよ」

「そっか、秋生くんかぁ、元気に育ってねっ!」

「おぎゃぁ!」

「わわっ!」

 目を覚まし泣き始めた秋生に驚いた百々代は目を回し大慌て、一同に笑われては小さく顔を顰めていた。


 数日して。

「わたしたちはこれで失礼します、また秋生くんに会いに足を運びますねっ!」

「いつでもおいでよー、秋生ちゃんもまたねって」

「うー」

(まだ目も全然見えないし、記憶も朧気になりやすい頃だから憶えといて貰えないんだろうなぁ。えへへ、また遊びに来て憶えてもらわないと)

「元気でね、秋生くん」「元気でな、秋生」

 ひらひらと手を振り二人は馬車へ乗り込んで、満足気な吐息を漏らしては自分たちの未来を楽しみにする。


―――


「あら、大嵐の。お子さんが無事にお産まれになったと窺いましたわ、おめでとうございます」

「これは茶臼山ちゃうすやま火凛かりん様、ありがとうございます。我が子を抱いてみれば可愛い盛りで、ははは」

 宗秋が役所で政務をしていれば、彼と同じく政務見習いをしていた火凛がやってきては祝いの言葉を贈る。

「いやぁ、百々代さんがお手伝いに来てくれて助かりましたよ。たしか学舎のご友人ですよね?」

「友人ですけれど…篠ノ井百々代が沈丁花に来ていたのですか?どこの宿にご宿泊教えてもらっても」

「…あっ、えーっと…はははっ、彼女たちはもう既に出立してしまって」

「…な、なんですって!わたくしに会うこともなくもう?!」

「嵐の整備復興に参加して、うちの手伝いにもほぼ毎日来てましたから、忙しかったのだと思いますよ」

「それでもお友達なのだから会いに来てほしかったですわああ!!」

 彼女の叫びは百々代たちに届くわけもなく、虚しく役所に響いていた。

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