一七話⑥
「出航ー!目的地は沈丁花港!」
「はいはい」
一帆の装備も整った一行は元気に金木犀港を出立し、沈丁花港を目指し航海を始める!
「暫くは沈丁花領で行動をするのだったな?」
「うん、お世話になった大嵐夫妻へお祝いの品を届けるついでにねっ。出産は秋の初め頃って話だから、いい感じに赤ちゃんとも会えたらいいなぁ」
「子供か。君たちはいつ頃設けるのだ?」
「なっ!」
「もうちょっと先かな、まだまだ巡回官として実績は積んでおきたいしっ」
顔を赤く染める一帆と対象に、百々代は楽しそうな様子である。
「もう名前とか決めとく?」
「…その時が来たらでいいだろう」
この二人の子供か、と考えるのは颯たち。両者とも優秀な才能を持つ者で、何れ出来るであろう子供への重責は凄まじいことは想像に難くない。
暑さの和らいできた残夏季中旬、なんてことのない船旅は終わり、沈丁花港へと到着する。
―――
港で荷下ろしをしていれば、停泊許可を取り付けに行っていた虎丞が不機嫌極まりない表情で、複数人連れで戻ってきた。
「ここに書かれている船舶管理番号と船舶所有認可証の番号は一致しますし、この方が黒姫家の颯様です。颯様、身分証明書の提示をお願いできますか?」
「なんだ揉め事か、…ほら、魔法莢研究局汎用魔法部所属の橿原子爵家の黒姫颯だ」
「確かに一致しているが、…盗品でない証明にはならないだろう?見たことのない形式の不審な船に停泊の許可はだせんな」
「なら仕方ない、別の港に停泊し挨拶なんかは馬車で行くか。百々代、すまないが積み直しだ」
「りょーかーい!」
「待て待て停泊している以上は、その船はこちらの管理下にある。勝手に出ていってもらっても困るのだよ」
(うわぁ…)(面倒な)
「悪いがこの莢動力船は造船総理局天糸瓜本所から設計保護指定を受けているのでな、どういう理由があれ吾々黒姫工房及び傘下や特定所有部署以外が勝手に管理下に置くことは許されていない。沈丁花の船理局員か誰か知らないが、船理法を侵そうなんて考えない方が無難だぞ?」
莢動力船は造船総理局から設計保護を受けている特殊船舶。黒姫家も船理局もこれを寡占するつもりなど毛頭ないが、量産できない都合上、大陸などに情報や設計が渡ってしまわないよう、特別な認可を受けた者以外の管理は出来ない。
帆船や櫂船と違い、自在に海を駆ける次世代の船である莢動力船は海戦の力関係に大きく作用しかねない。そんな品を海戦が主である百港が他所に奪われるわけにはいかないのだ。
「まっさか、船理局の総本山と事を構えるつもりはありませんよね?」
虎丞の笑顔は非常に恐ろしい形相である。
「だが、」
「すみません、身分の証明が出来ればいいんですよね?わたしと夫は領主様と面識があり、火凛様と交友が有ります。どちらかと面会できれば解決すると思いますが」
「私たちは金木犀伯爵家の篠ノ井一帆と妻の百々代、彼女の実家は白秋桜子爵家の西条だ。嘉人殿とは事を構えたくなかろう?」
養父の嘉人は船理局員であり、大船主。港に務める者であれば敵対したくない相手の一角だ。
「…いいだろう、停泊許可をだそう」
「いや出港する。勿論、許可はいただけるな?」
「…。いいだろう」
苦虫を噛み潰したような表情で睨めつけて、船理局員と思しき男たちは踵を返し撤退していく。
「停泊許可を出してくれるみたいだったけど、出てって良かったの?」
「下手にいじられたくはなかろう?」
「そうだな。虎丞もご苦労だった」
「役人に睨まれる程度今に始まったものではないので、それで次はどちらに?北上するのなら生姜港か陸蓮根港、南下するのであれば連翹港でしょうね」
「連翹港にするか。迷宮を巡りつつ、天糸瓜島をぐるりと一周して天糸瓜港に行くのも悪くなかろう?」
「ならば冬の寒い時期は島南で過ごせるのか、悪くないな。私は大いに賛同する!」
「二人がいくならわたしはどこでも~」
「畏まりました。船番の真由が楽を出来そうですしいい案ですね」
助かります、と付き人の真由は笑顔を見せている。
「となれば出航の準備だ!」
「任せてよ!」
肉体強化を用いて百々代は荷積みをそそくさと終えるのであった。
―――
半日も経たずと到着した連翹港。ここは金木犀港や沈丁花港と違い天糸瓜島主要港ではなく、控えめな規模の地方港の一つ。とはいえ漁港よりかは大きく、少なからず船の往来はあるため停泊許可を取り付けてもなんら不思議ではない。
大蕪島や平豆群島及び島内と大きな繋がりを持つ天糸瓜主要港は全部で五つ。天糸瓜港、金木犀港、沈丁花港、蝋梅港、梔子港でこれらは天糸瓜五大港と呼ばれている。西の天糸瓜、東の金木犀と二大港などと呼ばれることもあるのだが、それを言うのは島外の者だ。
今回は簡単に停泊許可を取得でき、真由には船の管理を行ってもらい四人が沈丁花領へと目指すこととなる。
海路は半日だが陸路は三日、一行は旅馬車を雇い沈丁花領を目指す。
ともなれば暇となり、一帆は百々代から借りた魔法莢研究局からの報紙を眺めていた。
内容は照明魔法に新色が開発されたこと、そして試験的に天糸瓜港の十角劇場で運用された際の記録なんかが付随している。
「今度天糸瓜港に行くときは十角劇場に行こう」
「いいねっ。華やかな照明演出はお客さんから好評だったみたいだよ」
「ああ、楽しみだ」
「一帆くんは観劇が好きなのだな」
「観劇はいいぞ。心躍る物語に趣向を凝らした演出、努力の見て取れる演技、…俺は姨捨古永の劇を見た時、迷宮を踏破する魔法師になりたいと思ったと同時に演劇にも関わりたいと思ったほどだ」
「二枚目が映えそうだねっ」
「婦女子方から人気の出そうな看板役者だな」
「なんだ、褒めても何も出んぞ」
((満更でもなさそう))
一帆がわかりやすく嬉しそうにしている姿を見て、百々代たちは小さく笑みを浮かべる。
「女装なんかもいけるんじゃない?」
「…うっ」
―――
一帆たち一行が沈丁花に向かって数日。連翹港で船番をしている真由が船掃除の道具を手に港へ行けば、見慣れない面々が遠目から莢動力船を眺めている。
「莢動力船に何か御用でしょうか?」
「貴女が彼の船を管理している船番の。お初にお目にかかります、私は連翹領を収めている、連翹伯爵の牟礼信一と申します」
「これはご丁寧に。黒姫家の小間使い、上田真由です」
「ああ、やはり黒姫家の。所有者の方は今どちらに?」
「今は沈丁花領へと向かいました」
「沈丁花に?」
「ええ、向こうの造船総理局員と船を巡り揉めてしまいまして」
「そういう事ですか、災難でしたね。私共はそちら側と事を構える予定も、不必要な詮索をするありませんのでご心配なく。ただ…、少し風変わりな船に童心を抑えきれず、遠巻きに眺めさせてもらった次第なので」
「ご懸命な判断、痛み入ります。工房も天糸瓜の造船総理局も魔法莢研究局も、多くの人々が顔を向き合わせ量産と汎用化の話し合いを進めている最中ですので、購入までは今暫くお待ちいただければと」
「その日をお待ちしていますね」
憧れの籠もった視線を船に向けた信一は、ふと湧き上がった疑問を口にする。
「ところで黒姫の方は何故にこんな遠くまで?」
「お嬢様は現在、見聞を広める為の遊学中でして、巡回官と共に各地を巡っておられるのです」
「それはご立派なことで。満足しましたし私はこれで失礼します」
「はい。必要以上に近づいたり、触れたりなさらなければ問題はございませんので、遠目の見学であればいつでもお越しください」
ニコリと微笑み目尻へと皺を作った信一は踵を返し、真由は船掃除を行っていく。
―――
日も暮れて波音が聞こえるだけの暗い海、角灯を持った真由は船に悪い虫が付いていないかを確認するため日課の見回りをしていた。
今日もこれといって異常はなく、戻って就寝しようという頃に波音とは違う音を捉えては、小声で識温視を起動した。
やはり船周辺に異常はなく、目を細めて海中に目を向けてみるも何もなし。気のせいかと視線を戻した先で、海中から這い上がる数名の人影。
目的が自身や莢動力船であれば、もう少し違う動きをするだろうと気付いてないふりをして泊地を歩いき続け様子を伺う。すると数名の人影は真由に対して何をするでもなく港へと姿を消していった。
(ふぅ、荒事にならなかった事は喜ぶべきですが…、外つ国人の密入国でしょうね。なんで戦などしたいのやら)
戦争、には準備手順が要る。もし国の規模が小さく周辺国との関係など気にする必要がなければ、支配者の一言でも開戦することもあろう。残念ながらそういった野蛮な時代は過ぎ去ってしまったのが、大陸の国々である。
どこも戦争をし領土を広げたいのだが、下手に侵略などしようものならば周辺国が範囲を示し、自身が侵略されることとなる。
そしてそれは海を超えたこの百港国にも適応される。現在の大陸に名を轟かせる国々との関係を絶って久しいこの国だが、細々とした貿易等は行われていたりと利益を得る者たちは少なからずいるのだ。
ならば理由もなく戦争を引き起こそうとすれば、蛮行を槍玉に上げて糾弾されるのが必定。戦争という舞台に百港国を引きずり下ろしたいプレギエラは工作員を用いて、国民の反プレギエラの感情を爆発させるべく火種を煽いでいる。
(迷宮の活性化で人員の割かれている今だからこそ、なのでしょうが…。はぁ、手間ですが港防に連絡を入れて帰りましょう)
角灯を揺らし真由は夜を歩く。
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