一七話⑤
冱氷龍の副角を手に入れ魔法陣を引き始めて数日。そろそろ魔法莢作成も佳境という頃合いで百々代は定期市場にやってきていた。
これといって目的があるわけでもなく、ただの気分転換。ふらふらとあちこちを見て回り、良さげなものがあれば購入したり食べ歩いたりである。
ちなみに一帆も来たがっていたのだが、元より予定が入っていたため不在。颯は爆睡中だ。
(あれって)
「店番じゃん、元気?」
「あー…百々代か、驚いた」
「元気そうでなによりだよ。隣の人は…この前の港防の軍人さんですよね、無事なところから先の件は無事に終えることができたんですね」
(げっ、憶えていましたか…)
「ええ、お陰様で大陸からの不法入国者を捕らえることが出来ました。ご協力ありがとうございました」
その場で慇懃に礼をしてにこやかな笑みを見せている。
「お二人はお知り合いで?」
「そんなところ。あー…昔なじみでな、雑貨屋焼いた犯人を取っ捕まえたって聞いて驚いたくらいだ」
「はは…世間とは狭いものですよ」
(兄貴、後はよろしくお願いします)
「私は先に行って待ってますね」
「あーそうしてくれ」
「本当に仲がいいんだね、身振り手振りで意思疎通してるっぽいし」
(合図が看破された…?いや違うか)
「つうって言ったらかあって言う仲だな。…この前は本当に世話になった、命拾いしたぜ」
「無事で良かったよ」
「ま、なんだ雑貨屋は建て直すみたいだから、あー…また来てくれ」
「うん、絶対に行くよっ!それじゃ待たせたら行けないから、わたしは行くね」
「おう、達者でな」
「店番もねっ!」
彼の元気な姿を改めて見れて百々代はご機嫌に歩き去っていく。
(危ねぇ、百々代の前じゃ下手なことは出来ないな。あいつのことも憶えてたみたいだから、先日に遭ったって奴らの配置は考えないと)
「あの巡回官さんは行きましたか?」
「行った行った、合図がバレてたから気をつけろ」
「本当ですか?」
「あー本当だ」
「糸目でよく見えてらっしゃる…」
諜問官は戦慄しながら店番と市場に害虫が混じっていないかを監視を再開していく。
―――
(十分見終えたしそろそろ帰ろっかな)
なんて百々代が帰路に着こうという頃、女の子の啜り泣く声とあたふたする女性の声。困り事なら力になろうと人並みを掻き分けていけば、警務官の制服に身を包んだ杏とぬいぐるみを抱いた女の子の一組。
「杏ちゃん、どうしたの?」
「あっ百々代ちゃん!実はね、迷子っぽい女の子を見つけたんだけど泣き止んでくれなくってー」
「なるほどっ。えっと、どこだったっけ…あったあった」
紙袋の一つを降ろし中身を漁っては、足が短く平たい章魚のぬいぐるみを取り出した。
「こんにちはっ!ボクは面章魚くん!どうして泣いてるかおしえてくれるかな?」
すんすんと鼻を啜り、呼吸を整えた女の子はぬいぐるみを持ち上げて同じように返答を行う。
「…、お母さんがどっか、いっちゃったの」
「そっか!じゃあボクたちとお母さんを探そっか!」
ぬいぐるみの後ろから百々代と杏が笑顔で顔を出し手を振る。
「うん…」
(百々代ちゃんが来てくれて助かったぁ…)
(とりあえず派出所まで行く?)
(そうだねー、そうしよ)
「この大きなお姉さんがおんぶしてくれるよ!」
などとぬいぐるみで自身を指し示せば、控えめに頷き百々代の背におぶられる。
「杏ちゃん、荷物お願いしてもいい?」
「いいよー、任せて!…結構、重っ」
高くなった視線から母親を探してもらいつつ、派出所を目指していく。
結局、到着までに見つけ出すことはできず、杏が手続きをしている間、百々代が市場で購入した焼き菓子を振る舞い、章魚のぬいぐるみで泳いでいる風な動きをして楽しませていた。
「お姉ちゃん、たこさん好きなの?」
「おいし、…この子は可愛くて好きだよ」
「…あたしは食べるの好き」
「きゃー、食べられちゃう!」
「はははっ、ぬいぐるみさんは食べないよー」
落ち着いて笑えるくらいまで回復したらしく、百々代も笑顔を零してお相手を努める。
「二人ともお茶飲むよね?」
「うん」「ありがとっ」
「とりあえずお母さんを探してもらってるから、もう少し待っててねー」
四半時して、娘を捜しているという女性を警務官が連れてきて、母娘は再開を果たした。
「お姉ちゃんたちありがとう!」
「今度はお母さんと離れないようにねー」
「うん!」
「この面章魚さんが君の許へ行きたがってるけど、連れてってくれるかな?」
「いいの?」
「いいよっ、お姉さんの家にはもう面章魚さんがいるから。一緒に遊んだ友情の証だっ!」
(こんな事、昔したっけ)
「大事にするね!さよならー!」
母娘を見送り、満足げな百々代立ち上がり変える準備を整える。
「いやー、ありがとね百々代ちゃん。小さい子の相手って慣れてなくって」
「あはは、常にぬいぐるみでも持ち歩いてみる?」
「確実に怒られるねー」
「だよねぇ」
「巡回官は順調?」
「うん、順調!警務官の方は?」
「失敗したり怒られたりで大変ー、…だけど程々には頑張れるかな」
「良かった」
茶を飲み干し、学舎を卒業してからの事を簡単に話していく。
「皆、見事に方方に行っちゃったからねー、どこかで集まりたいな」
「結衣姉は天糸瓜港、駿佑さんと莉子ちゃんは月梅領、わたしと一帆はあちこち、また集まってお食事とかお喋りしたいねっ!直近だと…駿佑さんと莉子ちゃんの成婚式かな?」
「だねー。よしっ!仕事に戻ろうかな」
「わたしは帰るね。お仕事頑張ってください、警務官さん!」
「了解、港の平和は守ってみせるよ!」
笑い合って二人は解散とした。
―――
時が経ち、順調に出費を抑えて謀環を競り落とせた一帆は、楽しげな表情で封を解く。
見た目は頭から杖先掛けて少しだけ細くなっていく長細い板材に、三つの宝石らしき石が嵌め込まれて、異国の文字も書き込まれている。
甲級品、つまりは確認されている中で一番品質の良い品、ということもあり、お値段は九六〇〇〇賈。流石に金額が金額、百々代が管理している一帆との蓄えから二六〇〇〇賈を支払った。
討伐した魔物魔獣素材から得られる利益の一分の利益分配や制圧報奨等々、二人の蓄えは恐ろしい金額になっていたりするのだが、今尚大きな出費には慣れない百々代である。
新種の龍である樹董龍の金子はまだ清算中、つまり振り込まれていない。
ちなみに大嵐夫妻と巡った迷宮の素材利益も、少額ではあるが行方不明の期間に振り込まれていたらしい。
そんなわけで、百々代と颯の二人は到着した謀環へと魔法莢を紐付けて完成となる。
「これにて完成!ハッハッハッハ!完全新規魔法だぞ!!名前は」
「覆成氷花、だよっ!起動法は謀環を手にした状態で起動句、「起動。氷花」もしくは「起動。大氷花」を口にするだけ」
「さあ、試してみたまえ!」
「さあさあ!」
「お、おう」
一帆には細かな説明を行うより、実際に触らせたほうが早いだろうと、魔法莢を手渡して庭に連れ出す。
魔法の練習を行える庭の一角、そこに的を組み上げてそそくさと百々代は撤退した。
「先ずは氷花から!」
「起動。氷花」
謀環を的へと向けて起動句を唱えれば、宙に成形魔法で先の尖った楕円体が作り出され射出される。命中した魔法は内側から爆ぜて氷の棘を四方八方へと伸ばし、的を砕いてを表現へと変えた。
氷の大きさは直径三尺、成形弾が敵の体内で爆ぜれば大体の敵は仕留めきれるであろう。
「今回のは調整版でな、本物はもっと貫通性がある。的を軽々と貫通して庭を目茶苦茶にしては、…流石にな?」
意外にも良識があったことに驚きつつも、軌道線や複数起動を試してみれば、案外に使い勝手のいい魔法である。
「その辺りの利便性は百々代くんが最後の最後まで調整していた部分だ。魔法は扱えるが魔法師でない吾では、その辺りの調整は理解がたりなくてな。現場で使ってもらった声を聞く必要があった」
「百々代ならでは、か」
「魔法陣を見せて具に説明をしてやりたいが、…無駄であろう?」
「多少はわからなくもないがな」
「さあさあ、大氷花も使ってくれ、ぐいっとな!」
大氷花を放つぞ、と手振り知らせれば、百々代は急ぎ走り二人の許へと戻ってきた。
「そんな焦り戻る程、なのか?」
「あはー…大って付くだけはあるはずだよ」
「…。起動。大氷花」
先のよりも一回りは大きな成形弾が現れて、物凄い速度で射出されれば的に命中し、氷花よりも三倍は大きな氷の花を作り出し、一帯を氷漬けにしてしまった。
「おー、すごいな!」
「衝突時の起動に制限を課しといて正解だったね」
「おい」
「「…。」」
「いやー、つい。」「ついつい、ね?」
やりすぎだ、と一帆の雷が落とされ、滅茶苦茶になった庭の一角は百々代と使用人総出で片付けられた。とか。
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