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一七話④

 昼間の熱が残る、涼しさの恋しい金木犀きんもくせい港の夜。

 複数人の諜問官がプレギエラの工作員から奪った透明化の外套を用いて、建物を襲撃しプレギエラ人を始末していく。

 死人から情報を抜き取り、生き残りでそれを精査し必要な証拠を揃えていく。


「情報を嘔吐ゲロってくれた大陸人を殺すのは心が痛みますね…」

「なぁーにいってんだ、嬉々としてぶっ殺してんのに」

「それはそれ、これはこれ、楽しくても心は痛むんですよ。彼らにも家族なんかがいたかもしれません、私と同じ感情を何も知らない大陸人に抱いて欲しくないのです」

「嘘つけ。…物的証拠はないが状況証拠は十分、今度は手引してる売国奴の家探しか」

「だなぁ。ま、官長の指示待ちってことで」

 片付けを終えた諜問官らは夜の闇を歩いていく。


「そいや兄貴は?」

「療養中だってさ、下手に動いて表の軍人とかに目を付けられても困るからって」

「災難な。あの巡回官にバレたくもないってのもあんだろうな」

「妙に良い目をしていますから、動かないのが無難でしょう」

「ここ二三日(にさんち)は学舎に押し込まれてたみたいだし、感づかれちゃいないと思うけどね」

「ふぅーん」

「燃え盛ってる店へ一切の躊躇ちゅうちょなく飛び込んで兄貴を救ったんだ、感謝しなくちゃな」

「そうですね。表立って恩を返したりはできませんが、平穏の維持位には役立ちましょうか」

「あいよ」

 諜問官たちは今日も影を歩く。


―――


百々代(ももよ)様、お客様が参られたのですが」

「お客様ですか?予定はなかったはずですが。少しお待ちいただいてください」

 はやてと魔法莢弄りをしていた百々代は、手を洗い簡単に身嗜みを整えては、お客様が待っている応接室へと向かう。

「お待たせしました、って店長かぁ」

「ごきげんよう、百々代。先日は店番が世話になったみたいだからお礼に参じました」

「店番はどう、後遺症とかでてない?」

「お陰様でなんとも無く、暫くの稼ぎがなくなったなんてぼやいてるくらいでしたよ」

「よかった、お店の方は?」

「黒焦げで立て直しする他ありません。元々老朽化していたので良い機会と考えますよ」

「そっか、そうだよね。建て直しが終わったら連絡だけ入れといてよ、開店祝い送るからっ」

「承知しました」

 あまり顔を合わせることのない店長と雑談をしながら時を過ごし。


「そろそろお暇しますね」

「うん、またねっ」

「ああそうそう、忘れるところでした。先ずは建て替えてくれた治療費、本当にありがとうございました」

「当然の事をしたまでだよ」

「ふふっ。それと個人的な礼に倉庫で眠っていた魔物素材を贈ります」

 高級そうな長細い桐箱が鞄から取り出され机に置かれる。

「開けても?」

「ええどうぞ、気にいるといいのですが」

「おぉ?」

 紐を解き蓋を持ち上げるとひんやりと冷たい空気が漏れ出す。箱内に鎮座していたのは冷気を今尚放っている、氷柱のような物体。


「こ、これって」

冱氷龍こひょうりゅう副角ふっかくです。群島の迷宮で手に入る品なのですが、買い手がおらず倉庫を冷やすばかり。貴女ならば上手く使ってくれると信じ譲渡しようと持参したのですよ」

「…いいの?」

「店番は家族みたいなものなので、これでも安いのではないかと不安なくらいで」

「そっか。わかったよ、受け取るね」

「ありがとうございます。では店の立て直しが終わったら、お越しくださいね」

「うん、絶対に行くよっ!」

 篠ノ井邸を後にする店長を見送り、百々代は固唾かたずをのむ。


―――


「どうした百々代」

「見て見て一帆!これこれ!すごくない!?」

 手に沍氷龍の副角が収まった桐箱を手に、大興奮の百々代、そして颯が走り寄ってきては見せつけてくる。

「凄いぞ一帆くん!」

「…?何が凄いんだ、氷柱か?」

「これはね沍氷龍の副角っ!」「そうそうお目にかかれない代物だぞ!」

「沍氷龍、確か希少龍の一角だったな、そんな魔物の角がどうしてここにあるのだ?」

「この前に店番を助けたお礼って店長から!」

「…何者だよ、店長って…。まあ貰ったものは貰ったもの、使うのだろう?」

「「勿の論!」」

「ふぅ、この角は氷魔法の触媒として使えるから、一帆の魔法を作ろうと思うんだけどどうしよっか?」

 一呼吸して落ち着いた百々代は、真面目に使用用途を考えていく。


「というかだ、競り落とす迷宮遺物に目星はついているのか?」

「先程、謀環むげんという杖に決めたところだ」

「杖なんだ、となると形状は六角でも良さそうだね」

「お前達二人がいるのだ、持てる力を最大限使えるようにな」

「で、どんな効果がある?」

「謀環を条件起動に設定した魔法は、発動に溜め必要になるが威力減衰を失うという迷宮遺物だ。少しばかり値が張るが父上が工面してくれるのだ、なんとかなるはずだ」

(一帆が高いっていうなら、本当に高いんだろうなぁ…。前回の収入もあるし、少しお義父様に協力しておこっと)

「威力減衰を失う、とは有効射程はどうなる?場合によっては周囲への被害を考えなくては」

「謀環の方に有効射程が設定されているとのことで、今回は甲級品、八半里(500メートル)だな」

「かなりの射程だね、超遠距離まで対応できるようになるんだ」

「そこに威力減衰の無効化か。となると、」

「高威力魔法っ!」

「だな!」

 もう既に副角の触媒特性は調査済みのようで、二人は魔法陣を引き始める。

 触媒や魔法陣については人並みの知識しか持ち得ない一帆は、机に置かれている角へ触れては冷たさに驚く。

(副角とはいえ希少龍、そこらの素材はおろか迷宮遺物とも比べ物にならない程の金額のはず。いくら従業員を守ったからとはいえ度の過ぎた返礼の品だ)

 小さく考え込み、何かしら知っているであろう父に訪ねようと決めた。


「どんな魔法にするつもりなんだ?」

「魔法弾かな。一帆の立ち位置や今までの戦闘手法を思えば、変わった魔法よりかは手元で細かく調整できる魔法射撃が適してると思うんだよ。今までは霙弓で直線的な魔法ばっかりだったと思うから、軌道線や複数、形状変化とかを思い出しといてねっ」

「わかった」

「ただし!普通の魔法では銃型迷宮遺物を用いた威力の強化には及ばないだろう!吾々はそれを突破してみせるぞ!素材が素材だけに再現性のない唯一品になるだろうがな!ハーハハハッ」

「具体的にはどうするつもりなんだ?」

「これから決める!」

 二人が描き上げた魔法陣を見ても理解するには程遠い。


蘇鉄族そてつぞくもだけど、板兜魚ばんとううおにも硬部には霙弓えいきゅう凍抓とうそうは通ってなかったんだよね」

「なら貫通力か。硬度を上げて鋭角化するのが基本になるが」

捻杖じじょうみたいな圧縮をするなら兎も角、硬度はある程度の上限があるからね。…飛手甲ひてっこうって魔法を昔に作ったんだけど、纏鎧で魔法を覆って射出してて殻ごと爆破してたんだけど」

「纏鎧か、着けているものを無理繰り飛ばすならまだマシだが、基礎設計を纏鎧とするのは面倒…、成形魔法で覆って硬度を維持してみるか」

「いいねっ、威力減衰が無くなるなら基本の大きさは問題なさそうだし」

「となると形状変化の融通が効かなくなるな」

「そうだね。素材的に余裕がありそうだし、中型と小型で二つ用意する?」

「くくく、そのための六角一二面、面別魔法陣だ!形状変化に対応させる成形魔法を作れずとも、大きさを複数用意するだけならば容易い!」

「なら魔法の推進力をもう一つで用意しよっか、結構空きが出来るはずだし」

 ついて行けなくなり、感覚を思い出しに魔法莢を手にとって部屋を出ていく。


―――


「お仕事お疲れ様です、父上」

「ただいま一帆。出迎えなんて何か問題でもあったのかい?」

「問題ではないのだが、一つ質問をと」

「ふむ、なら書斎で待っていて」

「ああ、わかった」

(さて、真剣な顔をしていたけれど何かな)

 帰宅した慧悟けいごは着替えがてら様々な報告を耳に留め、店長が現れたことに一つの想定を組み上げた。


「お待たせ、それで質問って?」

「百々代が店長と呼ぶ男の正体だ。従業員を救助してくれた礼に、と希少龍の素材を持参し譲渡した。鱗の一枚なら、まだわからなくもないが副角となれば流石に度が過ぎている」

「気に入ってるとは思っていたけれど、大盤振る舞いだね。彼は金木犀諜問官の長だよ」

「そういうことですか。ならば従業員というのは」

「ああ、諜問官だね」


 彼らは島政省の裏方。基本的に諜報、工作、暗殺などを仕事の主とする者たちだ。存在自体は語られているが、一部の者にしか確かな存在を知られていない影の者。

 島政傘下ということもあり、仕える先は天糸瓜侯爵や各領地を治める伯爵。そして今現在の大貴族らの方針は、対外戦争を行わず大陸との国交も最低限と内向き模様。

 それが反映されて火種を持ち込もうとする大陸人の処理、島民が大陸へ戦意を向けないように情報統制などを行っている。


「前に…見えない者を見る魔法莢なんていうのを百々代さんが作っただろう?あれも透明化の魔…なんだったか、魔法道具を使うプレギエラ工作員への対策さ。お陰で随分と仕事が楽なったなんて言ってたよ」

「百々代は彼らのことを」

「知らない筈だ。あくまで雑貨屋と客に徹するつもりらしい」

「そうか…」

「この事は口外禁止だからね」

「わかっている。どうやって知り合ったんだか」

「偶然らしいよ」

 まあ良いかと納得し、一帆は真実を心の奥底へ蔵い込む。


―――


 話を終えて「そろそろ夕餉の時間だから二人を呼びにいってやるか」なんて二人、いや今は三人が使用する私室へと入れば、颯の膝に頭を乗せて眠る百々代姿。

 声を潜めて一帆と颯は会話を始める。


(休憩がてらの午睡中だ)

(百々代に膝枕してやるのは夫である俺の特権だと思うのだがな)

(吾も側妻になるのだから多少は譲ってくれ)

(はぁ…、百々代は両手に花だな。ふっ)

 椅子に腰掛けては気持ちよさそうに寝息を立てる彼女を見つめ、楽しげに口端を上げる。

(魔法陣の作成は順調か?)

(そこそこだな。…やはり百々代くんと強固な縁を作ったのは正解だった)

(莢研のお前がそこまでいう程にか?)

(片手間で学んでいた六角式をもう自分の物にし始めているんだぞ、競合相手じゃなかったことを幸運に思う)

(そうか。…やはり可愛いな)

(一帆くんもそういうことを言うのだな)

(…煩いぞ間女。はぁ、そろそろ起こすか)

 涎を垂らしていた百々代を起こし、三人は夕餉へ向かう。

誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。

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