一七話③
百々代が帰宅する頃には帳が降りて、鯆月と星鯱が百港国を見守る時間帯となっていた。
「おかえりなさいませ、百々代様。ご予定よりも遅いお帰りですが、不都合でもありましたか?」
「ちょっと色々ありまして」
「…。先ずは湯浴みでお身体を清めましょうか」
「これは、…食事どころじゃないですね。お待たせしている皆さんにお詫びを言伝てもらえますか?」
「承知しました」
纏鎧を起動してたとはいえ炎逆巻く雑貨屋に飛び込み、店番を背負い港を走り、そして倉庫場でこそこそと動き回っていたのだ、汚れていないはずがない。
緊急事態だと騒ぎ出さなかった使用人を褒め称えるべきであろう。
屋敷内を進み浴場へ向かえば、百々代の侍女をしている朝陽と遭遇する。
「…随分と汚れてのお帰り、お怪我は…なさそうですね」
「ただいま。ちょっと事件の巻き込まれたというか飛び込んだといいますか…」
「…。お出かけの際は伯父を同行させましょうか」
「あはは、そこまでは流石に。湯浴みの準備をお願いします」
「準備は整っておりますのでこちらへ。…御髪が少しばかり焦げていますね」
「え、どこ?」
「ここです」
「本当だぁ、簡単に整えてもらっても?」
「お任せを」
―――
「遅かったじゃないか」
「いやー、色々とあってね。おまたせしました皆様」
「何があったんだい?」
実は、と説明をしていけば一同は眉間に皺を寄せていく。
(名前のない雑貨屋、…確か諜問官を配置している監視所だったはず。となると学舎襲撃の際に誰も帰ってこなかったことから、報復に来たと考えるべきだね。だが場所が割れているとは、…諜問官長に掃除をお願いしたほうが良いかな)
「お義父様やお義母様もお出かけの際にはお気をつけください」
「百々代くんも気をつける立場だということを忘れてないか?」
「えへへ、颯さんもだよ」
「父上、英二にも護衛を回したほうがいいのではないか?」
「そうだね。薫、頼めるかな?」
「お任せください。…ですが慧悟様の護衛は如何なさいましょう」
「競売日まで時間がありますし、わたしも協力しましょうか?」
「いいのかい?」
「ええ、戦闘には自身がありますので」
「なら人員の調整が整うまでの間、三日間程を英二の警護を任せよう」
「了解ですっ!」
「では一帆は屋敷と望海の警戒をお願いするね」
「私の侍従も使ってください、滞在の礼です」
「助かるよ颯さん。それはよろしくね一帆」
「ああ、任せろ」
こうして食前の話し合いを終えた。
―――
明くる日。学舎へと事情を伝えた百々代は、動きやすい男装で以て英二の許へと行く。
「…そんな事が、では私の護衛をお願いします義姉上」
「お任せくださいっ」
ニコリと微笑んで友人等へと自己紹介をすれば、百々代の名は知れ渡っており皆一様に「この人が」と目を瞬かせる。
元市井出身ながら学舎を第一座で卒業し、伯爵家に嫁ぐまで至った稀代の魔法師。まだ龍種討伐の噂は広がっておらず、なんでこんなところになんて言葉もチラホラ。
「三日間だけですがよろしくお願いしますね、皆様」
「は、はい!」「よろしくお願いします!」「握手、してもらえますか?!」
「いいですよっ」
(なんか新鮮だなぁ)
などとのんびり考えながら、邪魔にならない程度の護衛を行っていく。
英二の成績はといえば、一帆の弟というだけあって座学も実技も優秀。第一座として恥ずべくことのないよう尽力している。
「おお、篠ノ井百々代さんではないか。英二くんの護衛として来ているとは聞いていたが」
「松本先生っ、お久しぶりです!」
教師の松本雲雀と顔を合わせては目を丸くされる。卒業したかと思えば出戻りしてきたのだから当然か。
「一季では久しぶりと言うには近すぎる気がするけれどね。迷宮の探索は順調かな?」
「はい、先季に二つの迷宮を夫と熟してきましたっ!」
「ははは、学舎の教師として誇らしいな」
などと実技の授業中に挨拶をしていれば、不機嫌そうに歩み寄ってくる生徒の一群が一つ。
「おい、お前は元庶民なんだろ?ならデカい顔をすんなよ。伯爵家に取り入って第一座を用意してもらったようだが…目障りだ」
「授業の邪魔でしたね、申し訳ないですっ」
「チッ」
ペコリと雲雀へ頭を下げては、英二たちの許へと走っていく。
「嫌なんだ、傲慢ちきで!百々代様も気になさらないでください、いつもあんななんですよ」
英二の友人は辟易とした表情を向けては、愚痴をこぼしていた。
「元気でいいと思いじゃないですか、やる気の表れですよ。実力もありますし上位座ですか?」
「え、ええ、第二座の鶯巣黎也様です」
「やっぱり競い合える相手が居なくちゃ、皆も負けないように頑張ってね!」
「あっはい」
(ねえ英二さん、百々代様って…)
(少し呑気な風のある性格なんだ…)
(本当に第一座だったのですか?)
(それは間違いないはず)
妙に沢山の魔法莢を腰に佩いてはいるが、強者の気風というものは一切感じられない。感覚的には義弟の参観に来ているくらいであろう。
―――
二日目もこれといって怪しい者が現れたりすることもなく、所々で警備の人員が増えてきたのみ。
(こっちは問題なさそうかな。雑貨屋が襲撃されたのも戦争をしたいプレギエラからの無差別攻撃と思ったほうが良いね。…それはそれで困るんだけど)
店番は養生してるかな、などと考えつつ、のんびりと授業風景を懐かしむ。
こうして生徒が顔を見合わせ授業をしたのは、体感で一年以上前のこと。
(ん?)
視界の端で自身に向かってくる擲槍を見つけ、避けても大丈夫か確認してから百々代は最低限の動きで躱す。
ひらひら手を振り、無事を知らせていれば英二の友人たる女生徒がお冠のようで、擲槍を飛ばした張本人である黎也の取り巻きへと突っかかる。
「今の態とでしょ!しっかり謝りなさいよ!」
「あ?低級貴族の癖に煩いぞ。あっちがああ言ってるんだからいいだろ」
「きゃっ」
敵意を剥き出しにする彼女が気に食わなかったのか、押し退けようとした結果、力が強くなってしまい蹌踉めいて歩み寄っていた百々代が抱きかかえる。
「わたしは大丈夫だから、気にしなくていいですよ。学舎の擲槍は人体への影響を極力抑えてはいるけれど、危ないことは確かだから君も気を付けてくださいね」
「あ、ああ」
「先生に怒られる前に戻ったほうがいいですよ」
離れるように促しては、女生徒から手を離し微笑みかける。
「あ、ありがとうございました」
「義姉上、…ナメられたままいいのですか?」
「こんなんで鶏冠を立てるようじゃ、お里が知れてしまいます。わたしはもう卒業生だし、篠ノ井家一人なんですから」
(兄上も同じことをいうのでしょう。私はまだまだ子供、ですね)
余裕綽々な百々代を見ては、英二と友人は苛立ちを散らして授業に戻る。
なんだかんだ英二たちに馴染んだ百々代は、授業終わりに魔法実技を教えてほしいとせがまれて快諾、演習場までやってきていた。
「授業終わりに皆で勉強したなぁ」
「兄上たちと、ですよね?」
「ええ、そうです。皆で教え合ったり協力したり、楽しい日々で宝物なんですよ。えへへ、青春ってやつですね」
知れば知るほど、ぽやぽやした締まりの無い女である。
「それじゃあ魔法実技ですよね、ちょっと擲槍借りれますか?」
「どうぞ、接触起動です」
「ありがとうございますっ。わたしの師である坂北よしみ先生は、魔法の実力は魔力操作と形状変化を如何に鍛えられるか、と仰有ってまして、擲槍もこうして、」
宙に現れた擲槍を捻じるように細めて射出することで、魔法に耐性のあるであろう的を軽々貫通させ、演習場外部にある木へと突き刺さる。
「やばっ。…えーっと、こんな風に貫通性を上げて的を抜いたり出来ます、あははー…」
「「…。」」
「つ、次はですねっ、擲槍の接触面積を増やすことで衝撃力を上げることが出来ます。一つの擲槍でも複数の使い道が増えるので、魔力を上手く操作し形状や形質の変化、後は軌道線を引けるようになれば実技も簡単になると思います」
二つの擲槍を左右へと飛ばし、最終的に的へ当たるよう弧を描く軌道線を見せれば、一同は声を漏らして感心していた。
「どうやればここまで魔力を操作できるようになるのでしょうか?コツとかあれば教えてほしいです!」
「出来るようになるまでやれば出来ますよ、何事も積み重ねです。毎日鍛錬を積みましょう」
「はいっ!」
受け入れた者半分、意味がわからないと思う者半分。どういう練習がいいかと尋ねられれば、結衣がやらされた練習を教えた。
(それって確か…)
一帆からとある話しを聞いていた英二は遠い目をする。
―――
三日目にて英二の護衛を行う人員が到着し、学舎そのものの警備も万全となり百々代も今日いっぱいで役目を終えることとなる。
(何事もなくてよかった、港防の軍人さんが頑張ってくれたと見るべきかな)
「わたしはこれで帰りますが、皆さんこれからも勉学に励んでくださいねっ」
「ありがとうございました。父上たちによろしくお伝えください」
これといって何もしていないのだが、まあ受け取れる礼は受け取っておこうと微笑み踵を返せば不機嫌そうな男生徒。
「…。」
「…?こんにちは?」
「お前本当に第一座だったのか?ここ数日、ただただ呆けているようにしか思えず、強者の風格など微塵もない。やはり金木犀伯爵家に取り入っただけか?」
「そうですね、実は特別措置で優遇してもらったんです。点数に上限がある以上は同位点に対して割り振られる家格はどうしようもありませんから」
「同位点…」
「わたしの学年では三人が満点で競い合っていまして」
百々代が優遇されていたというのは事実だし、篠ノ井家に取り入っていたのも確か。言っていることは間違いではないのだ。
(…なるほどな)
「私と手合わせをしろ」
「え?」
「同位点で第二座に甘んじているが実力には自身がある。篠ノ井百々代、お前の鼻を明かして私のほうが第一座に相応しいと示す」
「鶯巣黎也、悪いことは言わない止めておいたほうがいい」
「何故ですか、松本教諭」
別れの挨拶にやってきていた雲雀が、四年前の事を思い出し黎也の自身が圧し折られないため間に割って入る。
「…いやぁ」
彼にも自尊心があるようで言葉を濁し、苛立つ一同を宥めてみるも効果は無く。
「わかりました、簡単な模擬戦闘ということなら受けて立ちましょう。ただしっ、年齢差もありますしここは学び舎、後学の為ということで一対多で行いましょう」
「後学の為、ああ年末の実技試験か。いいだろう」
一対三でも流石に可哀相、と英二らからも三人選出し一対六での模擬戦闘となった。
「なんで私まで…。義姉上、お手柔らかにお願いします…」
「あはは…、うん、大丈夫ですよ」
「…それじゃあ始めるよ。大型魔物と戦うくらいの心持ちで挑むように」
「「は?」」
「始め!」
先ずは様子見と肉体強化のみで魔法射撃を躱してき、貫通性を削った擲槍で反撃をしていく。兄弟で戦う方が似通っているのか、英二が中心となって障壁を張り防御を務めている。然し完成度は足りず、障壁に斑があるので薄くなった脆弱部を撃ち砕いては、どこが駄目だったかを知らせた。
対障壁に於いては百々代はこれ以上無く長けているのだから。
(的確にッ!兄上を相手していただけありますね…)
「駆刃!」
「おっと」
飛来したのは黎也の放った駆刃、範囲を絞り百々代の回避先に置くような精密な攻撃だ。自信があるだけの練度、彼の言う通り実技では英二よりも上であろう。
(躱されたッ?!だが!)
逃げ場を潰すように魔法射撃が放たれ、即席ながら上手い連携だと感心し零距離擲槍で高く跳ね上がった。
「チッ。だが!空宙ならッ」
百々代の落下速度を計算し、成形武装を振り抜いて魔力の刃を飛ばし一撃を加えようとする。然し彼女には空宙での移動方法があるわけで。
「生意気な!」
「あはっ」
優秀な後輩たちに百々代も高揚し楽しくなっていき。
「起動。成形兵装武王ッ!」
「「ッ!」」
良い物を見せてあげようと太刀を構えた鎧武者を作り出した。
「成形獣に纏鎧と成形武装?!馬鹿かッ?!」
援護に入ろうとする生徒を擲槍で妨害しつつ距離を詰め、拳での一撃で障壁を殴り砕く。
(拙い、分断されれば確実に終わる…ッ!だが、なんだこのコイツ、動きが成形獣のそれじゃあな、い――)
重甲な見た目の割には細やかな動きで、的確に痛い場所を突いてくるやり口。そう、人が成形獣の姿を真似ているかのような感覚。
武王が高く掲げた刃に、成形武装を寝かせて防御の構えに移ろうとした瞬間、太刀の頭で一の腕を打たれて黎也は顔を歪めて敗北を覚悟する。
「まだまだ、ですっ!」
二の太刀が迫りくる中、割って入り太刀を弾いたのは成形武装を握った女生徒。
「どうせなら、良い所を見せたいっ、でしょ!」
(いいね、格好良いっ!)
彼女の活で諦念の吹き飛んだ生徒たちは、百々代一矢報いるべく奮起し敗北した。
「お疲れ様です。即興の集団でしたが、上手く連携し好く戦えていました。これからも鍛錬を怠ることなく勉学に励んでくださいねっ!」
後輩たちと戯れ合った百々代は涼しい顔で手を振って帰っていく。
「あん、だけ、動き回って、涼しい顔してる、とか、ありえない…」
「君たち本当に良く頑張ったな…」
「松本教諭、百々代様の学舎での戦闘成績って」
「試験に於いては無敗だ。たしか…成形武装の授業中にだけ負けたりしてたか。まあ規格外な生徒だったよ…」
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