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一七話②

 一帆かずほが西条と安茂里へ足を運び百々代の家族たちに睨まれ、はやてが義母となる望海のぞみと茶会をしている頃。

 百々代(ももよ)は迷宮管理局へとやってきていた。目的は競売品目録の購入と、迷宮管理局からの聴聞会。

 受付で身分証を提示すれば待っていました、と会議室へ案内されて金木犀きんもくせい所の幹部局員らが姿を表す。最後に現れたのは金木犀所の所長、榊入さかきしお子爵ししゃく塩尻しおじり林子りんこ


「ごきげんよう、篠ノ井百々代巡回官。帰ってきて早々の呼び出してしまって申し訳ないけれど、いくつか訪ねたい案件がありお呼びしました」

「はい、ごきげんよう、塩尻所長。こちらもご報告に足を運ぼうと考えておりましたので、潮の満ち引きが噛み合った事を嬉しく思います」

「それは何よりですね。先ずは蝋梅領でのご活躍を伺いましょうか、ええと笹野街の幽谷迷宮から」

「畏まりました。では――」

 莢研の颯を同行させたうえでの魔獣の対処、迷宮資源である燭台竜胆しょくだいりんどうの栽培所見学、そして単身での首魁討伐。よくある迷宮での活動内容…いや最後は可怪しいのだが、まあ些事だと納得する面々。


「素晴らしいご活躍ですね、学舎でも優秀な成績を修めていましたが単身で魔物を討伐できるとは。…では、件の迷宮での仔細を」

 ここからが本番。聴聞内容を記録していた書記は新しい紙面を用意し筆墨を変える。

 先ずは活性化の影響で異質化、多雨迷宮から雨がなくなったという事実。

 そして新たに現れた蘇鉄族そてつぞくという魔獣に、敵対関係ではなくなった月眼蜥蜴つきめとかげたち。


「敵対関係にあった両者に割って入り、今まで敵対していた月眼蜥蜴に手を貸したと」

「はい。事前に見かけた時、こちらに気がついていたのにも関わらずこちらを見逃し、蘇鉄族へ向かっていったので。すばしっこいだけで脅威とない得ない相手であったことも理由ですね」

「その後、圧し潰されそうになった月眼蜥蜴を助けた結果、懐かれた」

「そうです。賢いのかわたしの話す言葉は受け入れてくれまして、蘇鉄族が発生次第防衛官に知らせるまでの協力関係を築けました」

「信じ難いですが、蝋梅所からも同様の報告がなされているので真実なのでしょう」

 伝達視の緑が作用していた。という事実は伏せられているので、異質も異質、局員らは困惑頻りである。

 最後に新種の中型龍、先日に命名された樹董龍を二人で討伐した旨を伝えた。


乙女おとめ副局長が目をかけているとは知っていましたが、規格外という他ありませんね)

「報告に嘘偽りはありませんね?」

「はいっ、広天の三天魚さんてんぎょに誓って」

「よろしい、本報告を真実と受け取ります。聴聞は以上で終了となりますが、篠ノ井百々代巡回官から追加の報告等ありますか?」

「いえ、必要な事は全て報告したかと」

「では聴聞会を閉会とします。若い身ながらのご活躍、同じ金木犀貴族として誇らしく思います。これからも存分にその腕を振るってください」

「はいっ!精進します!」

 ピシッと礼をし退場、残った局員は報告を改めて確認しては目を丸くしていた。


―――


 金木犀所の競売は一三日後、つまりは出立までそこそこの休暇となるわけで。競売品目録を購入し、篠ノ井家まで郵送を頼んでは金木犀所を後にする。


(さーて、どうしよっかなー。雑貨屋にでも顔をだしとこっか)

 時間に余裕が生まれたので、フラフラと港を見て回り小章魚こだこの串揚げを食み、呑気に歩いていく。

 到着するのは看板も出ていない雑貨屋と呼んでいいのかも不明な店。遠目に見れば店の窓が開け放たれており、営業中であるのだと納得する。


(珍しい、お客さんがいるなんて)

 真夏なのに外套を深く被った三人組が店の扉を開き、魔法を放った。

「なっ!」

 走り去る一人の頭巾が捲れれば、百港国では見慣れない大陸人の風貌。

 血液が沸騰しそうな激情を無理繰り抑え込み、肉体強化と纏鎧てんがいを起動しては全力で雑貨屋まで駆け込む。放たれた魔法は炎だったようで、店舗からは火の手が上がり血眼で店番を探す。

(いたッ!背に腹は代えられない!)

 棚が倒れ、行く手を阻んだその先に血を流し横たわる店番の姿。煙を吸い込まないよう、呼吸を止めては零距離擲槍パイルバンカーで棚を破壊、意識のない彼を担ぎ上げては壁をぶち抜き脱出した。

「店番!」

「…、ゲホッゲホッ!…あー、しんど」

「今、医院に連れて行くからッ!」

「あー…百々代か。…助かったわ…。」

 全力で金木犀港を駆け抜け、医院に到着した百々代は急患だと店番を預ける。

 四半時(30ふん)して無事に治療が終わったと聞き、安堵しつつ治療費を立て替えた。


「あーわりぃ、財布は店で…燃え滓だろうな…」

「いつか返してくれればいいよ、はぁ…よかったぁ…」

「…。」

「わたしは警務局に行って事情を説明するつもりだけど店番はどうする?迎えには来れる人がいるなら、さっさと向かっちゃうけども」

「…一人で帰れるわ、百々代よか全然歳いってんだぞ」

「…。」

「あー…わかった。送ってくれ」

(店番がまた襲われるかもしれないし、一人にはできないよ。だけどなんで大陸人が)

(あー…しくったな、相手は見えなかったが諜問への報復だろう。百々代がいちゃ連絡もし辛いし、再度襲撃されても後手にでちまう。出任せで近場の集合住宅を家ってことにするしかないな)

 店番は百々代を巻き込まないよう、周辺の地図を思い出し一番近くへと案内をし歩き進む。


「あー、ここだ、どうもな」

「そう。しっかりと休んでね」

「そうする。警務局にはこっちから顔を出すって伝えてくれ」

「わかったよ、それじゃあね」

「じゃあな」

 肉体強化を用いて全力で走り、近場の警務局の派出所に顔を出して事情を説明。店番の名前を告げて、後日顔を出す旨を伝えれば協力感謝の礼を受け笑顔で立ち去る。

 次いで向かうのは雑貨屋。火は消し止められ、警務官が捜査をしている最中。先と同じ説明をし捜査協力をすれば、改めて礼を受け取り自身の連絡先が篠ノ井家であることを伝えた。

 やるべき事を終えた百々代は、雑貨屋から逃げた大陸人が走り去った先へと足を進める。


―――


 聞き込みをすべきかも考えたら百々代だが、変に浮いて警戒されても困ると大陸人の向かった先を大まかに歩いていき、潜伏しやすそうな倉庫場まで辿り着く。

(そんな直ぐに見つかるとは思わないけれど)

 通行人の顔を眺めつつ異国風な顔立ちの者がいないか確かめていく。


 百港国には今現在大陸との国交は無い、原因は百々代生まれるより前に勃発していた洋上戦争である。

 その頃は大陸が大きな一つの大国家であり、次は洋上の百港国を落とすべく戦を仕掛けたのだ。とはいえこれが初めてではなく、幾度とある戦争の一つであるのだが、関係が修復されることなく大陸側の国が崩壊分裂した事で、今まで国交が失われたままなのである。

 以上から大陸人というだけ百港国では異質。船で立ち寄って貿易をする程度なら兎も角、滞在許可もなく国土を踏もうものなら…。


(真夏に深々と外套を被っているなんて、怪しいにも程があるし多少浮いても聞き込みをするべきだったかな。でも私怨捜査なんて褒められたものじゃないし)

 人通りのあるところで壁を背に溜息を吐き出す。

「はぁ…」


「…こんなクソ暑い……外套被ってる……て変わった……もいたも…だ」

 ふと通行人の中からそれらしい会話をしていた者らを見つけ出す。好機と聞き耳を立てては少しばかり後をつけてみれば、煉瓦造りの古倉庫へと入っていったのだと。

(彼らの来た方向と、煉瓦造りの古倉庫…。行ってみよう)

 夕刻になる頃合い。いくつかの倉庫へ目星をつけて不識しれないを用いて内部を覗いてみるも、それらしい人影は無し。

(遅くなると心配かけちゃうし、……あれって)

 倉庫と倉庫の隙間から諦念漂わせていた百々代だが、足音を耳にし息を潜めていれば何かしらが前方を通り過ぎていったらしい。ひょっこりと顔をだして青い瞳で探していれば、透明な何かが走っている。

(これって)

 ギィと建付けの悪い扉を開ける音が一人でし、同じ音を立てて閉じられた。まるで透明化している誰かが倉庫へ入っていったと思しき現場に、ふと学舎時代に透明化した襲撃者を思い出す。


 移動しこっそりと窓から内部を覗いてみれば、五人ほどの大陸人が汗を流しながら何かを話している。

『諜問の住処に魔法攻撃を行ったが、通り掛かった魔法師に救助されたらしい…』

『仕留められなかったのは惜しいが、報復の一つは達せられたと考えるべきだ』

『通りすがりとは言ったが、本当は関係者ではないのか?』

『不明だ。即座に建物の一部を破壊し救出、脇目も振らず病院に向かったらしい』

『アレらが身内を優先し我々を追わないとは考え難い、無関係な魔法師なのだろう』

 プレギエラ語というのは理解できるが、外つ国言葉を習熟していない百々代からは理解不能。

(あの時の二人はいないけどプレギエラ人だよね。…ここで先手を打つべきかもしれないけれど、越権行為はまずいよね。…不審な大陸人を見かけたって通報をして終わらせよ)

 念の為と不識を用い移動して嘆息する。治安が悪くなったものだと。


「こんにちはお姉さん、少し尋ねたいことが有るのですがよろしいでしょうか?」

「はい?」

 声を掛けられて振り返れば港防の軍人が六人程。

「実はこのあたりで大陸人を見かけたと報告がありまして、もし見かけていればと」

「…。声を潜めてもらえますか?」

(実はわたしの知人が大陸人に襲撃されまして個人的に追っていました。それらしい噂を聞いてこの辺りを浚っていたのですが、その倉庫に五人ほど屯しています)

(ああ、あの雑貨屋の知り合いですか。情報提供ありがとうございます、後は我々にお任せください)

(透明になる不可思議な魔法も用いている様子もありました)

(なるほど。少し前に配備された魔法莢まほうきょうが役に立ちそうです)

(…その、わたしも魔法師なので協力しましょうか?所属は迷宮管理局なのですが)

(それには及びません我々は軍人ですので、人との戦闘には長けております。巡回官さんはご帰宅ください)

(畏まりました。それではお気をつけくださいねっ)

(はい)

 小さく礼をして百々代は倉庫場を後にする。

(そういえばなんで巡回官ってわかったんだろう?)


―――


(兄貴の弔い合戦と行きますか)

(死んだことにしてやんなよ)

(にしても俺たちより先に見つけたもんだな)

識温視しきおんしを作った本人だから、そういう相手に長けてるとか?)

(まっさか、腕は確からしいけど一般人だよ。あの奥方)

(はいはい、話しは終わりですよ。さっさとお客さん片付けてしまわないと)

(了解)

 軍人に扮した諜問官らは以前にプレギエラの工作員から奪い取った不可視の外套を纏って襲撃、裂門れつもんという不可視の魔法を用いて確実に処理していく。


「はぁ…コイツら普通に強かったじゃん…。あの奥方が一人で飛び込まなくて良かったわ」

「クソ、腕折れてる。治癒してくんね」

『舐めた真似してくれて、楽に死ねるとは思うなよ大陸蜚蠊(ゴキブリ)

『…っ。』

 倉庫から痕跡を消して撤収の準備をしていれば、小太りのオッサンが一人姿を見せた。

「もう終わってしまったのですね。優秀な諜問官が増えてくれて嬉しい限りですよ。ほほほ」

「人探しの上手い奥方いまして」

「あら、あのが協力してくれてたの?」

「雑貨屋の襲撃を見ていたみたいでして、独自に捜査をしていたようです」

「こちらの素性に気取られてはいませんよね?」

「問題ないかと」

「良かった。ただの常連と店主の関係でいたいので、何も知らないでいてほしいのです。然し大きな恩を作ってしまいました」

「店は滅茶苦茶ですけど」

「良い機会だし建て替えますよ。よし撤収しましょうか」

「うっす」

 彼らは人知れず闇に消えていく。

誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。

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