一七話①
やってきたのは迷宮管理局蝋梅所。幽谷迷宮と多雨迷宮の活動報告を提出しなければ、無料働きになってしまう。この手の机仕事は篠ノ井夫妻の二人共得意とする分野なのでスラスラと終え、金子の支払いは銀行口座へと直接振り込みなった。
活動内容が活動内容だけに受付で支払うには多すぎる金額となってしまったからだ。
「資金にかなりの余裕ができたから、迷宮遺物の競売目録に目を通してきてもいいか?」
「いいよ。わたしも付いてくっ」
迷宮から出土した迷宮遺物と流物は入手者が不要と購入をしなければ、出土した領地の迷宮管理局で競売に出される。蝋梅領も大きな港を持つ沈丁花領と並んでも遜色ない領地で、迷宮も多く出現している場所だ。それなりに競売に掛けられる品も多い。
一応こと領地ごとで競売日が被らないよう開催日がずらされているので、予定を確認すれば蝋梅領は七日後。競売の価格は青天井ではなく金額が指定されており、即決できる金子が用意できるのであれば競売を待たずと購入することも出来る。
「良い品があるといいのだが」
二人は長椅子に並び肩を寄せて目録の頁を捲っていく。全てが全て購入されるわけではなく、年単位で残り続ける品もあったりで、その全てを掲載している為に中々に分厚い冊子。
とはいえ残っているということは、…そういうことなので、大半は碌でもない品となる。
「…大した物はないな」
「この入れた飲み物の温度が変わりにくい金属杯なんて便利じゃない?木不杯ってやつ」
「読み物や作業の最中に便利かもしれないな。金額は…即決で六〇〇賈、買っていくか」
武器としての迷宮遺物はこれといって目立った品がなく、便利そうな生活雑貨を購入して二人は蝋梅所を後にした。
―――
喧しい陽光の中、海上を進み二日。到着するのは金木犀港。
まさかこんなに早く戻ってくるとは本人等も思っていなかったのだが、戦力を大きく失ってしまったのでは仕方ない。停泊許可証を取り付けて、颯一行も連れての帰宅となる。
「あら一帆に百々ちゃん、おかえりなさい。小忠実に帰ってきてくれるのね」
金の御髪を揺らしてほのぼのと微笑むのは篠ノ井望海。慧悟の妻であり一帆と英二の母だ。
「下手を打っちゃいまして一帆の装備を整えるために戻りましたっ」
「怪我はない?あんまり危険な事をしては駄目よ?」
「えへへ、元気いっぱいですよ!」
「それならよかったわ」
百々代と望海の関係は良好、お互い穏やかなところが上手くハマったのだろう。
「そちらの皆さんはお友達かしら?」
「魔法莢研究局から俺達に同行している局員だ。理由あって滞在してもらうことになったとだけ伝えておく」
「初めまして、私は橿原子爵家の黒姫颯。後ろ二人は付き人です」
「とうもご丁寧に、二人の母をしております篠ノ井望海と申します。黒姫というと…最近慧悟さんが色々小難しい顔をしている案件かしら?」
「ああ、そんな感じだ。というわけで部屋を用意してやってくれ」
「畏まりました。百々代奥様もお荷物をどうぞこちらへ」
「この後は部屋に戻るんで大丈夫ですよ」
「承知しました」
「莢研からの報紙は届いていますか?」
「はい。お部屋に保管しております」
「ありがとうございますっ!」
「いえいえ」
ぺこりと使用人へ頭を下げ、百々代は一足先に自室へと戻っていく。
「では御三方はこちらへ」
「ああ、案内を頼む」
使用人の案内で颯一行も屋敷を移動。残った一帆と望海ものんびりと歩いていく。
「父上は仕事で?」
「ええ、最近忙しいみたいよ」
「…後で父上にも話すが、…先に謝っておく」
「あら。何かは想像しかねるけれど、一帆も悪い子に育ってしまったのね、うふふ」
言葉のわりには嬉しそうに笑みを浮かべて、二人はお茶にするようだ。
―――
(どうなんだ、これ)
一帆と颯の説明を聞いた慧悟は篠ノ井家当主として褒めるべきか、一人の親として咎めるか悩んでいた。もっと言うなら明らかに不機嫌そうな雰囲気を纏う望海をどうするか悩む。
(お父さん的には複雑な心境だよ。百々代さんは…百々代さんの表情は少し分かり難いのだよね、…黒姫とは西条今井と合わせて協力関係になりそうだから、波風を立てるべきではないだろう)
「承知した。君たちはもう大人だ、互いの利になるよう上手く収めてみたなさい。…ああ、遺恨は残らないようにね」
慧悟が視線を向けるのは百々代。関係に罅が入れば茶々を入れてくる者もいるだろうと釘を刺して話しは終える。
「くれぐれも西条家と安茂里家への説明を人任せにしないようにね」
「はい。承知しています」
「ところで巡回官としての仕事は順調かな?蝋梅領の方から面白い噂も届いているのだけど」
「あら、どんな噂なんですか?」
「新米巡回官の篠ノ井夫妻が龍を倒したってね」
「まあ」
「ああ、倒したな。そのせいで霙弓と魔法莢が破損してしまったが」
「強かったですっ」
「まあまあ」
「新種とも聞いたが」
「新種の筈だ、迷管の方で調査をし終え次第発表になる。討伐者の名前も添えてな」
ドヤッとした二人の自慢げな表情に嘘でも誇張でもないことを悟り、只者ではないと慧悟は微笑む。
「初端かな篠ノ井の名を轟かせてくれるとは、私も色々と忙しくなりそうだね」
「覚悟しておいてくれ、迷宮といえば篠ノ井、くらいにはする予定なのだからな」
「お手柔らかにね。…いい機会だし二人にご褒美でも用意しようか、結婚祝いなんかも有耶無耶になってしまったからね」
「なら迷宮遺物の金子を工面して欲しい」
「いいだろう。百々代さんはなにかあるかな?」
「わたしは特に、…では美味しいお食事でっ」
「承知した。それでは話しはここまでにしておこう、三人共旅で疲れているだろうから夕餉までゆっくりと体を休めるといい」
「ああ」「はいっ」「はい」
三人が退室し夫婦二人、じっとりとした瞳を向けられて慧悟はたじろぐ。
「…その、元々打診があってね。条件付けされていたわけではないが、彼女が百々代さんと仲が良く、訳ありと知りつつも受け入れてくれている二人の側に置きたいって」
「本人たちが受け入れているのですから文句はいいませんわ」
(不服なのは理解できるのだけどね)
「色恋のいの字も知らなかった一帆が両手に花とは、人生はわからないものだ」
「百々ちゃんにベタ惚れですからね、ふふふっ」
誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。




