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一六話⑨

 多雨たう迷宮は賑やかな限りであったが、首魁しゅかい再胎さいたいするとなれば防衛官らの表情も引き締まる。彼らが戦うわけではなく、篠ノ井夫妻を信用していないわけでもない、だがこの迷宮を盛り上げてくれている張本人に何かあっては困るというのが本心。

 深くに潜行する二人を見送り、無事に帰って来ることを三天魚さんてんぎょに祈る。

 二人が回廊階層へと到着する寸前、迷宮が鼓動をし月眼蜥蜴つきめとかげたちが草叢くさむらに隠れてしまう。


「本来なら鰐蜥蜴わにとかげだけど…まあ別物だろうねぇ」

「同じであればただ大きいだけの蜥蜴、俺はそっちの方が楽で助かるのだが」

「全長五間(9メートル)の蜥蜴、動きもそんなに速くないらしいし…簡単そうだよねっ」

百々代(ももよ)ならそうだろうよ」

一帆かずほでもそうでしょ。さて、いこうか」

(大きいだけの蘇鉄族そてつぞくとかなら、防衛官でもなんとかなる範囲だろうし助かるのだが。……まあ防衛官も増えることだし、頑張ってもらう他ないな)

 回廊を抜けて足を踏み入れた場所は、二〇間(35メートル)から六〇間(100メートル)の巨大樹が立ち並ぶ圧巻の大森林。前回に調査で足を踏み入れた時は、他階層と変わらない風景だっただけに驚きを隠すことは出来ない。


「わぁ」

「すごいな、これ」

「…首魁は、っとあれかな」

「どこだ?」

「あの四本足に羽の生えた大蜥蜴。こっちで一般的な千生龍せんしょうりゅうみたいな六肢龍ろくしりゅうだね」

 体高は三間弱(5メートル)で体長は八間強(15メートル)、木目模様の鱗に所々に苔生した樹木の龍。長い事動いていなかったような風体で、そこら中に落ち葉が積もっており翼を羽撃かせればヒラヒラと舞い落ちる。

 今までの魔物魔獣と比べて非常に大人しく、百々代らに視線を入れても自分から襲いかかってくることもない。よっこらせ、なんて聞こえそうに起き上がり、積もった落ち葉を払ってから優雅に歩いてきた。


「小柄だが龍種、余裕を保った態度は…美しいな」

「なんか妬けちゃうなぁ、ローカローカ(わたし)を見た時にそんなこと言ってくれなかったのに…。なんてねっ」

「言っちゃ悪いが怖かったぞ、お前の前世は」

「だよねぇ」

「百々代の事は、…可愛いと思っているぞ」

「ありがとっ。えへへ、龍種相手に惚気けているのも悪いし、わたしも元は龍お相手願おうかッ!」

「―――ッ!!」

 緑の瞳からの影響を受けているようで、龍種いや樹董龍じゅとうりゅうは百々代からの挑戦を受け取り、今までの穏やかさを捨て去り猛り駆ける。

 巨大樹を零距離擲槍ブースターの足場に、直線的にならないよう百々代は接近、喧しい騒音と閃光の剣で以て斬り込む。

 然し派手に目立つ彼女の攻撃を受けるほど樹董龍も甘くはない。四本脚を踏ん張り飛び跳ねては空宙で宙返り、視界に捉えては翼を羽撃かせて周囲の巨大樹から木の礫を生成し、豪雨の如き勢いで射出した。

(龍種は全てが魔法を用いる魔物ッ、当然だよね!)

 左手を障壁と擲槍てきそうの魔法莢に押し当てて、攻撃を防ぎながら自身の障壁と礫を通り抜ける魔法射撃で応戦する。


「――」

「ッ!」

(軌道線の設定まで、へへ)

 羽撃くこともなく宙に浮いている樹董龍は百々代の擲槍を真似たのか、突如として障壁を圧し潰す射撃から上下左右から迂回する厄介な攻撃へと切り替えてきた。これには拙いと百々代は足を動かし、回避と反撃へと移行。

(げぇ!罠草わなくさまで!)

「起動。成形兵装武王(ラクエン)ッ!」

 走っている最中、地面へと鮮やかな緑色が侵食を始め機動力を奪う罠だと確信し、百々代は武王を起動し太刀の背へと着地する。すると武王の足元には無数の茨が絡みつき、完全に足を取られた形となった。自身の乗った太刀を振り上げて飛ばせば、樹董龍の死角から魔法弾が飛来するのを視界に捉えて、間に合うようにと擲槍移動で加速する。


(翼で浮遊しているわけではないだろうが、良い的のそれは潰させてもらう)

 新緑を思わせる葉のような風切羽や雨覆羽が並ぶ翼へと凍抓とうそうが着弾すれば、無数の抓が翼を引き裂き無惨にも羽根を散らしていく。そしてその瞬間に合わせるよう、百々代が鋸剣を首へと叩きつけた。

「ッ!!」

 喧しい、そんな感情の浮かぶ鳴き声を吐き出し、樹董龍は百々代を前足で蹴飛ばし地上へと落とした。

 そして羽根を散らした一帆へと木の礫を射出しつつ制圧、地上で起き上がろうとしている百々代へと急降下し圧しつぶさんとする。

「やばッ」

 手からの擲槍で自身を無理繰り吹き飛ばしながら、自身の居た位置へと鋸剣をぶん投げて不識しれないで視線を切り離す。蘇鉄族とは異なり瞳が有るのなら有効なはずだと。


「ッ」

 残念ながらその目論見は外れ、地面から飛び出してきた槍のように鋭い根っこが纏鎧を貫き首筋を掠める。

(弾性纏鎧が防げないってことねッ、それじゃあ!)

 一切足を止めることなく、そして罠と槍の魔法に警戒をしつつ自身の纏鎧を形状変化させ全身を覆う。無数の鱗で作られたであろう、重厚な鎧の如く形状へ。

(手足だけの方が楽なんだけど。おっと)

 地面が盛り上がり槍が突き出すと確信し、右手から擲槍を射出し自身の進路を強制的に逸らす。飛び出してきた槍は五つ、回避される事を前提に方方へと散らされており腕を掠り意識が向く。纏鎧の表面を僅かに削った程度であるが、非常に強固に作っているため掠った程度で削れる威力に心が冷える。


「百々代ッ!!」

「え、――ッ」

 百々代を薙ぐのは樹董龍の前足。ものの見事に視線を誘導されて大きな隙を晒したようで、纏鎧が罅割れる音を耳にしつつも爪先の形状を鉤爪に変化させ地面を掻いて速度を殺す。

「あはっ、はは」

(これが龍と相対する勇者ゆうしゃの気持ちかな)

「落ち着いていた貴方だ、放置しても外へ出て暴れることがないかもしれない。…でもわたしたちは巡回官でここは迷宮だから、貴方を越えて人々の安寧を守らせてもらうよッ!」

(ああ、そうだ。俺たちは巡回官。迷宮の脅威から民を守り、そして資源で国を潤すッ)

 かかってこい、そう言わんばかりの意思を受け取り、百々代は金の瞳を樹董龍へ向けては力を込めた。

「―ッ、――!」

 苦しみ蹌踉めいては踏みとどまり礫と槍で反撃を行うも、狙いの場所には既に対象は居らず武王が佇むのみ。起動者程の機動力は無いが、太刀を振るい礫を斬り落として槍からの損傷を軽減するくらいは可能。

 軋む体躯を押さえつけ妨害混じりの意識の中で樹董龍が百々代の気配を察知すれば、側面から鋸剣を手に迫りくる最中。武王は大した脅威にならないと捨て置き、攻撃を側面へと集中する。


(いくらおまけとはいえ意識されないのも癪だな。…まあ、金の瞳を食らっているが故に意識を割けないのだろうが)

 完全に標的から外れていた一帆は霙弓に氷針乱炸を装填して、先の凍抓で僅かに鱗の剥けた傷口へと銃剣の刃を突き刺し魔法を乱射した。

「―ッッ!!!」

「ぐえっ!」

 見事に傷口を起点に凍結をさせることに成功したが身体強化も強固な纏鎧もなし、振られた尾撃を回避することはおろか防御をすることも敵わず吹き飛ばされ、武王に受け止められる。

「助かったよ、受け止めてくれてありがとな。って聞こえていないか。…あー、痛い…」

「流石一帆、緒を作ってくれてありがとッ!」

 金の瞳を弱める事なく股の下をくぐり抜ける為に滑り込み、空いている手で擲槍移動を行い脆弱化した部位へと鋸剣を突き立ては零距離擲槍踵落パイルドライバーで体内に押し込み百万雷を引き起こす。

 木材の焼け焦げる匂いが鼻を刺激し、震える樹董龍の様子を窺っていれば崩れ落ち力尽きた。


「終わったぁ…いっつつう」

 大の字になって倒れ込めば百々代謹製の纏鎧は再生が間に合わず砕け散り、万全の樹董龍から繰り出された一撃の威力を改めて実感する事となった。

「お疲れさん。というか下ろしてくれ」

「ごめんごめん、ついつい。おつかれー、強敵だったね」

「龍種相手を二人で出来るとは思わなんだ、…うえ、霙弓が焦げてる」

 突き刺さっていた霙弓は百万雷の自壊放電で黒焦げ、氷針乱炸の魔法莢も破損している。

「ご、ごめんっ!」

「まあいいさ。百々代、と颯に新しい魔法を作ってもらえるのだろう?」

「えへへ、頑張らないとっ」

 隣に座った一帆へ百々代が抱きつき膝を占領、顔を見上げながら甘え擦り寄ったのだった。

誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。

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