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 翌朝の学校。登校してきた水季が席につくやいなや、澳田は振り返って声をかける。


「おはよう水季さん」


「……おはよ」


「詰将棋の問題持ってきてくれた?」


「一応」


 と答え、カバンからノートを取り出し差し出す。


「あんがとな! 早速取り掛かるわ。いやー楽しみだぜ」


「そんなに?」


「そんなにだよ。今回はスピード勝負だからなおさらさ」


「今回?」


「あ、いや、いつもはじっくりやってるけど今回は制限時間とか決めてよりハードにやってみようと思ってて」


「ああそう……どうでもいいけどそのノートには書き込みしないでよね」


「わかってるって。当然ですよ」


 澳田はそう返し、早速詰将棋に取り掛かるのであった。



 問題は、どれも一度解いたことがあるものだけであった。前回とまったく同じ。一度解き、解き方をわかっていれば簡単な問題は見た瞬間にスルスルと解ける。そこは勉強となんら変わりない。問題という入力に対し、答えという出力が反射的に出てくるわけだ。それは経験と繰り返しによって培われたものであった。


 そしてそうした「問いと解答という試験」は澳田にとっても最も得意な部類の一つであった。入学からずっと学年一位は伊達ではない。勉強、記憶、反復、そして試験というのはこの短い半生の中でも何度も繰り返してきた。元来の記憶力もそうした反復でより強まっていた。


 とはいえ、それだけでは強くはならないのが将棋という競技である。将棋は試験問題などとは違い、相手がいる。相手がいるからこそ常に流動的である。いついかなる時も同じで正しい解答などというものは存在しない。


(だからこそ詰将棋なんかそっこーで問いてさっさと将棋やりまくって少しでも水季に近づけるようにならないといけないんだよ……!)


 澳田はとにかく急いでいた。一日が惜しい。一日が惜しいから一時間が、一分一秒が惜しい。たったの一ヶ月。過程をどこまで、短縮できるか。


 それがこの「二周目」の鍵であった。



 *



 チャイムが鳴り放課後の時間になる。席を立ち帰宅しようとする水季に、


「あ、ちょっと待って」


 と澳田が声をかける。


「なに?」


「あと3分、いや1分だけ待ってくれ! そうすりゃ最後の一問解き終わるから!」


「は? 最後の一問って」


 水季はそう言い、澳田が問いている問題を覗き込む。自分が一番自信がある、一番難しく最高傑作だと思う問題。澳田はそれを、一心不乱に問いていた。


「ほんと1分あれば解けるからほんとちょっとだけ待ってくれよ……」


 などと他人事のように言いつつ、澳田はペンをガリガリと走らせる。その顔には、心なしか狂喜的な笑みが浮かんでいた。


「――よしっ、終わった! できた! 全問終了!」


 澳田はそう言って顔を上げ、やりきったという笑みを浮かべる。


「はーっ、間に合ったわ……あ、これ。解答と問題。全部ちゃんと解けてるはずだけど一応確認してもらえるかな。時間ある時でいいけど」


「え、もう全部解いたの?」


「おう。ページ飛ばしたりしてなければ」


「……朝渡したばっかなんだけど」


「授業中もずっとやってたからな。いやーさすがに頭疲れたわ。でもプロの棋士とかこういうレベルで何時間も対局して頭使ってんだからそれに比べりゃ全然だよなあ」


「まあ……じゃあ、一応時間あったら確認しとくけど」


「ああ。多分全問正解のはずだからさ、その時は対局、頼むな。俺もお前の時間の無駄にはならないようがんばるから」


「そう……まあそれは実際指してみないとわからないけどね」


 水季はそれだけ言い、ノートをしまうと教室を後にした。一人残された澳田はどっと背もたれに体重を預け、天井を見上げ一つ大きく息をつく。


 ――やった、やったぞ! めちゃくちゃ時間短縮に成功した! 前はこの詰将棋だけで一週間以上とられてたのに、それがたった一日だ! これで一週間はあいつと直接将棋が指せる! とにかく少しでも一緒にいて話さねえことには始まらねえんだ。少なくとも前回よりマシなのは間違いない。この調子でやってやるぞ!


 澳田は確かな成功の感覚を胸に抱きつつ、両手で顔を覆うのであった。



  *



 翌日の放課後。水季がパシパシとノートで澳田の肩を叩く。


「詰将棋、全部見た。確かに全問正解だった」


「ほんとに? よしっ!」


 と小さくガッツポーズをする澳田。


「難しいのとか結構自信あったんだけど、まさか一日で全部解かれるとはね……ほんとにそれなりに将棋できるみたいだね」


「詰将棋はな。実戦はまだまだだけど」


「そう。将棋歴はどれくらいなの?」


「歴ってほどでもないけど、初めてやったのは多分小学校低学年くらい? それからルール覚えて継続的に遊びではやってたかな。一時期、受験の時は全然だったけど、最近またパソコンとか使ってやり始めて」


「へえ。長いことは長いんだ。まあでも、確かに一局くらいは指してみてもいいかもね。これだけやられたらこっちもあんたの実力知りたいし」


「マジ!? いやー嬉しいわ」


 澳田は感慨ひとしおに目元を拭う。大変な一ヶ月であったが、ようやくそれが少しだけむくわれた気がした。


「大袈裟すぎ……まあでも時間ないことには変わりないから、悪いけど十秒指しでね」


「一分! 十秒はさすがにキツすぎるしあまりにも一方的になりすぎてお前も練習にならないだろ」


「それはそうだけど……三十秒。とりあえず今日はそこが妥協点。その中ですこしでも実力見せてよ」


「……わかった。あの水季に将棋指してもらえるだけで十分だからな。三十秒だろうとこんなありがたい話はないよ」


 澳田はそう言いつつ携帯将棋盤を取り出す。三十秒将棋というのも当然織り込み済みだった。「前回」から含めて、将棋の練習はずっと早指しでやってきた。


 その練習の成果を、今、ようやく見せられる時がきたわけだ。


「それじゃ、お願いします」


 澳田はそう言って頭を下げ、深い集中の中に潜っていくのであった。



  *



 しばらく後。


「――負けました」


 澳田はそう言い、頭を下げる。


「あーくそっ! やっぱまだまだ全然だなー……防戦一方だわ。防戦になってたかもわからないけど」


「ほんと。正直練習相手になれるレベルじゃないねまだ」


「やっぱ? はーっ、ほんとお前がいるとこは遠いな……」


「当然でしょ。こっちはずっとこれだけやってきてるんだから」


「ですよね。すいません」


「別に謝ることじゃないけど……まあでも、思ってたよりはずっと指せてたし、このまま続けてけば練習相手くらいにはなるかもね」


「ほんとに!?」


「それはほんと。どれくらい時間かかるかはわからないけど、毎日真面目にやってればね」


「そっか……んじゃその芽を咲かせるのに水季も協力してくれよ」


「は?」


「弟子。俺のこと弟子にしてくれない?」


「――何言ってんの?」


「いや、弟子って言っても将棋界のちゃんとした弟子入りとかのつもりはないよ。ああいうちゃんとした師弟関係じゃなくてさ、まあ何ていうか、形? 俺が水季に教わるっていう」


「……時間もないしメリットもない」


「それはわかってるよ。だからさ、まあ弟子だし何でも雑用とかするから。将棋と学校の勉強で時間ないわけじゃん? 例えば買い出しとか、棋譜のコピーとか? なんでもいいから時間節約に使ってくれよ」


「それで代わりに私はあんたに教えるって?」


「ああ。何も雑用だけとは言わないよ。今度さ、試験あんじゃん? 期末試験。正直聞くけどさ、実際水季だって将棋の練習あって学校の勉強あんま時間取れてないんじゃねえの?」


「それはそうだけど」


「だからさ、勉強の方は俺に任せてくれよ。なんせ入学以来全試験で学年一位だからな。勉強教えるくらいはわけないし、何より試験でどこが出るか当てる能力は自信あんだよ」


 というか今回に限ってはそもそも試験問題知ってるんだけどな、と思いつつ話す澳田。


「つまり勉強と試験問題のヤマ教えるから代わりに将棋教えろってことね」


「ああ。っていってもさ、お前だって時間ないってのはわかってるからな。最初はそんながっつりじゃなくていいよ。休憩がてら指してもらえるだけでもいいし、それこそ練習相手でもなんでも使ってもらっていいし。試験勉強だけでも大変なのに大事な対局まであんだからな」


「知ってるの?」


「一応。二四日だよな? 昇級かかった対局」


「……調べたの?」


「いや、調べたっていうかこう、ファンなので知ってるっていうか……」


「それで私に弟子入りとか言ってるわけ」


「いや、そうだけど違うぞ!? 違くはないけど、やっぱこう、憧れるじゃん! 遊びだろうと将棋好きでやってる人間からすりゃさ! 同い年で、なのにほとんどプロのレベルでバチバチにやってて、めっちゃ強くて、そういうのすげえかっこいいと思うしさ。そういうの知ってたらこいつに教わりてえとかこいつと打ってみたいとか、少しでもこんな風に強くなりたいとか思うわけよ」


「そう……?」


「おう! まあ俺のそんなのはどうでもよくてさ! こっちだって応援してる以上二四日は勝って欲しいし、俺なんかにそのための手助けできるなら少しでもしたいしさ! つっても将棋の方はご存知の通りまだまだ全然だからせめて俺が得意な勉強でって」


「そう……それはまあ、確かに助かるけど」


 水季はそう答え、しばし思案する。


「――あんたが言うその試験のヤマ張りってどれくらいの精度なの?」


「誇張抜きで正直に言うぞ。今回に限っちゃ九割は確実だ」


「今回?」


「経験だよ。これまでで学校や教師の傾向はかなりわかったからな。まあ九割は多少ふっかけかもしれないけどさ、でも俺がヤマ張ったとこやってるだけで五割、いや六割は確実だ。絶対、間違いない。それは約束するよ」


「すごい自信じゃん」


「自信じゃなくてこれは事実だからな。まあどれだけ時間足りなくても赤点回避は絶対だから安心しろよな」


「ああ……は? いや、なんで知ってるの?」


「え? あ、いや、その……たまたま? 前にちらりと見えてしまったと言いますか……」


「……言っとくけど時間ないだけだからね。私だって勉強くらいやればできるんだから。忙しくてやる時間ない、やってないから点取れてないってだけで」


「わかってるよそれくらい。少なくとも同じ学校入ってんだし、将棋強いやつが勉強できないわけないしさ。けどまあ、実際学校の方は大丈夫なの? 進級とか」


「別に、どうでもいいし」


「どうでもいいって」


「実際どうでもいいから。高校行ってないプロとか中退したプロなんて沢山いるじゃん。中卒のプロ。私は将棋の方が大事だし、早くプロになってお金稼ぎたいから、だから正直学校とかどうでもいい」


「そっか……まあでもさ、少なくとも進級できる、卒業できるってしといても別に損はないわけじゃん? 続けてればとりあえず続けられるけどさ、一回辞めちまったら何かあっても戻ってくるのは大変じゃん。だからまあ、試験くらいは最低限点とっとこうぜ。俺がいれば楽勝だって保証すっからさ」


「ははっ、ほんとすごい自信」


 水季はそう言ってふっと笑う。


「こればっかりはな。ずっと一位取ってりゃさすがに自信くらいはつくよ。お前だって将棋なら自信満々だろ?」


「……まあ、それなりにね」


「な。ああ、というかこういうこと言うのもアレだと思うけどさ、水季が笑うとこ初めて見た気がするわ」


「ああ……まあ四六時中盤面睨みつけてると笑うことなんかもないから。というかそういう発言さすがにキモい」


「はい、わかってます。すみません」


「別にいいけど」


 水季はそう言い、またふっと笑った。


「まーとにかくさ、お前も忙しいとこ悪いけど、そういう感じにしてもらっていいかな? 俺はもう全然自分にできることしっかりやるからさ。できる範囲でこき使ってもらって構わないし」


「そうだね。まあ実際買い出しとかは役に立ちそうだし……一つ注文あるんだけど」


「なに?」


「あんた暗記した棋譜コピーして打ったりできる?」


「というと?」


「あんたが棋譜の暗記得意なのは実際見たからもうわかってるけど、それを再現できるかってこと。もちろん一局分そのままだけじゃなくてさ、簡単に言うと特定の相手のこれまでの棋譜を全部暗記して、その相手の癖とか特徴再現して打てるかって話」


「それは……やったことないから正直わからないけど、覚えるとこまでなら多分できるな。そこからクセとか特徴分析するとこまでも多分できるけど、実際自分がそれを再現して打つってのはちょっと、さすがに想像できねえなあ」


「そう。まあとりあえずやってみてよ。減るもんでもないし」


「俺はめっちゃ疲れそうなんですけど」


「なに? さっき何でもやるからこき使えとか言ってなかった?」


「はい、喜んでやらせていただきます。――あのさ、それってもしかして二四日の対戦相手?」

「そ。正直に言うけど、一度も勝ったことない相手だからね」


「ああ、みたいだな」


「うん。それに今回はプロ昇級がかかってるし、負けたらまた一年はチャンスがないから、絶対に負けられないの。勝つためには何でも使いたいからね。それで言えばまあ、ちょうどいいタイミングではあったかな。あんたみたいな少しは使えそうなやつが出てきたのは」


「お前にそんなこと言ってもらえるなんて光栄だわ」


「あんた私の評価妙に高くない?」


「そりゃ素人からすりゃほぼプロの人間なんかはるか雲の上の存在だからな」


「そう……まあ別にいいけど。あんた澳田龍馬だっけ、名前」


「ああ。知ってたんだ」


「この前知った。龍馬ってそれ将棋となにか関係あるの?」


「いや、親は坂本龍馬って言ってたけど、竜馬がゆくから」


「そう」


「ああ。んじゃま、早速帰って俺特性の試験対策集作ってくるからさ、期待して待っててくれよ」


 澳田はそう言って立ち上がる。


「わかった、ありがとう。――正直、実際すごく助かるから」


「ならよかったわ」


「うん。まあ実際約立つかはまだわからないけどね」


「それはもうほんと期待しててくれよ。もし間違ってたらなんでもすっからさ。まあ間違ってるなんて絶対ありえないけど」


「はは、ほんとすごい自信」


「ああ。じゃあな。また明日。今日はほんと指してくれてありがとな」


「うん――あの、最後に一つだけ」


 水季はそう言って澳田を呼び止める。


「なに?」


「……あんたと将棋指すのさ、これが初めてだよね?」


「……そのはずだけど」


「だよね……変なこと言ってごめん。なんか前にも指したことあるような気がしたから」


「そう? じゃあもしかして昔指したことあるのかもな。覚えてない子供の頃」


「はは、それはないかな。私前は東京住んでなかったから」


「そうなんだ。俺はずっとここだからなあ。まあ実際昔だろうと水季と将棋指してたら普通ちゃんと覚えてんもんな」


「そう? なんで?」


「そりゃ――お前みたいなめちゃくちゃ強いやつと指してたら絶対覚えてるだろ普通」


 お前みたいな美人と、とはさすがに口には出せなかった。


「そうかな。まあ確かに私昔から強くてよく男の子負かして泣かせてたけどね」


「はは、さすが。小さい男子なんかそりゃ女子に負けたら悔しくて泣くだろうな。じゃ、今日はほんと楽しかったわ。んじゃまた、ってお前もすぐ帰るんだよな?」


「そりゃね。早く帰って将棋やんないとだし。だいぶ時間無駄にしたから」


「無駄って、そりゃそうだけどへこむわあ」


「あ、ごめん……無駄だけどそこまで無駄じゃなかったから」


「ならよかった。どうせ帰んなら途中まで一緒行かない? 色々将棋の話聞きたいからさ」


「え、っと……別についてくるだけなら好きにすれば」


 水季はそう言い、自分も荷物をまとめ立ち上がるのであった。



  *



 学校からの帰り、駅までの道。澳田は将棋についての様々な話を振り、なんとか会話を続けようと試みていた。


「こういう普通に一人で歩いてる時もやっぱ将棋のこと考えてたりするの?」


「大抵はね。頭の中で駒並べたり、棋譜思い出して仮想敵相手に対策考えたり」


「へー、ほんとすげえな。いつでも将棋だ。しかも頭の中だけで」


「それくらいしないと強くなんかなれないし、ちゃんと指す人なら誰でもできることでしょ」


「やっぱ経験だな。蓄積されてるもんが違うよな。でもそれ結構危なくない?」


「さすがに車多いとことかだと気をつけてるけど、まあたまに人にぶつかったり信号無視しそうになったりする」


「やべえじゃん……さすがに歩いてる時くらいはやめたら? 事故なんかあったらそれこそ将棋どころじゃねえじゃん」


「そうだけど別にやろうと思ってやってるわけじゃないからね。気づいたらそういうふうに頭が動いてるってだけで」


「自動的かよ。ほんとすげえな……まあ俺もゲームとかやりすぎてるといつでも頭の中で勝手にそのゲームが再生されてることとかあるけどさ」


「へえ。てかゲームなんかやってたら将棋うまくなれないんじゃない?」


「そうだけど息抜きくらいは……そっちだって息抜きくらいはすんだろ?」


「しないけど」


「は? え、しないの」


「しない」


「……ずっと将棋しかやってないってこと?」


「そうだけど。それが普通でしょ」


「マジか……すげえなほんと。それでよく頭疲れないな」


「慣れたから。一日十時間とか毎日将棋やってればそういう脳になるし」


「やばっ。でもやっぱ好きだからこそそんだけできるんだろうな」


「まあ、それはそうかもね」


 水季はそう言い、少しだけ息をつく。


「でも私もさすがに疲れた時は頭休めるために学校の勉強とかはするし」


「どっちみち頭使ってんじゃん」


「かもしれないけど使ってるとこが違うから。あとは寝れば回復するから仮眠が娯楽」


「うへぇ……まあでも俺もそういう経験あるから少しはわかるわ」


「そうなの? でも将棋じゃないでしょ」


「ああ。将棋ではないけどさ、受験勉強の時とかやっぱそういう感じだったからな。他になんもしないでずっと勉強だけで」


「へえ。そんなあの学校入りたかったんだ」


「……いや、こういうの言うの悪いんだけどさ、今のとこは滑り止めっていうか本命じゃなくてね。本命の方は落ちたから」


「そうなんだ……なんかごめん」


「水季が謝ることじゃないよ別に。俺がダメだったってだけの話だしさ。さすがに一年近く前のことだからもうどうでもいいし。けどまあ、そこで一回負けてるからやっぱ、遊びだろうと将棋とかでも負けたくないってのはあるかもな。些細な事でもさ。必死こいて学年一位死守してんのも意地みたいなもんだし」


「そっか……そういうのは私も、少しはわかるかな。私以外だって将棋指す人なんかみんなそうだろうけど、結局将棋やってる理由なんて負けたくない、負けたらムカつく、勝ちたいって、そういう意地だけだと思うから」


「へえ。でもそうじゃないとあんな毎年何戦も対局するのを何年も続けるなんて生活できないもんな。見た目は違うかもしれないけどスポーツマンよりよっぽどスポーツマンっぽいっていうか、やっぱ勝負師って部分すごいあるよな棋士の人って」


「だろうね。じゃないと生き残れないような場所だし」


 水季がそう答えたところで駅に着く。


「じゃ、私こっちだから」


「おう。また明日な。気をつけて帰れよ、歩く時なんか」


「はは、考えとく」


 水季は軽く苦笑してそう答え、改札の向こうに姿を消した。


(にしてもあいつ、やっぱり微妙に記憶残ってるんだな……俺と将棋指すの初めてじゃない気がしてたし。厳密には記憶が残ってるわけじゃないらしいけど)


 などと考えつつ、澳田は自分も電車に乗るためホームに向かった。




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