17
店を出た二人は小雪が舞う中駅へと向かって歩き始めた。
「――あのさ、歩きながらでこんな話するのもなんなんだけど」
「なに? 急に改まって」
「いや、その、なんだろうなーこう、やっぱ歩きながら話すべきじゃないっても思うけどさ、でもいざってなるとやっぱ面と向かっては恥ずかしいし、そんな形式張っても緊張するし……ていうかそもそも人に聞かれてるかもしれないとか思うとなかなかきついし……」
「……なに?」
「あークソっ……あのさ、まあ適当に聞いてくれていいっていうか、じゃなくてこっちは大真面目なんだけど、ほんともうこういうの経験ないからどう言えばいいのかわからないんだけどさ」
澳田はそう言い、一つ息を吐き――決意する。
「俺、お前のこと好きだ」
「――え?」
水季が思わず、足を止める。澳田もたまらず足を止め、水季の方に向き直り、しかし視線はそらしたまま続ける。
「その、こう、人としてというか、いやそうじゃないけど、じゃなくて当然人としても好きだけど、とにかくそうじゃなくてその、そういうわけだからさ、付き合って、いただけないでしょうか……?」
「……つまり?」
「つまりってその、そういうことだよ。言った通り」
「……全然要領得てないし、そもそもちゃんとこっち見てよ」
水季に言われ、澳田は顔を上げる。まっすぐに、至近距離で水季の顔を見た瞬間、顔から火が出るほどの恥ずかしさに襲われ真っ赤に染まる。
「――だよな。ちゃんと言う。俺は、その、水季、お前のことが好きだ。それでその、付き合うっていうか、つまりその、彼氏とか彼女とかいう、そういう関係と言うか、ちゃんとそういう、関係になりたい、なって欲しいって、思ってる。だからその、いきなりでわるいけど、その返答が、欲しい、という話です」
自分で言いながら、我ながら要領を得ず及び腰の台詞だと情けなくなってくる。それでも気持ちにだけは嘘はつかず、なんとか自分の言葉を紡ぎ出した。
「――好きってなんで?」
「いや、わからねえよそれは。自分でもわからないけどこういうのは理屈じゃないっていうか、気づいたらそうっていうか……でも理由というか、そういうのは多分はっきりしてるよ。お前の、がんばってるところ、努力してるところ。戦い続けて、負けも恐れないで、何度でも立ち向かって、そういう気高いっていうか、強くて、たくましいとこ見て、それですごく惹かれたっていうか、俺もこう、変えられたし――何よりお前みたいになりたいって、心底思うようになってたから」
「――付き合うっていうのは何?」
「それは俺も経験ないからわからないけど、でもそれも、というか先のことははっきり俺もわかってて――俺はお前と一緒にいたいって、一緒に生きていきたいって、そう思ってる。それで少しでもお前の力になりたいし、何より少しでもお前に近づきたい、対等になりたいって。それにふさわしい人間になりたいって、そう思ってる。お前は俺にだって未来はあるっていったよな? まだ全然終わりじゃないって。俺はそのこれからを、お前と一緒に生きていきたいって、見てみたいって、そう思ってるんだ」
澳田はそう言い、一つ息をつく。
「話してて自分でも自分のことばっかだなって思うけどさ、でも俺にはっきりわかるのは自分のことだけだし。でもお前のためになりたいっていうか、力になりたいっていうのはほんとだし。でも何がお前のためになるとか、力になるとかはお前じゃないとわからないだろうし、そんなの必要ないかもしれないし……だから少なくとも今の俺にわかっててできることは、これまで通りに俺ができることで力になる、勉強はそうだけど、将棋だってほんとにもっとちゃんと強くなって、絶対にお前の練習相手になる――いや、お前に勝つくらいになってやるって、それが俺のほんとの気持ちだよ」
澳田はまっすぐに水季を見て言う。今度は逆に、水季の方がまるで長考しているかのように地面を見つめていた。
「とにかくそれが俺の気持ちだけど、そっちはどう?」
「――私は、知ってると思うけど、今日勝てたとはいえ明日の保証もないような人間だよ? 家族のことも、将棋のことも、なにより生活、お金のこともあるし」
「それは知ってる。だからこそ俺ができることで力になりたいんだよ」
「……私は、多分何があっても変わらない。将棋が一番。それがすべての中心。たとえ何があったとしても、絶対に将棋をやり続けて生き続ける」
と水季は言う。
「家族のこともそう。だからやっぱり、少なくともしばらくは、あんたのことを一番になんかはできないと思う」
「いいよ、それもわかってるから」
「そっか……当然、普通の彼氏だとか、彼女みたいなことは何もできないと思うし、するつもりもないと思う。どこかに行ったりとか、そういうのも全然なくて、高校生らしさなんて、全然なくて。澳田はほんとにそれでもいいの?」
「いいから言ってんじゃねえか。そんなのこの一ヶ月でよくわかってるって。それに俺は別にそういうみんなと同じ普通のみたいなのを望んでるわけじゃないし。
俺はただお前と一緒にいたいだけなんだよ。一緒に将棋打ってさ。たまに話して。それで十分っていうか、それこそが俺の望みだしな」
その言葉に、水季はふっと笑った。
「あんたってほんと変わってるよね」
「どうかな。まあ頭いいやつって大抵どっか変だし」
「はは、自分で言う普通?」
水季はそう言い、ふっと視線を上げた。
「私もね、あんたのことは好き。それがあんたと同じような好きかはわからないし、付き合うだとかそういうのなのかもわからないけど、でもあんたが特別なのは確か。他にいないし、今までもいなかったから。人なんかずっと避けてたからね。別に避けてたわけでもないけど、でもいつだって将棋がすべてで将棋が一番優先だったし。そうだから人も寄ってこないし、すぐ離れてくし。私自身それで全然構わなかったし、なんとも思わなかったから。
でもさ、あんたはすごい熱心で。離れなくて。一緒にいてくれて、力になってくれて……それはほんとに、嬉しかった。ありがたかったし、一人じゃないっていいなって、力になるなって、ほんとにそう思ったから。うん、だから一緒。私もこれからもあんたとは一緒の方がいい。それはほんと。そう思う」
水季はそう言い、雪が舞い降りてくる暗い空を見上げた。
「――じゃあそれは、オッケーってこと?」
「はは、今更? わざわざそんな確認いる?」
「それはまあ、一応な。ちゃんと答え合わせしないと落ち着かないたちだし」
「受験勉強の悪い癖だね。まあ将棋も同じような部分あるけどさ」
水季はそう言って笑った。
「じゃ、付き合おっか」
「――マジで?」
「マジだよ。そっちが言ってきたんでしょ?」
「いや、そりゃそうだけど……いや、はは、いやあ、なんだろこれ……」
澳田はそう言って一人で笑う。
「何その笑い方。きも」
「いや、しょうがねえだろさすがに」
「なに、断られるとでも思ってたの?」
「そういうわけでもないけど、実際にオッケーされるとこう、なんていうかな……」
澳田はそう言い、なおをどこか不慣れな引きつった笑みを浮かべる。
「いや、ありがとな。ありがとうっていうのもなんか変だけど、ほんとありがとうっていうか、嬉しいわ。はは、ははは……!」
澳田はそう笑い、ぐっと拳を握った。それを見て水季も笑う。
「大袈裟すぎ。というかちゃんと言っとくけど、ほんと普通の、他の人達と同じようなことはできないからね? でも将棋打てればそれでいいんだもんね。そう言ったよね?」
「はい、言わせていただきました」
「はは、なにそれ。ていうかさ、さっき私に勝つって言ったよね?」
「それはその、あくまで希望というか、先の話であって……」
「じゃあ特訓してあげないとね。師匠としてさ」
「はは、そりゃもちろん。けどそこはせめて『彼女として』であってほしいかな」
「何言ってんの。将棋ではあくまで師匠でしょ。そっちでは私に勝つまで彼女はなしだよ」
「手厳しいなー……んじゃ帰るか」
「そうだね、寒いし」
「悪かったなこんな雪の中外で。冷えてるだろ? マフラーとかコートとか手袋いる?」
「むしろそっちがでしょ。こっちは絶対冷やさないように完全武装で来てるんだから」
「さすがプロ。俺はさすがに舐めてたわ。さみぃなー」
とポケットに手をつっこみ身震いする澳田に、
「――じゃ、手、つなぐ?」
と水季がどこか気恥ずかしそうにそっぽを向いたまま言う。
「え?」
「それくらいは、別にいいかなって」
「……いいんですか?」
「そんないちいちお伺いたてない! こっちだって言ってて恥ずかしいんだから!」
水季はそう言い、手袋をはめた手を差し出してくる。
「あ、でも手袋ごしですか」
「当然でしょ。ち寒くなる。指は棋士の命なんだから」
「はは、そうですよねほんと」
ほんと、そうだ。たとえ手袋越しだろうと、彼女の手を隣で握られるだけで、そうして共に歩けるだけで、どれだけいいことだろうか。
「――なんか私達普通のカップルみたいなことしてるね結局。クリスマスイブに、雪まで降ってさ。食事して告白して手繋いでって」
「そういや結果的にはそうだな……その前にクリスマスらしからぬバチバチの対局やってらっしゃいましたけど」
「ほんとそう。あれはなんでクリスマスにやってんだろ。クリスマスなんてどうせ予定ないって思ってんのかな? まあ実際そうだけどさ。というかそうだった、だけど」
「そうだな……俺もこんなクリスマス初めてだよ。去年は受験前でいっぱいいっぱいだったし、その前からもうクリスマスなんてイベントうちじゃろくになかったしな……彼女なんて当然いないし。だから随分久しぶりかな。子供の頃以来で」
「ならよかったじゃん。私もちゃんとしたクリスマスは随分久しぶりかも。うちもここ数年はずっと色々あったからね……まあ別にどうでもいいイベントだったけどさ、でもよかったじゃんあんたは。私みたいな『美人すぎる女流棋士』と一緒に過ごせて」
「それ自分で言う? そっちはどうなんだよ」
「よかったよもちろん。一番一緒に過ごしたい人と過ごせて」
「そっか……ほんと小っ恥ずかしいなーそういうの! これ慣れとかくるのか?」
「澳田はなんかいつまでもニヤついてそうだよね」
「俺そんなかよ! そりゃお前と付き合えりゃそんなにもなるっての!」
「はは、それはそれは光栄だね。こっちもそれにふさわしいよう今まで以上に強くならないとね」
そんなことを話しながら、二人手をつなぎ小雪散る街を歩いてゆくのであった。
*
夜。家の自室で一人になると、急にすべては嘘だったんじゃないかと思えてくる。時計を見ると日付の変更は近い。澳田は何度かガミのことを呼んだが、返事はなく姿も表さない。そのため現状もわからない。
(どうだったんだ? 成仏したのか? あれで成功だったのか? 失敗だったのか?)
そんな不安と、同時につい先程までの出来事を思い出しての興奮を混じらせながら、澳田は布団に入る。
(今日はしばらく眠れなそうだな……)
などと思いつつ消灯したが、思いの外意識はすぐに落ちる。全身の冷えやそれらから来る疲労、一日中の緊張や最後の大仕事もあり脳は興奮状態にあったとはいえ疲労は立派に蓄積されていた。
そうして、夢のない眠りの中で明日を迎えるのであった。
*
目が覚める。最初に思ったのは「寒い」ということだった。
アラームは鳴っていない。窓の外を見ると、昨晩降った雪がまだ薄っすらと残っていた。
(雪……雪!?)
澳田は慌ててスマートフォンをとり、日付を見る。
十二月二五日。そこにはそう表記されていた。
(嘘だろ? 夢じゃねえよな? ほんとに、ほんとに十二月二五日なのか!?)
澳田は慌てて部屋を飛び出し階段を駆け下りる。そうしてテレビの日付を確認し、すべてのチャンネルの日付を確認し、新聞の日付も確認する。
そのすべてが、十二月二五日だった。
(俺は、ついに二五日に……)
澳田はゆっくりと、自分の部屋に戻っていく。
その先で、あの「死神」が待っていた。
「おはよう。これが最後の挨拶だな」
「――ああ、おはよう」
「見ての通り、今日は十二月二五日だ」
「てことは、ループが終わったんだよな……?」
「ああ」
「成仏したのか……?」
「その通りだ。『ちょっと変わってたけど恋人との素敵なクリスマスだったから受け入れるわ』などと言っていたぞ」
「そっか……まあそりゃなによりで……てことはその、水季はもう大丈夫なんだよな!?」
「ああ。もう何も彼女には取り憑いていない。自由の身だ」
「そっか、よかった……」
「ああ。ともかく、本当にご苦労だったなこの二ヶ月とちょっと。大変だったろう」
「まあそりゃ、大変ではあったけど……でも思い返してみりゃあっという間だったな。毎日やることあって必死だったし、時間なんてどれだけあっても足りなかったし」
澳田はそう言い、ハッと鼻で笑う。
「それにさ、おかげでいいことたくさんあったから」
「そうか、ならよかった。お互い様だな」
「それはまあちょっと違うけど、でもそうだな……結果から見りゃそうか。結果オーライで」
「うむ、なら良しだな。お前も良かったな。待ちに待った二五日であろう」
「え?」
「そうだろ? 以前騒いでいたではないか。絶対欲しいずっと待ってた新作ゲームがようやく発売どうこうと。そのために絶対ループを止めて二五日を迎えるとな」
「ああ、そっか……そういうやそうだった
「忘れてたのか?」
「忘れてたっていうか、まあね。でもそっか、ついにできるのか……だって本当に十二月二五日なんだもんな。余計に2ヶ月以上待って、ほんとようやくで……」
「ああ。十分に楽しんでこい。貴様が求めていたものだろう。褒美だな」
「別にお前が出したわけじゃないだろ。本当ならとっくに手に入ってるもんでよ」
「そうだろうがそれがモチベーションになったのだからよかったではないか。こちらとしても助かったからな。では、好きなだけその待ちに待ったゲームとやらを楽しむがいい。私はもう行こう」
「そっか、そりゃ終わればもう用なんてないしな」
「そうだ。最後に伝えておくが、貴様の中から我々に関する記憶はすべて消去させてもらう」
「え? ていうと?」
「私に関わるすべての記憶だ。今回の件のな。当然こんな記憶残しておける訳もないだろう。貴様自身の記憶にも負荷がかかるしな。消すのは私の存在、我々『死神』の存在に関して。それと水季薊に取り憑いていた霊と、それが原因のループに関する記憶だな」
「じゃあこの二ヶ月の記憶はほぼなくなるってことか……」
「ああ。前のふた月の記憶もほぼ全てこちらで持ち帰らせてもらう」
「……じゃあ結局俺には何が残んの?」
「この現状に至るまでの『正しい記憶』だな。水季薊と過ごし、将棋をし、そうして恋人になった、そういう記憶だ。ただそこにループが関わっていることは忘れてもらう」
「つまり俺は理由よく覚えてないけど水季に将棋教えてくれって猛アピールして、でまあ師弟関係協力関係みたいになって、一緒に将棋やら勉強やって、水季も昨日の対局勝って、
――それで俺たち二人はその、お付き合いを始めたって、そういう事実や記憶はそのままってことか?」
「そういうことだ。それらすべての事実も記憶もそのままだが、そこからループや我々や霊にまつわるものだけを抜粋して消していくということだな。他に何か消したい記憶でもあるのか?」
「いや、ないけど……」
「ならいいだろう。では、おはようのすぐあとだがお別れだ。お前はもう二度と思い出すこともないし、二度と会うこともないが、達者で暮らせよ」
「ああ……そっちこそよくわからねえし最初はムカつきもしたけど、ほんと結果オーライで今はむしろ感謝してっからな。それに二ヶ月くらいは一緒にいたわけだしよ。まあいろいろあんがとな。そっちも、生きてるわけじゃないんだろうけどさ、達者でな」
「ああ。ではさらばだ」
そう言うとガミは姿を消した。
それと同時に、澳田の中からこれまでに関する諸々の記憶も、すっかり消え去った。
(――あれ、今俺何してたんだっけ。こんな部屋のど真ん中に突っ立って……)
澳田はそう思いつつ周囲を見回し、首を傾げる。そうしてふと壁の時計に視線をやり、
(やべっ、もうすぐ開店時間じゃん! そうだよ今日は『シェル伝』買うんだよ! 一日中やるためにもさっさと買い行かないと!)
澳田は慌てて外に出る支度を始めるのであった。
*
帰宅後。澳田は無事購入した『シェルタの伝説』新作を手に取り、ビニールを開ける。そうしてパッケージをしげしげと眺め、封を開けた。中に入ったゲームカートリッジ。それを取り出して本体に差し込む。
いよいよ。いよいよだと思う。しかし、そこから先、ゲーム開始ボタンを押してゲームを始める気が進まない。待ちに待ったゲームのはずなのに。
澳田は一つ息をつき、背もたれに体重を預け天井を見上げる。それからすぐに立ち上がり、スマトートフォンを手に取った。
「――あ、もしもし? 起きてた?」
『当然。すでに練習始めてるし』
と電話の向こうで水季が答える。
「そっか。昨日の今日で流石だな」
『休んでる暇なんてないしね』
「そっか。じゃあさ、俺と打たない?」
『将棋?』
「うん。やろうぜ。ビシバシしごいてくれよ師匠。俺もちゃんと練習相手になるし、邪魔はしないからさ」
『そうね……次の対局の準備もあるし、それも手伝ってもらわなくちゃいけないから』
「わかった。じゃあ早速行くわ」
澳田はそう言って電話を切り、ゲームを尻目にすぐに部屋を飛び出した。
*
一時間後。水季の家には向かい合って将棋を指す澳田と水季の姿があった。
「――なんかほんと、たった一ヶ月なのにずっとお前と将棋ばっかやってる気がするわ」
「私も。たった一ヶ月のはずだけど、もう何ヶ月もね」
「ほんと。何ヶ月もな。不思議だよなあ」
澳田はそんなことを言いつつ、将棋を指す。ゲームは、いつだってできる。そして何より、一人でもできる。
でもこれは違う。将棋は、二人じゃないとできなかった。向かい合って、二人じゃないと。
将棋だけじゃない。他だってそうだ。友情も、恋愛も。なにより人との交流と、それによる変化も。変われたのは、自分一人じゃなかったから。相手がいたから。
水季薊という少女がいたから。
澳田は将棋を指し続ける。パチン、パチンという音だけが静かな室内に響く。
そうしてずっと二人で将棋を指すようにこれからもずっと一緒に生きていきたいと、澳田はそう、願っていた。




