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 とはいえ、澳田にはアイデアはほとんどないに等しかった。普通に考えれば上手い人とやるのが一番の練習だろう。強い人であれば対戦相手の特徴を再現して打ち、かつ練習相手として申し分のないレベルで打つくらいはできるはずだ。


 しかし当然澳田にはそんな知り合いはいない。今から探すだけでも骨が折れるだろう。だいたいそういうのはそれこそ棋士である水季のほうがいくらでもコネがあるはずであった。研究会にせよ師弟関係にせよ、水季が基本一人で打っているということはそういう相手もあまりいないということであろう、というのが澳田の推測であった。


 ともかくとして、重要なのは次の対局に勝つことであった。勝ったところで未来が動くかどうかなどわからない。その結果一つで母親の容態が急変することなどはないだろうし、退学という結果も変わらないかもしれない。それでも勝ってプロとしての道筋が立つことはまた別のはずだったし、何より勝って「素敵なクリスマス」を迎えないことには水季という存在そのものが乗っ取られてしまう。それがどういうことかは澳田にもわからなかったが、ろくでもないことだということくらいは想像がついた。水季が水季でなくなってしまう。将棋だってやめてしまうかもしれない。それはなんとしても避ける必要があった。


 勝つ。次の対局に勝つには、やはり長期的ではなく短期的に、とにかく今回の対戦相手への対策に特化させるのが一番だ。そのためにも自分は棋譜を読んでその再現を図ろうとしていたわけであったが、いかんせん地力が足りなすぎて澳田にはそれは不可能だった。であるならば、他の誰かに頼むしかない。しかし誰に……


 澳田はふと「それは別に『誰か』である必要はないんじゃないか?」と思い当たる。別に人間である必要はない。むしろ人間でないほうがそうしたコピーと再現は得意としているのではないだろうか。


 AI。澳田はAIそのものにも将棋AIというものにもほとんど詳しくなかったが、近年その性能が驚くほど向上している事実くらいは知っていた。プロ棋士だって平気で負かすほどの腕前になっている。そのAIと指し続ければ自ずと実力も向上する。


 テレビやネット記事か何かで見た情報によれば、将棋AIは数多の棋譜を取り込むことによって最善の選択肢というものを身に着けていくらしい。たしかそのはずであった。ということは、ある特定の人物の棋士の棋譜だけ取り込めばその特徴の再現くらいはできるのではないだろうか? おそらく母数が少なすぎるとはいえ、多少のとっかかりにはなるのではないか。


 そんなことを考えるが、当然それを実現させるだけの力は澳田にはない。念のため水季にも確認してみたが、「そんなことができたらとっくにやってる」という返答であった。そりゃそうだと思いつつ、どっかに何らかの手がかりはないか、ひょっとしてネットにそういうソフトが転がってたりしないか。たとえ有料で高価だとしても可能性を探るだけなら問題ないだろう。そんなことを考えつつ、片っ端からネット上の将棋AIについてのページを開いては見る。


 そうしてしばらく経ったところで、澳田の手が止まった。


 そこには、考えもしてなかった名前が表記されていた。


(これって……)


 とある大学の研究室。そこに映された見知った顔。そしてなにより、「澳田大志(いくたたいし)」という名前。


 澳田の兄が、そこにいた。



 記事を読み進めていくと、どうやら兄、長兄は今とある大学でAI学習を研究する研究室にいるようであった。その一環として将棋AIの研究、制作にも携わっていた。


 その記事を読んで澳田の中で急速に昔の記憶が蘇ってきた。ずっと幼かった頃、自分がまだ小学生だったころ、兄と将棋を指していた記憶が。自分はまだてんで弱く、兄は強く、負かされて死ぬほど悔しくて泣いていた。それを見て兄は笑っていた。自分の受験なんてものが始まるまだずっと前。まだずっと平和だったころの記憶。


(兄貴のやつ、今はそんなことをしてたのか……)


 澳田は兄とは一切の連絡をとっていなかった。二度の受験の失敗で、自分は完全に家ではいないものとして扱われていた。二人の兄にとっても出来損ないで一族の失格者。成功者である兄たちは澳田にとってはトラウマそのものでもあった。この二人さえいなければ自分はもっとマシな人生を歩めたのに……比較されることもなく、無理に期待されることもなく。もっとのびのびと自由に。こいつらがいるせいで、自分の可能性というものは恐ろしく狭まったのだと。


 そんなトラウマがいきなり目の前に表れて、澳田は正直面食らっていた。戸惑い、そして胃液が逆流してくる。何故今、こんなところで。まさかそんなことをしてるなんて。


 こんなことって、普通あるか?



 澳田は必死に深呼吸し気持ちを整える。写真の兄は笑っていて、その人生は順風満帆そうであった。そして記事を読み進めていくと、兄たちの研究はまさに自分が思っていたようなことをしていた。すなわちAI学習による実在の棋士の再現。ただ強いだけではなく、模倣によって「個性」のコピー、再現を図ろうとするもの。


 まさしく、今澳田が求めているものそのものであった。


 運命。澳田はそれを感じる。こんなことは普通ありえない。これがあれば、水季は今度こそ勝てるかもしれない。


 これが、使えれば。


 葛藤がある。相手は自分のトラウマそのものだ。自分を見下しバカにし、もはや血を分けた弟とも思ってないような人間だ。


 ――いや、それも自分の思い込みなのかもしれない。そう思っているのは自分の方だけで。確かに兄が自分をバカにし見下し落ちこぼれだと思ってることは間違いない。実際にそういう言葉を投げつけられた。けれども、実の弟ではないだとか、そういうのは、自分自身が作り出した虚像で、むしろ思っているのは自分ひとりの、そういう思い込みで。


 いや、関係ない。自分のことなんて全部関係ないだろ。過去だとかトラウマだとか、兄貴との関係とか、そういう俺の事情は全部、どうでもいいじゃねえか。


 勝つんだろ。勝つためだろ。勝ってもらうためだろ。全部、あいつの勝利のためだろ。あいつの未来のためだろ。なに私情なんて挟んでんだ。なに一人で言い訳作ってんだ。こんな、望んだものが目の前にあるんだ。それが手に入るかもしれないんだ。


 だったら、やるだけじゃねえか。


 自分のことなんかどうでもいい。この吐き気も、胃の痛みも、どうでもいい。無視しろ。尊重するな。ただ目的のためだけに動け。ただ目的のためだけに……


 スマートフォンを持つ手が震える。操作していき、兄の名前が表示される。それを見るだけで動悸が激しくなる。一切連絡を取り合ってないとはいえ、腐っても実の兄弟だ。家族である以上、なんらかの緊急時のために連絡先だけは知っていた。最後に連絡が来たのは、それこそ受験に落ちた時くらい。それ以来の、兄との「会話」。


 手が震える。胃液がせり上がってくる。全身が恐怖に支配される。あの日々の、受験のプレッシャーが、押しつぶされるような感覚が戻ってくる。


 ――それでも、俺はやらないと。今の俺は、それをしないと。


 ただあいつに、勝ってもらうために。



 澳田は震える指先で、文字を打ち送信をタップした。



     *



 翌日、澳田は兄が通う大学の構内の食堂にいた。緊張と不慣れから身を縮こませ、小さく震えている。このあと久しぶりにあの兄に直に会う。そのことを考えるだけで澳田の心臓は止まりそうだった。それでもただ目的のこと、勝利のためだけを考え、なんとか奮い立たせる。


 食堂はお昼前ということでまだ人の数は少なかった。高校生の身分で大学内に入るというだけで緊張するのに、おまけに今は一人であった。数は少ないとはいえ、大学生だらけの空間に放り込まれてはひどく自分が場違いな気がした。たった数歳しか歳が離れていないのに、みなひどく大人に見える。


 そうしていると、遠くから見知った顔が近づいてくるのに気がついた。澳田とよく似た眼鏡の青年。現在23歳の長兄、澳田大志であった。


「よう、久しぶり」


 と兄はなんでもないことのように気楽に声をかける。そのファッションも佇まいも、しばらく見ぬうちに随分と垢抜けた気がした。大学生らしく、卑屈な部分も一切なく毎日が充実してることを伺わせる。


 一方で澳田は猫背で伏し目がちになり、一気に挙動も怪しくなっていた。ガチガチにかたまり、「あ、うん」と返すだけで目も合わせられない。


「んなビビんなよ。大学つったって別に高校とたいして変わらねえしさ」


 と知ってか知らずか兄は笑いながら言い、腰を下ろす。


「ちゃんと来れてるってことは迷わなかったみたいだな」


「一応ね。まあ、中にはいってからはちょっと迷ったけど」


「そうか。まあ久しぶりで積もる話もあるかもしれないけど、悪いけど俺も忙しいからな。母さんたちの様子聞いてる暇もねえし。早速本題入らせてもらうけどよ、お前俺たちのAI使いたいって?」

「使うっていうか、まあ使うだけど、貸してほしいっていうか……」


「なんでだよ。ことがことだから直接話してちゃんと頼みたいって言ってたけどよ。こっちとしてもそりゃ当然だけど。お前あれがどういうもんか知ってんの?」


「一応、軽く研究の内容とかは読んだよ。AI学習で実在の棋士を再現するとかで。正直俺が興味あるのはそれなんだけど、それって実際どれくらいの精度でできてるもんなの?」


「まだ途中だけど結構再現度高いぜ。棋譜とか母数が多けりゃなおさらな」


「へえ……兄貴はなんでそういう研究してんの? 将棋は昔一応やってたけどさ」


「よく覚えてんな。まあ実際別に将棋はどうでもいいんだよ。興味があんのはAIの方でさ。まあそれでよ、ちょっと話変わるけどお前MLBなんて全然知らねえよな?」


「野球でしょ? アメリカの」


「ああ。MLBなんて今データの分析や活用がめちゃくちゃ進んでてよ。その一つに変化球の回転ってのがあるんだよ。変化球が球の回転によって変化してるってのはわかるよな?」


「それくらいなら一応」


「ああ。でさ、例えば同じ回転、同じ球速、同じ投げ方、リリースでついでに気温とかの環境も同じなら別人が投げてもほとんど同じ変化をする、っていうのは感覚的にわかるか?」


「まあ、普通に物理的に考えればそうだからね」


「そうなんだよ。だからよ、他の投手の変化球の回転とか分析してそれを再現することで同じような変化球を獲得する、とかをやってるわけ。まあデータの活用と再現だよな。で、話はこれだけで終わらなくてよ、今度はバッターのほうがそれ利用し始めたんだよ」


「ていうと?」


「超ハイテクなバッティングマシンでな。要するに回転を再現すれば特定の投手の変化球とかを再現できるって話だろ? だからそのデータをマシンに入力して、かなり近い変化球をマシンに投げさせんだよ。つまり相手投手を再現したバッティングマシンだな。試合前にそれで相手投手を想定して打つ練習してたアーロン・ジャッジって選手が本塁打の記録塗り替えたりしてさ。まあそういうとこからヒントもらってな。それをAIで、とりあえずデータの多い将棋でやってみようぜってのが俺たちのグループの研究だな」


「それは……すごい汎用性も高そうな研究で」


「わかるか。で、お前はそれを使いたいって?」


「あー、うん。ちょっと再現したい棋士がいるっていうか……」


「理由は?」


「……正直に話すけど、知ってるか知らないけどさ、うちのクラスに水季薊って女流棋士がいるんだよ」


「それってあの『美人すぎる女子高生女流棋士』のやつ?」


「一応。そう言われてる」


「へー。俺もそりゃこういう研究始めてから棋士には詳しくなったし、やっぱめっちゃ美人だから知ってたけど学校お前と同じだったのかよ。しかも同じクラスか。すげえな」


「うん。でまあ、そいつが今度の二四日に対局があって。だからその、その対局の相手をAIで再現して練習できたらというか、それをあいつに提供してやりたいっていうのが俺の考えで」


「マジかよ……」


 兄はそう言って笑う。


「はっ、すげえとこに話飛んでったな。なんで? お前そんな水季薊と知り合いだったの? てか仲いいの?」


「仲いいっていうかまあ、一応将棋教わってるっていうか」


「マジで? お前が水季薊に? じゃなくて逆か。なんで水季薊がお前なんかに将棋教えんだよ。お前そんな真面目に将棋やってたっけ。てか棋士にでもなんの?」


「そういうわけじゃないけど、とにかく次の対局はあいつにとっても昇格、プロ入りがかかっててさ、負けたらまた一年お預けで。でも相手はまだ一度も勝ったことがない苦手な相手なんだよ。それにあいつはどうしても勝たなくちゃいけないから、俺としてもあいつが勝てるためになんとかしたくて、それで調べてる時に兄貴のこと知って」


「へー……なに、お前水季薊のこと好きなの?」


 その、あざ笑うような問い。けれども。


「好き」。その言葉に、澳田はこの時始めて直面した。


「――そういう話じゃないよ。好きだからとかじゃなくて、俺はあいつを、応援してて……とにかく勝ってほしいんだ。あいつがすげえ頑張ってるとこ見て、ただ頑張ってるだけじゃなくて環境も状況もすげえ大変で。でも泣き言なんか一つも言わず毎日必死に努力を続けてて……


 だから勝ってほしいんだよ、本気で。こんながんばってるこいつが勝たなきゃ嘘だろって、本気でそう思うし。だからとにかく、あいつが勝つために俺ができることならなんでもやるって、そう思うし、そう決めたから……だからお願いします!」


 澳田はそう言い、テーブルに額がつくほど深く頭を下げた。


 兄はそれを、黙って腕組して聞いている。そうして首に手を当て、


「そうだなあ……まずそれ相手はこのこと知ってんの?」


「え?」


「水季薊本人は」


「いや、兄貴のこととかAIのことはまだ言ってない。許可も取れてないうちから言ってもしょうがないと思って」


「あっそう。一応聞いとくけどお前が一方的に応援したいとか押し付けてストーカーまがいのことしてるわけじゃねえよな」


「それは、そのはずだけど……ちゃんと二人で将棋はやってるし、こっちも勉強教えたりしてるし、まあ家にも行ったことあるし……」


「家に? お前が? あの水季薊の?」


「い、いいんだよそれはどうでも。とにかくちゃんと師弟関係っていうか、まあ普通の最低限の友人関係くらいにはなってると思うし、今回も勝つために俺ができることやるって、考えたり探すっては言ってあるから、とにかく迷惑ってことはないとは思う」


「そう。とりあえずはオッケーだな。とはいえなあ、一応プロでしかもちゃんとした対局の相手となると別だし、平等性とか色々あるし……まあそれ言ったらそもそも今なんかもうみんなAI使って研究してるから不平等とかはないとは思うけど」


 などと兄はぶつぶつと独り言のように言う。


「ただまあ、一番はやっぱ見返りだよ。こっちに何らかのメリットがねえと。とりあえず対局含めデータ提供は当然としてさ。こっちがもの貸すんだから見返りに研究に協力ってのは当然だな」


「それは、そうだろうね。それくらいならあいつも多分うなずくと思うけど」


「ああ。あとは実際にAIと対戦してとかもあるだろうけど、とはいえまだ女流の、三級くらい? じゃ実力だってあれだしな。プロ棋士の上の方へのとっかかりになればいいか。とにかくそのへんの詳しいことは本人と直接話さねえとな」


「それはもちろん。本人だってそうすると思うし」


「ああ。ただこっちとしては一番としてな、というか一番の狙いというか水季薊と組む恩恵なんだが、水季さんには広告塔になってもらわないとな」


「は? 広告塔ってなんだよ」


「文字通りだよ。こういう研究ってのは金がかかるのはわかるだろ? とにかくどっかから金取ってこなきゃいけねえんだよ。それは当然研究成果が一番だけどさ、それ以外にも営業だのプレゼンだのまあ色々あるけど、水季薊が研究協力者ってなりゃ手っ取り早いじゃねえか。あの有名な『美人すぎる女子高生女流棋士』だ。これほどメディア受けの良い素材はねえだろ。そうやって注目されりゃお金出そうって人間も出てくるだろうしな」


「それは……」


「とにかくそれがこっちの条件っていうか提案だ。こっちの要求に応えて表に出る。代わりにこっちは自前のAI提供する。まあ強くなれるのは間違いないと思うぞ? 自信はあっからな。個人の再現ってのはまだ完璧じゃないけどその事前段階の将棋AIだけでも精度は高いしかなりいい練習相手になるだろ。それもとりあえずは独占で使わせてやるっていうんだからこれほどいい話はないだろ。しかも本人が見返りに提供するのは体だけ。その脳みそと媒体映えする顔な。かなりいい条件だろ」


「……そればっかりは本人に聞いてみないとわからないからな」


「当然だよ。こっちだってお前と交渉するつもりなんかねえし。直接本人と話さねえと。本人だってどれくらいやる気あんのかわからねえしさ。てことで話通してくれよ。条件のことも全部話して」


「……わかった。じゃあとりあえず電話してみるけど」


「ああ。って今授業中じゃねえか? そもそもお前学校は? さすがに冬休みまだだろ」


「……サボった」


「マジで? お前が?」


 兄はそう言って今日一番の爆笑をする。


「ははは、マジかよ! あの龍馬がサボりとはねえ……なに? それも全部水季のためなの?」


「あいつっていうか対局のためだよ。勝つため。あいつも対局まではもう学校休むし。試験ももう終わったから別に行く必要ないしさ」


「それでもお前は一応行っとけよ。てか試験の結果だってあるだろ。まあ別にいいっちゃいいけどさ」


「ああ……あの、一応親には言わないでおいてくれる?」


「言わないってそんなことわざわざ」


 兄はそう言って笑う。


「けどお前も変わったなー。そりゃまあ高校生にもなりゃ変わるだろうけどさ。なに? やっぱ水季薊の影響なの?」


「知らないけど、変わったって何が?」


「そりゃ多少普通の高校生になったってとこじゃない?」


「……まあそりゃ、今まで色々普通ではいられなかったからね」


「かもな。今回だって理由はあれどわざわざ俺なんかに連絡までしてきてさ。随分大変だったんじゃねえの? あんだけ避けてて」


「……かもしれないけど、いつまでも避けてるわけにはいかないしね。終わったことなんだし、いい加減切り替えてやってかないと」


 澳田はそう言って立ち上がった。


「じゃ、とりあえず電話してくるから。兄貴の番号あっちに教えていいんだろ?」


「じゃないとこっちも困るからな。直接やりとりしねえと」


 兄の返事を聞き、澳田は一旦席を離れ食堂の外に出るのであった。



 十二月の肌寒い風が吹く。澳田は身を縮め、水季に電話をかけた。そうしてそこで、AIのことから兄の条件まで、すべてを説明した。


「――てことなんだ。兄貴がいう広告塔っていうのがどこまでのことなのかは正直まだわからないけど、でも水季の意にはあまりそぐわないことかもしれない。いわゆる『美人すぎる女子高生女流棋士』として表に出ろってことだからさ」


『うん……でもそんなこと言ってられないしね』


「いや、お前が嫌なら断ればいいだけだからさ。もちろん現段階じゃほんとに役に立つのかもわからないし、それこそ時間の無駄だったってことになる可能性だってあるわけだから」


『でもあんたはそれを、お兄さんを信じてるんでしょ?』


「……正直信じてるってほどじゃないけど。藁にもすがるって部分が一番大きいし。ただ、兄貴の優秀さは俺が保証するよ。家族の中でも抜群に一番頭いいよ。ただ勉強できて受験できたとかじゃなくてさ。東大は伊達じゃないっていうかね」


『そう……あんたは大丈夫?』


「へ?」


『その、大変だったんじゃない? わざわざお兄さんに連絡して、会って……ずっと避けてたとか、トラウマだったとか言ってたじゃん。あんたのことバカにしてて、その、落ちこぼれだとか出来損ないだとか』


「ああ、いいよ別にそんなのは。昔のことだし、とっくに終わったことだしさ。あっちだっていくらか大人になってるわけだし、そういう事言われんのもそもそもは俺の責任だしな。それにやっぱり、父親がああじゃなきゃ兄貴だってんなこと言わなかっただろうしさ」


 澳田はそう言い、一つ息をつく。


「それに思い出したんだよ俺。ずっと忘れてたけど、そういや随分昔に兄貴と将棋打ってたって。小学生の小さい頃。それでボロ負けして泣いてさ。兄貴も笑ってて……そういう幸せなこともさ、昔にはあったんだよ。だから大丈夫だし、俺がちゃんとその気になれば、またそうやって普通の兄弟にも戻れるだろうしさ」


 そう話す澳田の顔には、自然と笑みが浮かんでいた。


「だからさ、むしろ感謝だよ。ありがとうな、そういうきっかけ作ってくれて」


『……別に私はなにもしてないけど』


「かもしれないけどさ、こっちからすればやっぱりきっかけになったし。いつかは振り切らないといけないことだったからな。ちゃんと向き合って。今回それができてよかったよほんと」


『そっか……わかった。じゃあどういたしまして』


「ああ。じゃあこっちもちゃんとどういたしましてって言えることしないとな。それも全部兄貴次第なんだけどさ」


『はは、確かに。結局最後は他力なとこは締まらないね』


「不肖の弟子だからな。そこはお前にビシバシ鍛えてもらわないと」


『そうだね。そうする。じゃあお兄さんの番号送って。次は私の番だから』


「了解。じゃあまあ、幸運を祈るっていうのはおかしいけどさ、交渉がうまく言って、そんでAIがめちゃくちゃ使えてっていう、最高の未来を祈ってるよ」


 澳田はそう言い、通話を切った。



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