12
目が覚めた。瞬間「さむっ!」と飛び起きる。何かが、今までと違う気がした。
やかましい音を鳴らすスマートのアラームを切る。その際に目に入った日付は、「十二月一三日」であった。
(あれ? は? え、一三日? 十二月?)
寝起きということもあって状況が飲み込めずにいると、
「起きたか」
とガミに声をかけられた。
「おお、お前か……なんかすげえ久しぶりな気がするな……」
「かもな」
「あれ、えっと、確認だけどループした、ってことで間違いないんだよな?」
「そうだ。また十二月二五日にはたどり着けていない。都合3回目のループだな」
「だよな……これ日付十二月一三日になってるけど、今日って十二月の一三日なの?」
「ああ」
「……なんで?」
「理由は色々あるがな、一つは記憶の容量の関係でもう一ヶ月前までは戻せないそうだ」
「マジで? え、それめっちゃ重要なことじゃん。容量の関係ってつまり記憶が増えすぎて重くなりすぎて一ヶ月前まで飛ばせなくなったってこと?」
「早い話がそうだな。上としても想定はしていたが予想よりかなり早かったらしいぞ。それだけお前の記憶力と記憶容量、そもそも持ち帰ろうとした情報量が多すぎたということだろうな」
「マジか……いやでも、これ一三日って前回の一三日だよな?」
「そうだ」
「てことはだいぶうまく進んでた時ってことか……一三日、火曜日、てことは試験二日目か。なるほど、んじゃ今日から二四日の対局のための対策を練れるってわけだな……」
そこまで考え、澳田はふとその考えに思い当たる。
「え、今回はだいたい10日前からのやり直しだけどさ、もしかしてこれ今後どんどん短くなってくってこと?」
「可能性はある」
「……じゃあもしかして最終的にもうループもできなくなるってことになる可能性もあるってこと?」
「そうだな。有り体に言えば本当のタイムリミットだろう。容量やら情報の疲労との関係というのもあるそうだ。上のしてることだし私の管轄ではないから詳しくは知らんが、まあそう何度もほんとにエンドレスで繰り返せるようなものではなかったということだな元々。そこに今回はお前の記憶力やら将棋というものが関わってるせいでの持ち帰りが必要な情報量の多さで拍車がかかってるというところか」
「いや、やべえじゃねえか実際! 今回10日ってことはこれがどんどん短くなってくんだろ!? したら対策期間も短くなる、ってのも積み重ねはあるにせよ、どっちみちかなり厳しくなるだろこれ! 新しい対策を試す時間は減ってくわけだからさ」
「やってる本人がそういうんだからそうなんだろうな」
「くそっ、やべえな……これは作戦そのものを根本から考え直す必要があるぞ……」
とぶつぶつ呟きながら顎に手を当てる澳田に、
「しかし貴様からすればよかったのではないか?」
「え?」
「貴様の目的はあくまでループを終わらせることだろう。少なくともシステムの問題でそれが永遠に続かないことは確定したわけではないか。あと何度かはわからないが、何回かループした先でゴールできることはほぼ確定したわけだろ?」
「……それはまあ、そもそもループシステムが継続できないっていう、ほんともう最後の終わりではそうなるだろうけど」
「ならよかったではないか。少なくとも自分の目的は達成できる。二五日に発売するゲームがどうしても買いたかったということだろ? しかももう霊を成仏させるのも絶対の条件ではなくなったわけだからな。つまりその手前にあるクリスマスも恋人も、将棋も全てやらなくても問題なくなったわけじゃないか。お前からすればあと数回繰り返すループを我慢すればいいだけでほとんどクリアしてるも同然だな」
「それは、はたから見りゃそうなのかもしれないけど――違う」
「違うのか?」
「違うな……そりゃ確かにお前の言う通り、ループを終わらせて十二月二五日に行くだけなら、もう俺一人でもできるのかもしれない……でも俺はもう、ただの二五日には興味ねえんだよ。自分一人の二五日にはよ」
二五日には、アイツと二人で行かないと。
「そりゃループとか、二五日には必要ないのかもしれないけど、でも俺は残りの時間全部使ってやってやるよ。水季が乗っ取られなんかしないように、絶対に二四日までに成仏させて追い出して。そうじゃねえと俺がループ脱したって、その先にいるあいつは水季じゃねえわけだろ?」
「厳密にはそうだな。魂が同化する。記憶を共有する。だから表面上ははたから見れば水季薊その人かもしれんが、その内側にはまったく別の存在も巣食っている。そしてその侵食は徐々に徐々に進んでいき、やがて完全に肉体を、元の存在を乗っ取るだろう」
「だよな。だからこそ、俺は絶対にあいつにそんなことはさせられない。そんな目にはあわせられない。それは絶対だから、成仏も絶対。成仏のためにはクリスマスも恋人も、絶対だろ。だからやるよ俺は、そこは最後まで諦めないで。あいつの魂を、守るために」
「他人のためにか」
「ああ。こっから先はほんとに全部人のためだ」
「案外熱い男だったな。情でも湧いたか?」
「さすがに湧くだろ情くらい。というか人間関係なんて大部分情じゃねえか。あんだけ一緒にいて、必死こいてるところ目の当たりにして、強さも才能も努力も頑張りもほとんど見ちまって。しかもあんな、あんな環境で、本当に大変な中で、それでも信じてやりぬいてて……だってのにさ、こっちのことまで励ましてくれて……」
澳田はそう言う。心なしか目頭が熱い。話していて胸が熱くなってくる。
「そんなん見てたら、一緒にいたら情くらいは普通湧くよ。そうじゃなくてさ、それだけじゃなくて、情なんかもはや関係なくさ、もう絶対こいつに勝ってほしいって、この人間が勝たなきゃ世の中嘘だろって、本気でそう思うし、信じてんだよ。だからもうループだとかなんかは全部おまけで、その後のクリスマスだのなんだのも全部おまけで――俺はただあいつの勝利を見たいだけだ」
そして決してあんな終わりを、別れを迎えないため。水季のこれからと今後を守るため。そのための、勝負。全部かかった、本当の大一番なんだ。
それを、絶対勝つために。
澳田は時計を見る、一三日の朝。時間は残されていない。決して多くない。今度こそ、完璧な道を通りなるべく最短距離で最的確の答えにたどり着かなければならない。
勝つために。そのための答えはあるはずだ。そこにたどり着く道はあるはずだ。それを考えろ、考えろ。考えまくれ。
自分が考えうる限り、たどり着ける限りの最高の解答を、見つけ出せ。
*
十二月一三日、3度目のループ初日。そして中間試験の二日目。
澳田は実質4度目のその試験をさっさと解き、残り時間は頭をフル回転させていた。4度も受ければ流石に完璧にも近づく。やはり一部の問題に違いなども生じるが、大部分はすでに3度も解いた問題なので見た瞬間に答えが出てくるようなものであった。
そうして試験が終わるやいなや、澳田は振り返った。
「よし、テスト終わったな」
「そうだけど、何その顔」
「は? 顔って?」
「ガッチガチのこれからやるぞって感じの。試験終わったばっかなのにむしろ逆じゃんっていう」
「そうか。でもある意味正しいな……やっと試験なんて邪魔者も片付いてこれからが本番じゃねえか?」
「え?」
「対局! 二四日の運命の試合! もう勉強もねえ! どうせ冬休みすぐだけどそれまで全部休んで将棋だけに備えるぞ!」
「あ、うん……まあ私も最初からそのつもりだったけど」
「ならいいな! 俺もできることは少ないけど全部休んで勝利のために全力を尽くすからよ! そうと決まりゃ早速作戦会議だ! 日にちだってあと10日しかねえんだ! 試験終わりだろうと打ち上げなんかしてハメ外してる場合じゃねえからな! それはもう全部終わってから! 二四日に勝って試験の分もクリスマスの分も勝利祝も全部やるぞ!」
「……なんで急にそんな気合入ってんの?」
「急にじゃねえよ! 急だけど! ようやく俺もわかったんだよ次の対局がどれだけ大事なのかってことが。こっちもお前の相手してお前の時間無駄にはできねえからな」
「でもあんたに相手の真似してもらうって」
「ダメだそれは。悪いけどどれだけ棋譜覚えられても中盤以降の応用力まで真似するのは無理だ。たった10日で向上できるだけの差でもない。そこはもう、他の手がないか俺がなんとかしてくる。それと最終兵器だけど……」
澳田はそう言い周囲を見回し立ち上がった。
「行こうぜ練習場所に。そこでじっくり作戦会議だ」
*
そう言って二人が向かったのはやはりいつもの水季宅であった。試験のため午前中で終わった放課後の帰り道。食事や栄養補給剤などを買い占め、いつものように狭い部屋に籠もる。
「水季、早速で悪いんだけど今日はまずすごく重要な話がある」
「……あんたなんかさっきからおかしいけどどうしたの?」
「まあ色々合ってな。とりあえず聞けよ。試験問題だったけどさ、どうだった?」
「まあ、正直今までで一番感触は良かった。赤点ないのは間違いないと思うし、半分以上は取れてそうかな」
「そりゃ何よりだわ。でもそうじゃなくてよ、俺が言ったヤマ。問題の傾向とか、実際どうだった?」
「それこそこっちが聞きたいくらいなんだけど。あんたほんとにカンニングっていうか、問題用紙盗み出したりしてないよね?」
「それはしてない。そもそもあの段階で問題用紙が完成されてたとは思えないしな。けどあのヤマにはわけがあんだよ。勉強できるとか学年一位とか学校や教師の傾向とかも嘘ではないんだけどさ――真面目に聞けよ? 実は俺予知能力みたいなのがあるんだよ」
「は?」
「いやマジマジ。マジでさ。予知夢っていうの? 色々見えたりして。試験問題とかだってそれで分かんだよ。そういうのだからまあ、将棋で相手が指す手がわかるとかじゃないけどさ。でもまあ、それはともかくこれ」
と澳田は一冊のノートを差し出す。
「この中には俺が予知夢で見たお前の二四日の対局がある」
「え……」
「俺がお前に何度かさり気なく奇襲戦法への対策について提言してた理由がこれだ。相手はこれまでの堅守なんか見違える動きで序盤は飛車振りまくってバンバン動いて攻めてくるんだよ。お前の対策としてはなかった動きだ」
「……ていってもそれただのあんたが見た夢ってことでしょ?」
「そうだよ。でもその結果がどうだったかはお前も試験問題でみたろ? あれが俺の予知夢だよ」
澳田はそう言ってノートから手離す。
「もちろん信じるかどうかはお前の勝手だ。信じた上でそれを見て、見たものを信じて、そして実際活用するかどうかも全部お前の選択だ。そういうカンニングみたいな卑怯な手は使えない、って言うのも当たり前だと思う。だからこのままここで返されれば俺も潔く処分する。今決めなくてもいいけどさ、とりあえずどうする? このノート、どっちが持っておく?」
しばしの沈黙のあと、水季は口を開いた。
「当たり前だけど、私はあんたの話の全部は信じられない。試験問題の件があっても、そんな予知夢だとか対局の棋譜だとか、将棋のものになればなおさらね。私はやっぱりあくまで将棋はデータだし、自分で探す癖や傾向だから。それを元にして、自分の戦い方を作っていく。それは動かない」
と水季は言う。
「けど、今のあんたの様子とかもそうだけど、とりあえずなにか、普通じゃないものは感じからさ――とりあえず借りとく。どれくらい使うかはわからないけど、とりあえず見て、それから決める。もちろん決めるにしても100%それだけを信じてその対策しかしないなんてことはありえないけどね」
「そっか、わかった。今はそれだけでも十分だよ。こっちもそんなさ、ありえない話とか問題のある棋譜とか重いもん立て続けに押し付けちまって悪かったな」
澳田はそう言い、どこか安心させようとするような控えめな笑みを浮かべる。
「それでまあ、作戦とかはそれだけじゃないんだけどさ。とりあえず俺はしばらく潜る」
「潜る?」
「ああ。ネットとか色々調査にな。俺はお前の練習相手にはなれないだろ? 対戦相手の代わりにもなれねえし。だからさ、その代わりっていうか代用品っていうか。少なくともお前の練習相手になって、可能であればこの短時間でも劇的にお前の力を挙げられるだけど、それでいて対戦相手用の仮想的みたいに振る舞えるような、人にせよなんにせよとにかくそれだけことを達成できるようによ、今すぐ帰ってすぐしらみつぶしに調べてみっから。だからそれまでとりあえず一人で悪いんだけどよ、一人で、必死こいて練習しててくれよ」
「……それは別にいつもと何も変わらないしね」
と言って水季は笑った。
「そうだよな。それはわかってるよ本当に。だからこそさ、俺は絶対にお前が勝てるよう、本当に、本当の意味で、俺の全部を使ってみせるから。将棋なんか素人同然でなんの役にも立たないようなやつだけどさ、でも絶対、これだけは絶対に――お前を勝たせるよ。約束する」
澳田はそう言い、小指を差し出した。水季はそれをしばらく眺めたあと、ふっと笑って小指を絡めた。
「バカじゃないほんと?」
「ああ。俺って実は結構バカだったんだよな」
「ほんと。なんか急に無駄に熱いし」
水季はそう言って苦笑を浮かべる。
「それに間違ってるしね。まああんたが一人で勝手に意気込むのは好きにすればいいけどさ、間違ってるから。
――あんたが私を勝たせるんじゃないの。私が、私だけが勝てるの。自分の力で。勝つのは私。選ぶのも戦うのも全部。でも、たしかに一人ではないから。なんか鬱陶しいのが一人後ろにいて応援だか知らないけど騒いでてさ、それで背中を押してくれてて……
役立つよ当然。それで勝てるかはわからないけど、でも私は勝つつもりしかないし、勝てる気しかしないし。
だから最後まで一緒に、やるよ。私は必ず勝つって、今ここに約束するから」
そうして二人は結んだ小指を、切る。約束の、誓いの指切り。
「おし。じゃあ早速俺は自分の仕事に取り掛かるわ。また明日な水季。俺はお前を、絶対に信じてるからよ」
そう言い、握った拳をぐっと見せて澳田は自宅へと向かうのであった。




